第10話 知りたくなかった秘密

Zを退けた次の日。

放課後の部室で、XとYが火花を散らしていた。


「……なぁ、X。これは部活で、部長は俺なんだ。そして基本、部活というのは来る者拒まずだ。そうだろ?」

「知らない。とにかくコイツを入部させるのは許さない」


頑として譲らないXに、Yはため息をついた。


「だから、どうしてアンタの許可が必要なのかってお兄ちゃんは言ってるんだけど?」


Xが、汚物でも見るように目を細めた。


「お兄ちゃん?」

「戸籍上は立派な兄妹でしょ」


よく分からないが、どうやらXとY……というか宇宙人同士は、基本的に水と油らしい。


「X.お前の気持ちは分からんでもない。だがZという共通の敵がいる以上、俺達は行動を共にした方が良いと──」

「オマエにも言いたいことがある」


Xはじろりと俺を睨んだ。


「オマエ、嘘ついた」

「へ?」


Xの背後から、無数の触手が現れる。

それはゆっくりと絡めとるように俺の身体に纏わりついた。


「アイスを買うお金がないと言うから従った」

「ちょ、待て待て! 締まってる。マジで締まってるから!」


こいつマジか。

いつからこんな人間的な感情を持つようになったんだ。

……いや、最初からこんなだった気もするが。


「嘘をついたのは悪かった! けどYを助けるためにはあれがベストだと思ったんだよ!」

「何故コイツを助けないといけない? 見捨てればいい」

「そう言うと思ったから言わなかったんだ!」


触手から、ゆっくりと解放される。

俺は巻き付かれた部分を擦りながら、ため息をついた。


「……論理的な理由はねーよ。助けたかったから助けた。それでいいだろ?」

「良くない。結局ワタシが助けることになった」


ぐうの音もでないとはこのことだ。

ひとえにZの力量を見誤った俺の判断ミスだ。

ふいに、Yが鼻で笑った。


「そんなことも分からないの? お兄ちゃんが妹を助けるのは当然だからよ。アタシはアンタよりも、お兄ちゃんとは親しい間柄だってこと」

「お前もお前で、なんでそんなに攻撃的なんだよ」


コイツは人を攻撃しないと自分の居場所を守れないのか?

