第12話 生徒会長との思い出


「というわけで、今日から部員になります。エリです。みなさんよろしく!」


そう言って、エリは手を差し出した。

満面の笑顔を見せているのはエリだけで、XもYも、じっと俺を睨んでいる。

エリがXと無理やり握手していると、Yがこっそりと俺に詰問してきた。


「ちょっと。どういうことお兄ちゃん。なんでただの人間のエリさんを部員にするの」

「お前を部員にした時も言っただろ。部活というのは基本的に来る者拒まずだ。入部したいと言われれば、部長としては従わざるを得ない」


苦しい言い訳だったが、それ以上は何も言えず、Yは渋々引き下がった。


元々この部活はXの奇行を減らし、日常的な暮らしをさせるためのものだ。

Yもエリもその点では何ら困ったことはないはずで、当然彼女達にとってこの部活動は持て余し気味になる。

やりにくいかと言われればやりにくいし、気にならないかと言われれば気にはなる。だがまあ、その程度だ。

エリに監視されていると感じることへの息苦しさはあるものの、それ以外は特にいつもと変わらない。

強いて変化を挙げるとするなら、Xが大人しくなったという、俺にとってはありがた過ぎるものくらいだった。



◇◇◇


部活動が終わり、俺が下校している間も、エリはずっとついて回っていた。


「いつまで付きまとうんだ?」


そう問いかけても、彼女は一切喋らない。

俺はため息をついた。

エリがいる以上、俺は自宅に帰るしかない。Zの出方は気になるし、Xと打ち合わせをしておきたいが、こうもエリがくっついていると、ちょっとした連絡を取り合うこともできなかった。

だがしかし、仮にZに襲撃されても、おそらくはエリが守ってくれるだろう。


「この前、ありがとな」


エリは無言だった。


「お前だろ? Zに追い詰められた時、助けてくれたの」


Zがパルクールを披露し、俺とYを追い詰めていた時、排水管が突然へし折れて地面に落下する場面があった。

おそらくあの時、エリが何らかの方法で排水管を破壊してくれたのではないかというのが俺の見立てだった。

Xが謝罪したいと言っていたのは、おそらくあの時、エリを見失ったことだろう。


「……別に。利用価値のある人間を殺されるのは不本意だっただけ」


拉致監禁した挙句頭突きを食らわされてから、初めてエリが口を開いた。


「いつからこの仕事してるんだ?」

「さあ?」

「敢えて民間人の中に紛れて諜報活動をしてるのは、宇宙人対策ってことなのか? いつから政府は奴らを認知してるんだ?」

「分からないわね」


どうやら一遍たりとも情報を落とす気はないらしい。

サービス精神のない奴だ。


「あなたはどうして私の正体を見破ったの?」

「この前言っただろ」

「そうじゃない」


エリは首を振った。


「人間は、理屈では動かない。信じたくないものがあれば、信じようとはしないものよ。あなたは信じないこともできた。部活のことも、ただ私が忘れているだけだって、そう思おうと思えばできた。いつもみたいに、逃げればよかった。なのにどうして逃げなかったの?」


なるほど。

確かに、そういう選択肢もあったな。


「……蕁麻疹が出ないんだ」

「は?」

「幼馴染のお前がいつも、二階の窓から俺の部屋へ入って来て、特に理由もなく俺の話し相手になって。そんなライトノベル的ご都合展開を毎日のように甘受していて、なのに蕁麻疹が出たことは一度もなかった」


