第11話 宇宙人か人間か
エリは俺に部活を提案したことを忘れていた。そして極めつけは、あの銀髪。
これで何も連想するなと言う方が無理な話だ。
彼女が部活の提案をしてから今まで、Xにはずっと彼女を監視するように言っておいた。……まあ、つまりはそういうことだ。
『我々は人間とは交われない。どれだけ焦がれようとそれは事実だ。我々が繋がれるのは、同じものを共有する我々だけだ』
ふいにZの言葉を思い出す。
悔しいが、アイツの言っていることは全てにおいて正しかったようだ。
そのことを、想像よりも残念がっている俺がいた。
どうやら俺は、自分で思っていた以上に、この下らない非日常を気に入っていたようだ。
俺は部室のドアを開けた。
そこには、クラスメートでも生徒会長でもないXがいる。
いつものように、Xは無表情で、しかしどこか待ちわびていたように、まっすぐに俺を見つめている。
俺はゆっくりと彼女に近づいた。
握りしめた拳の中にあるものを、そっと彼女の方へ向け──
「あ、ごめん会長」
俺の手を、エリに捕まれた。
いつの間に……。
彼女はにっこりと、Xに向かって微笑んだ。
「ちょっと学に用事があって。少し借りるね」
「分かった」
Xは素直にそう言った。
この状況でどうこう言うこともできず、俺はエリに従って部室を出る。
「用ってなんだよ」
エリはくるりと振り向いた。
今まで見たことのない、冷たい目で俺を見つめる。
「人の家への不法侵入について」
エリは忽然と姿を消した。
かと思うと、突然首に腕が巻き付き、一気に締め上げられた。
あまりに一瞬のことで、俺は微動だにできず、そのまま気絶した。
◇◇◇
気が付いた時、俺の気分は最悪だった。
目の前は真っ暗で、呼吸がし辛い。何かが首に締まっている感覚がする。どうやら麻袋か何かを被らされているようだ。
頭がくらくらするし、身体の節々が痛い。
特に手首は、拘束するための手錠が食い込み、血が出るかと思うほどだった。
突然、麻袋を無理やり引きはがされた。
小さな個室。真ん中に置かれたテーブル。
ぼんやりと、そのテーブル越しに人影が見える。
まるで警察の取調室のようだが、黒くじめじめした周囲の壁が、その推測を否定していた。
「気分はどう?」
エリの声だった。
ぱくぱくと口を開くも、なかなか声が出てこない。
「……あまりにモテないもんだから、とうとうヤケを起こしたか?」
テーブルに置かれたライトが突然光り、俺は思わず目を瞑った。
何時間も光を当て続ける拷問が確かあったなと、ぼんやり思った。
「どうして気付いた?」
エリはくしゃくしゃに丸まっていた紙を広げ、俺に見せながら言った。
俺がXに渡そうとしていたメモだ。
そこには、『エリが俺とお前を敵対させようとしている。人間だが正体は不明。宇宙人の存在を知っている』と書かれていた。
「……お前、俺のこと舐めてるだろ」
エリは黙っている。
「部活の話を知らないフリして、銀髪にした髪をさらにカラーリングしようとしている場面を見せれば、確かに宇宙人だと勘違いしても不思議じゃない。だが、お前は一つミスをした」
「へぇ。何かしら」
「部活の話を知らないってことは、Xと初めて会った次の日、俺が学校を休んだ日以降にお前と宇宙人は入れ替わったことになる。だがその時点では既にXがお前を監視していた。つまりお前と入れ替わる宇宙人がいるとすれば、それはX以外にいないということだ。だからこそお前はXに罪を着せられると判断したんだろうが、アイツはお前が部活の話を勧めたことを知ってるんだ。俺が話したからな」
エリは俺を見下ろし、ふっと笑った。
俺の頭を掴み、そのままテーブルに叩きつける。
「ぐあっ!」
エリは、なまめかしく俺の耳元に口を近づけた。
「あなたのやりたいことはだいたい分かる。そうやって敢えて情報をはぐらかして、私の出方を窺いたいんでしょ? お望み通り反応してやるわ」
ジャキン! と、銃がスライドする音が聞こえた。
「待て待て! 分かった! ちゃんと話す‼ Xは触手の集合体なんだ! 無数の触手が一つの意思を共有してる。奴らはテンプレートという人間の皮を被って行動しているが、本来はただの触手だ。だから個体が違っても、情報は共有してるんだよ」
