第8話 ツンデレとヤンデレ
さて、と俺は思った。
瀕死のYを自宅へ運び、ベッドに寝かせてみたは良いが、ここから何をするべきなのかさっぱり分からない。
病院はNGだろうし、一応止血はしてみたが効果があるかは分からない。宇宙人に関して分かっていることは、アイスが好きということくらいだ。
冷たいものを好むのなら、部屋を冷たくした方がいいのだろうか。しかしXは以前フライパンを使って料理をしていた。熱が苦手というわけでもなさそうだ。
「とりあえずアイスでも振りかけてみるか」
「……アンタ、馬鹿なの?」
うっすらと目を開けて、Yがぼそりと言った。
未だに発汗は収まっていないが、倒れた時よりは顔色が良くなっている気がする。
「その馬鹿に正体暴かれたのはどこのどいつだよ」
「……死ね」
そう言って、Yはそっぽを向いた。
「腕は大丈夫なのか?」
「これくらい、すぐに修復する」
そうなのか。
宇宙人というのは便利なものだ。
「……なんで助けたの?」
「お前こそ、なんでわざわざ家に来たんだ?」
Yは黙り込んだ。
俺は小さくため息をついた。
「俺は人間だと思っていた時からお前が嫌いだった。父親に媚びを売るような態度は滑稽だったし、嫌味を織り交ぜたポジショントークにも辟易していた。常識に囚われたリアルの世界で勝手に生きて、勝手に不幸になればいいと思ってた」
Yは俺から目を背けたまま動かなかった。
「だがな。どれだけ妹が嫌いで、どれだけ妹から嫌われていても。本気で妹が助けを求めてきたら、助けようとしちまうのが兄貴なんだよ」
俺は立ち上がった。
「アイス食べるか?」
「……食べる」
ぼそりと呟くように言った言葉に、俺は思わず頬を緩めた。
◇◇◇
「食べさせて」
アイスを持ってくると、Yは開口一番そう言った。
「なんで?」
「腕。まだ生え切ってないの」
布団に隠れて見えなかったが、どうやら現在進行形でにょきにょきと生えている最中らしい。
「見たら殺す」
考えていることを読まれたようだ。
しかしどうなのだろう。腕が生えてくるところを見られるのは、果たして恥ずかしいことなのだろうか。
人間にはよく分からない。
俺はカップアイスをスプーンですくい、Yの口に運んでやった。
少しだけ恥ずかしそうに、口を小さく開けてスプーンをくわえる。その様子を見ていると、間違ってもスプーンを口内に突っ込んで飲み込ませようとは思えない。
「あの時」
俺は言った。
「あの時。触手のこと聞いて、悪かったな」
Yは少し呆けたように俺を見つめていた。
触手が一本しか入っていないことが、この宇宙人達にとってどんな意味を持つかなんて俺は知らない。知らないが、自分のコンプレックスを人に指摘され、無遠慮にかき回される時の吐き気を催す気持ち悪さは知っている。
もしも意図せずそんなことをしてしまったのなら、謝罪するのもやぶさかではない。
「……なにそれ」
Yは少しだけ顔を赤らめ、つっけんどんに言った。何でもないように装っていることは、誰の目から見ても明らかだ。
「ちょっと眠っとけ」
俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。
すると、Yが慌てて俺の手を掴んできた。
それは切断されていたはずの腕で、汗とは違う奇妙な粘液の感触があった。
本当に生えたんだという感想と、やっぱりコイツは宇宙人なんだなという感想が、同時に浮かんだ。
「アイツに連絡したりしねーよ。お前らの複雑な関係くらいは理解してるつもりだ」
「……じゃなくて」
「ここを襲撃されるかもって話か? お前を狙ってきたくらいだから、こっちの事情も多少は理解してるだろ。さすがに今すぐここに来るとは──」
「じゃなくて!」
Yは顔を真っ赤にしながら、布団で口元を隠した。
「そ、そばにいてよ。……いいでしょ、それくらい」
なんだそりゃ。
上目遣いでこっちを見つめやがって。ライトノベルのヒロイン気取りか?