くそ。

宇宙人一匹でも厄介なのに、二匹も揃うと面倒臭さも倍増だな。

しかし泣き言ばかりも言ってられない。Zの存在は、俺達にとってかなり差し迫った脅威だ。


「X.Zの目的はお前らだそうだ。お前らが一つにまとまることで、人間を滅ぼし地球を侵略できるらしい」


正確には、YとZを取り込んでから本格的に地球を侵略するプランをたてている、と言った方がいいかもしれない。

おそらくZにとっての地球侵略計画は、既に進んでいるのだろう。

師匠の『地球は既に侵略されている』という言葉にも、それなら納得がいく。


「地球侵略? メリットは?」

「馬鹿でしょ。わざわざ人間に擬態する必要がなくなるだけで、メリット盛りだくさんじゃない」


Xの背中から触手が生え、Yを威嚇するように浮遊する。


「止めろって! この場で触手を出すの禁止‼」

「そうよ! 誰に見られるかも分からないのに。だいたいアンタ、髪くらい染めて来なさいよ!」

「面倒くさい」

「アンタねぇ~‼ アタシだってすぐに脱色するし面倒だけど、毎日やってんのよ⁉」

「まあ待て。Zのことを考えて言っているなら、どうせもうばれてる。俺の名前まで調べてたくらいだからな」


これだけ堂々と銀髪で生活しているのだ。Zが気付かないはずがない。


「X.ぶっちゃけ、Zとの戦力差はどれくらいのものだと思う?」

「個体が何人いようが触手の数が少なければ大した問題ではない。そして断言できるが、ワタシ以上に触手の多い個体は存在しない」

「それはアタシも同感。こんな数の触手、本来なら大暴走を起こして人間を殺戮し始めてもおかしくないわ」


そんなヤバい奴と仲良く部活していたのか。

ぞっとするね。


「つまり結局、俺もYもお前に守ってもらうのが一番安全ってことか」

「断る」

「嫌よ」


即答だった。


「……Xはともかく、なんでYまで断るんだよ」

「アタシのプライドに関わる問題よ」

「命とプライドなら比べるまでもないだろ」

「そうね。アタシは喜んで命を投げ出すわ」


この野郎。俺がどんな思いで助け出してやったと思ってるんだ。


「……とにかく、お前は俺の言うことを聞け。お兄ちゃん命令だ」

「え?」


あ、しまった。

自分でもキモいこと言ってしまった。

どんな罵声を浴びせられるかと身構えていたが、そんな予想に反して、Yは頬を赤らめ、スカートのすそを弄りながら小さく頷いた。


「……う、うん。お兄ちゃん命令なら、仕方ないかも」


……コイツ、デレ過ぎてもはやツンの要素がどこか遠く彼方へ消え去っているぞ。

大丈夫なのか? テンプレート的に。

ふと気づくと、Xがじっと俺を睨んでいた。


「……仕方ない。じゃあお前は、俺とYを守ってくれる代わりに、毎日バケツアイスを食べる権利をやろう」

「……アイツは?」

「分かった分かった。お前だけ特別な」


これでようやく留飲が下がったらしい。

Xは何度もこくこくと頷いていた。

場を収めるためとはいえ、毎日三千円相当の出費か。かなり痛いな。


「オマエ」


そういえば、Xはいつも俺のことをオマエと呼ぶ。

もしかして名前を知らないんじゃないか? まあ俺も、こいつの本名を覚えていないわけだから、おあいこか。


「オマエに謝らなければならないことがある」


謝罪を受けられるというのなら、出会ってから今までの全てに謝罪してほしいくらいだ。

しかしXがこうも殊勝な態度を取るのは初めてのことだった。


「何をだ?」


Xは床をじっと見つめていたと思うと、急に背中を向けた。


「やっぱいい」

「はあ?」


思わせぶりな態度に、俺が詰問しようとした時だ。

急にガラリとドアが開き、エリが入って来た。


「おっはー。ってあれ?」


エリが、目をぱちくりさせながらYを見た。

Yは余所行きの顔でにこりと笑う。


「お久しぶりです、エリさん。兄がいつもお世話になってます。アタシも今日からこの部活でお世話になることにしたんです」

「……ふーん」


エリが、じっと俺を見つめてくる。

これは疑われている顔だな。


「お前ら、ちょっと席外すぞ。くれぐれも喧嘩しないように」


俺はそう言い残し、エリを連れて部室の外に出た。


「どういうこと?」

「まあ……成り行き?」


苦しい言い訳だった。


「ただの成り行きで、あんなに仲の悪かった妹と一緒に部活する?」


俺がしらばっくれるようにあらぬ方向を見つめていると、エリは小さくため息をついた。


「学。最近、私に隠し事が多すぎない? なんだか家もずっとボロボロだし」


エリ視点から見れば、俺の身に何かが起こっていることはもはや確定事項と言っても良いだろう。

さすがに宇宙人の侵略戦争に巻き込まれたとまでは思っていないだろうが。


「……会長とも、仲良いみたいだしさ」


ぼそりと呟くように、エリは言った。


「……そんなに気になるならお前も部活に入ればいいじゃねえか」


本当に入られても困るが。


「別に、私は入る理由もないし」

「だいたい、部活についてはお前が上から目線で進言した結果だろ。今更どうこう言うのは無責任なんじゃないか?」

「え?」


エリは硬直した。


「あ、ああ。そんなことも言ってたっけ。忘れちゃった」


なんだ? さっきの反応。


「あ、そうだ。私用事を思い出しちゃった。じゃあ帰るね!」


何かをごまかすように、エリはさっさと走って行った。

エリとは長い付き合いだ。俺が母さんと二人で暮らしていた時のことも知っている。

そのエリが、今まで見たことのない顔をしていた。

まるで。そう、まるで……。

一つの仮説が、俺の頭の中で形作られる。

ふと自分の手を見ると、汗でぐっしょりと濡れていた。



◇◇◇


次の日の早朝。

俺はエリの家の庭にいた。

エリが当然のように二階から俺の部屋へ入って来るように、俺にもエリの家への侵入ルートがある。

それは一階にあるトイレの窓だ。壊れているにも関わらず、面倒臭いという理由で長年放置されている。

俺はこっそりとそこからエリの家へ入った。

洗面所へ行き、風呂のバスタブの中に入ってエリを待つ。


一時間もしない内に、エリは洗面所へやって来た。

少しだけ開けておいたドアから、こっそりと彼女を覗き見る。


ヘアカラースプレーをかけて茶色にしているエリの地毛は、Xと同じ銀髪だった。



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