「つまり私がXになっていたら、部活のことを私が話していたことも知っているはず、ということか。なるほど。一つ勉強になったわ」
くそ。
完全に手玉に取られている。
しかしそれも仕方ない。おそらくエリは、何らかの訓練を受けている。そんな人間に、引きこもりの俺が勝てるわけがない。
「それで、どうして?」
「あぁ? どうしてって──」
再び、エリは俺の頭をテーブルに叩きつけた。
「どうして私のことを売ったの? 人間であるあなたが、侵略者風情に」
その言い方には、あまりに毒々しい憎悪の念が籠っていた。
「……お前、政府の人間だな? いつからアイツらのこと──」
「質問に答えなさい」
その底冷えた目。
おそらく、回答を間違えれば死ぬ。
動悸が早くなり、呼吸が荒くなる。
やばい。冷静に考えられない。
どう言えばこの最悪な状況を回避できる? どう言えば──
その時、エリの口が動いた。
俺は目を見開いた。
それは俺にとって、地獄に垂らされたクモの糸だった。
彼女の言う通りに喋れば、きっと俺は助かる。生きられるのだ。
本当なら、即答しても良い場面だ。
しかし俺はそれを見て、一気に現実感がなくなっていくのを感じた。
「お前馬鹿だろ」
初めてXと出会った時のことを思い出す。
あの時、何故あそこまで冷静に対処できたのか、自分でもよく分からなかったが、きっと今みたいな感覚だったんだろう。
俺にとっては宇宙人との邂逅も、今のこの出来事も、ただのアンリアルだ。
俺にとってリアルはクソで、逃避すべきもので。だから逃避できないリアルなんてリアルじゃないし、こうやってエリが俺に甘さを見せるのも、決してリアルではない。
俺はずっとそう考えて生きてきたし、たぶんそれはこれからも変わらない。
たとえ次の瞬間には死んでいようとだ。
「こんなところに拉致監禁して拷問紛いのことするような奴に比べれば、宇宙人の方が何百倍もマシだからだよ」
ここにきて初めて、エリは動揺した顔をみせた。
「……侵略者に肩入れするような人間は粛清対象だ」
そう言って、エリは銃を俺に向けた。
俺は高笑いしてみせた。強がりでもなんでもない。本当に、おかしくて仕方なかった。
「お前、宇宙人討伐に駆り出されるような最高峰のエリート諜報員様だろ⁉ どんなものかと思ったら、フタを開けりゃ頭の固い愚民共と大差ねーじゃねえか!」
エリは眉間に皺を寄せ、俺の座っている椅子を蹴った。
俺は受け身も取れず、椅子と共に仰向けに倒れる。
エリは俺の胸に足を乗せ、眉間に銃口を定めた。
「いいぜ、さっさと殺せよ。てめえの物差しで人を語って、てめえの感情論で俺を殺せばいい。宇宙人と対等に話ができる唯一の人間を殺して、お上(かみ)に弁解しろよ。そこまでの価値があるとは思いませんでしたってな‼」
「遺言はそれだけ?」
エリは何かを決意するように目を細めた。
俺は思わず目を瞑る。
ドンドンドンドン‼
続けざまに唸る銃声に、キインと耳鳴りがする。
俺がそっと目を開けると、エリは耳元に手をやり、何かを聞いていた。
それが終わると、じろりと俺を睨み、彼女は銃をしまった。
「あなたの口車に乗ってあげる」
それは予想外のことだった。
「その代わり、私の言うことを聞くように。もしも約束を違えたら殺す」
はて。前にも同じようなことを言われた気がする。
デジャヴかな?
そんなことをぼーっと考えていると、急にエリに胸ぐらをつかまれ、鼻柱に頭突きを食らわされた。
まともな喧嘩すらしたことのない俺は、その痛みに頭がちかちかした。
鼻の周りが熱く、噴き出た血で息ができない。
「私は頭の固い人間だから、最初に教えておく」
エリはゴミでも見るかのような目で俺を見下した。
「私を舐めるな、クソガキ」
頭の固さを証明するのに、リアルで頭突きしてくる人間に初めて出会った。
しかしこれ以上怒らせるのも怖いので、俺は素直に「……はい」と言っておいた。
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