そう。たぶん俺は、ずっと知っていたんだ。

エリが、何かの目的で近づいていることに。

民間人に偽装するために、敢えて幼馴染を心配する女の子を演じていたことに。


「つか、俺をXと敵対させてどうしたかったんだ? 俺なんかがアイツと戦ったところで、瞬殺されるだけだぞ」

「……そう思ってるのはあなただけじゃない?」

「あぁ?」

「別に」


それ以降、再びエリは喋らなくなった。

思春期真っただ中の娘を持つ父親は、たぶんこんな心境なんだろうなと思った。



◇◇◇


次の日。

俺はいつものように学校を遅刻した。

昼休み、生徒達がわいわい騒いでいる時にさりげなく席について、さも朝からいてましたよ、というような顔で寝たフリをかますのが俺の日課だ。


「おはよう! 今日も遅いなぁ、仙道」


ドアを開けると、開口一番クラスメートから挨拶された。

俺は目をぱちくりした。

自慢じゃないが、エリ以外の同級生からそんな挨拶を交わされたのは、もはや一年以上前の話である。


「あ~、仙道やっと来たぁ。私ね、実は最近SNS始めたんだけど、全然フォロー増えないのぉ。どうやったらいいか教えて~」


俺は夢を見ているのだろうか。

確かに小学生の頃の夢はよく見るが、こんな理想と現実を履き違えた夢を見たことはない。

しかしそれが夢でないこととそのからくりを、俺はすぐに理解した。


「……お前の仕業か、エリ」

「仕業って、酷い言いぐさ。私はただ、皆に学の良いところを知ってもらおうと思って、色々教えただけよ」

「お前、ゲームの攻略ブログも書いてるんだってな! エリから聞いた時はびっくりしたぜ。俺、いつもお前のブログ見てゲームしてたんだ。今度一緒にやろうぜ!」


カースト最上位に君臨する人間までもが、俺と対等に話をしている。

この異常な空気に誰も異論を挟まない。本当に誰も、嫌な顔一つしていないのだ。

非凡な人間は凡人の行動原理を理解しているものだと、俺は初めてXと出会った時に言ったが、まさかそのお手本をエリから見せられることになるとは思わなかった。

エリの思惑は何となく分かる。

鞭でダメならアメをやればいいという単純な発想で、俺を篭絡にかかっているらしい。

思わず笑ってしまうくらい、浅はかな考えだ。


「下らない。この程度のエサに俺がつられると思ってるのか? 一から出直すんだな」




「ロサダ比って知ってるか? 人と有効な人間関係を築きたい場合は、ポジティブな要素とネガティブな要素を3:1の割合で混ぜて話をするんだ。そうすりゃ相手は、自分のことを真剣に考えてくれていると思って好感度が高くなる。そういう研究結果が出てるんだ」

「へー。ネガティブな要素もいるのか」

「3:1ねぇ。俺、そんなにネガティブなこと言ってねえかも。相手が怒ったりしたらめんどくせーし」

「てことはお前、そいつとうまくやれてねえってことじゃん。当たってるじゃん、ロサダ比」


俺の机の周りには人だかりができていた。

ぎゃあぎゃあと騒いでいるが、俺が一言何か言えば、途端に奴らは静かになって俺の言葉に耳を傾ける。

まったく単純な奴らだ。

ようやく俺の崇高な頭脳を理解したかと思えば、節操なく群れやがって。


遠いどこかで、お前が言うなという声が聞こえた気がした。

……いやいや、違うぞこれは。

別にエリに篭絡されたわけではない。ただクラスの馬鹿共が俺の有益性に気付いたというのなら、その期待に応えてやらんでもないと寛大な心でもって──


ふと、Xが俺の方を見ていた気がした。

アイツも自分の取り巻きを相手にするので忙しいので、もしかしたら勘違いかもしれないが。

最近のXは奇行と呼べるようなものも少なくなり、交友関係も生徒会の仕事も、それなりに良好のようだった。

とはいえ、未だどこかぎこちない部分があるのも確かで、見ているこっちはいつ大問題が起きないかとひやひやしているのだが。


……何か俺に助言を求めたいことでもあるのだろうか。

仕方がないな。この俺自らというのは気に入らないが、頼りにしているというのならやぶさかでもない。

俺は立ち上がった。


「あ、おい。どこ行くんだよ」

「ちょっと用事を思い出した」


取り巻き達から離れ、俺はXへと近づいた。


「おい。何か用事が──」

「あ、学~」


エリが笑顔で手を振りながら駆け寄って来た。

またお前か……。

このタイミング。もしかしたら盗聴器でも仕掛けているのかもしれないな。

彼女は笑顔で胸倉を掴み、俺を屋上に連れ出した。


「どうしてまだアイツに構うの?」


二人きりになり、エリは開口一番そう言った。


「あなたにとって、理想の学校生活が送れているはずよ。もはや宇宙人なんてどうでもいいでしょ?」

「……俺はライトノベルが嫌いだ」

「は?」


脈略のない話をしていると思っているんだろう。

エリは眉をひそめていた。


「まあ聞け。俺はライトノベルが嫌いだ。何故なら世の中は、あんなご都合主義にはできていないからだ。美人な女の子が大した理由もなく俺に惚れたりしないし、ぼっちで冴えない男が同じくぼっちな美人を見つけて仲良くなったりもしない。俺は現実から全力で逃避するが、現実を歪めたりはしない。現実は、知り合った美人が触手だったり、幼馴染が平気で人に銃を向ける諜報員だったりする、何のありがたみもないものだ」


だから俺は、ご都合主義なリアルを信じない。

俺に無償の信頼を寄せ、うんちくを語っても真剣な表情で熱心に話を聞くあいつらを、俺は信じない。


「……あなたは地球を侵略する宇宙人より、人間の方が怖いのね」

「その言い方は語弊があるな。俺は別に恐れてなどいない。ただなんというか……あの自分勝手で常識外れな宇宙人達の方が、なんとなくしっくりくるというだけだ」


エリは小さくため息をつき、床を見つめた。

どうしたらこの問題を解決できるのか、真剣に考えている時のエリだ。


「……一つ勘違いしてる。確かに私は仕事であなたに付き合ってた。面倒見の良い、クラスでも人気の活発な女子を演じていた。でも、プライベートの行動まで一つ一つ指示されていたわけじゃない。あなたを構ってたのは、あなたに構いたかったからよ」


俺は目を細めた。


「信じられないなら別にいい。実際、完全な善意とは言い難いし。ただ、あなたにそんな善意を向けようとした人間が一人だけいたことは、知っておいて欲しい」

「ハッ。何を言い出すかと思えば。いいか? そんな奴はいない。この世のどこに、ただの引きこもりに善意を向ける奴がいるんだ。かわいそうとか言って下に見てるだけだろ」

「生徒会長よ」

「なに?」

「宇宙人じゃないわよ。会ったことあるでしょ」


そう。

確かに俺は、彼女に会っていた。

俺にとっては胸糞悪い記憶だ。



◇◇◇


それは俺が学校を休みだして、半年ほどした頃のことだった。

二年生になり、クラスも代わり、もはや本当に学校へ行く意味などなくなっていた時。

そいつは俺の家へやって来た。

二年生でありながら生徒会長になった傑物。弱気を助け悪をくじく、漫画の世界のような人間だと、エリから教えてもらっていた。

だからそいつがクラスメートで、俺を学校へ連れて行きたいと言ってきても、何ら驚きはしなかった。


彼女は根気強かった。

話が長いと一蹴される俺の話を熱心に聞いていたし、俺の愚痴にも似た話も進んで食いついた。


「ねぇ、仙道君。学校へ来て欲しいの。クラスのみんなもあなたを待ってるのよ」


彼女はいつもそう言った。俺が首を振ると、残念そうにしながら帰って行った。

しかし次の日も、その次の日も、彼女は諦めることなく俺の家へ足を運んだ。

馬鹿だと思った。

ただでさえ忙しいだろうに、無駄なことに時間を割いて。本当に物好きな奴だと思った。

だが彼女の根気強さに、少しずつ意固地になっていた心が溶かされていったことも確かだった。

そしてある日、次に彼女が来たら学校へ行くと伝えようと、そう決めた。


彼女はやって来た。

大量の手紙を持って、満面の笑みを浮かべて。


「仙道君、前に言ってたでしょ? 自分なんか学校に来なくても誰も困らないって。でもほら、見て。皆があなたのために手紙を書いてくれたのよ」


わーお。まさか俺がこんなに人気者だったとは。

感動して涙がでるね。


俺はその手紙を一枚一枚読んでいった。

『学校楽しいよ』『一緒に遊ぼう』『困っているなら相談乗るよ』

どいつもこいつも、字面から嫌々書きましたって気持ちが伝わってくる力作だ。

でもそんなの当たり前だろ? だってこいつら、俺の顔も知らないんだから。


「ねぇ。こんなに皆に思ってもらっているのに家に籠ってるなんて、薄情だと思わない?」


その一言で、俺はこいつの意図を完全に理解した。

生徒会長の責務だとか、全ての生徒に有意義な学園生活を送ってもらう義務があるとか、そんな大層なものはこいつにはなかった。

自分と同じクラスの人間が不登校であることが、自分の汚点になるのを嫌っただけだ。不登校生を復帰させて、自分の評価を上げたいだけだ。


俺は初めて、彼女の目をじっと観察した。

しっかりと開かれた目。努力を惜しまない真面目そうな目。しかしそこには何も映っていない。

あれは隷属の目だ。

周囲からのプレッシャーと、自分でもそうしなければならないという思い込み。その二つにがんじがらめになり、現実を何も見ていない。そういう目だ。


吐き気すらこみあげてくるこの手紙を、こいつはきっと一枚たりとも読んでいない。ただ俺を連れ出すための武器が欲しくて。俺を追い詰めるための決定打として、手紙を持ってきただけだった。


ぺらぺらとめくっていると、一枚の手紙が目についた。


『構ってちゃんかよ』


ああ、まさしくそうだな。

俺もお前の立場だと、同じことを思っていただろうよ。

これで俺は、学校に行かずして評価を地の底へと落としたわけだ。

俺は思わず笑い、その手紙を破り捨てた。


「な、なにするの⁉」

「なにって、いらないものをゴミ箱にぽいしようと思ってな」

「いらないって……せっかく皆が、あなたのために書いてあげたのに」

「書いて“あげた”か。そりゃ親切にどうも。引きこもりで学校にも来れない哀れな人間に、リア充ライフを謳歌してるお前がお慈悲をめぐんでやったわけか」

「そんなこと、私は──」

「俺はお前の道具になるつもりはない。失せろ」



◇◇◇


とまあ、これが俺の痛々しい過去の一つだ。

それ以来、学校関係者とはエリ以外誰とも話をしてこなかった。したくもなかったし、する必要もない。

どうせ言われることは同じだ。

甘えてると俺を罵倒するか、現実の胸糞悪さを教えてくれるか。二つに一つだ。


「生徒会長はあなたとのこと、後悔していた」

「どうせ口先だけだろ。問題の本質も理解してないだろうぜ」

「そう思うなら確かめればいい」


そう言って、エリは俺に一枚の手紙を渡した。


「……なんだこれ?」

「彼女から。あなた宛ての手紙よ」

「お得意の偽装工作か?」


エリは小さく笑った。


「あなたにそれが通用しないのは、今までのことでよく理解してるつもりよ。宇宙人が人間に擬態する方法を知りたくて、私が独自に見つけた。それを読んで、どう行動するか決めなさい」


エリは無理やり俺に手紙を渡し、俺の服から盗聴器を取り出すと、さっさと自分の教室に帰って行った。


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