しかし、そう言われてその場に座り込む俺も、人のことはあまり言えない。
……くそ。蕁麻疹が出てきたな。
「言っとくが、俺は妹に欲情するような変態じゃないぞ」
「死ね!」
Yは俺に辛辣な罵声を浴びせ、布団を被った。
どうやらコイツのテンプレートは、ツンデレ要素が強いらしい。
結局その日、Yが俺を掴むその手が離れることはなかった。
◇◇◇
「というわけで、しばらく部活は休止だ」
Xは、じっと俺を睨んでいた。
さすがにアフィリエイト更新のために部活をしばらく休止するという提案は、受け入れがたいものがあるのだろう。
「一人にならなければいけない必然性が分からない」
「精神的休息だよ。お前に四六時中見られていると思ったら、気も休まらない。どこか適当なネットカフェを見つけて作業するから、身の安全については心配するな」
Xは納得いかない様子だった。
「文句があるのは分かるが、お前のご褒美は俺のポケットマネーから出てるんだぞ? 資金源であるアフィリエイトが更新できなければ、必然的にご褒美なしということに──」
「理解した」
Xは即答した。
まったくもって素直なことだ。
「本当にそれだけだな?」
じっと、Xは俺を見つめながら言った。
「それ以外に何があるっていうんだ?」
俺はしらばっくれながら、おやと思った。
相手の裏を読もうなんて、コイツらしくもない。誰かを気にかける気持ちがあるのなら、ここまで自身の奇行を野放しにしていなかっただろう。
その表情にどこかいつもと違うものを感じながらも、俺はXと別れた。
◇◇◇
結局、Yは誰にやられたのか言わなかった。
おそらく、アイツはXにやられたと思っているのだろう。オレとXの関係を考えれば、言えないのも当然だ。
しかし、オレもそこそこXとは付き合いがある。秘密裏にYを探して始末しようとするとは思えない。
それは俺の存在を軽視することと同義だし、それを選択する可能性はほとんどないと思える程度には、俺とXとの関係は良好だし、俺はXにとって役にたっているはずだ。
もちろん、それも全てXが俺を懐柔するための作戦だと考えられなくもない。しかし現状全ての出来事に整合性は取れているし、それだけ大局が見えているとしたら、Yが本当はXで、俺を騙している可能性の方が高くなる。そこまでやられたら、もはや策を弄するも何もない。いさぎよく敗北を認め、奴らの思惑通りに動くだけだ。
というわけで、Yを狙ったのはZだと俺は決め打つことにした。
現状、師匠ですら行動原理が分かっていない危険思想の持ち主。
仲間を襲うメリットがさほどあるとは思えないところにも、Zの異常性が見てとれる。
全てを敵に回して、それでも勝つ自信があるのか。それとも生存戦略などそもそも考えていないのか。
「こればっかりは、会ってみないことには分からないな」
できるなら会わずに済ませたいところだが、Yを匿っている以上、そんなこともできないだろう。
つくづく思う。厄介な拾いものをしたものだと。
◇◇◇
「帰ったぞー」
リビングに入ると、ソファに寝転がりながらパジャマ姿でテレビを見ているYがいた。
「お前なぁ。俺が帰るまでは電気つけるなって言っておいただろ」
「だってお兄ちゃん、帰るの遅いんだもん」
Yはいつの間にやら、俺を兄呼ばわりするようになった。
人間のフリをしていた時ですら、一度も言ったことがなかったというのに。現金な奴だ。
「ほら。お前が言ってた映画、借りて来たぞ」
「やったー♪ ね、ね、一緒に観よ?」
どうせやることもないし、仕方がないので付き合ってやることにした。
『アライバル』というその映画は、人間に擬態した宇宙人がいつの間にか地球を侵略していたという、どこかで聞いたような内容だった。
「アハハハハ! これが宇宙人とか! アハハハハ!」
映画に出て来る宇宙人を指差しながら、Yは笑い転げていた。
特段おかしなところはない、人間と同じ形状をしたよくある宇宙人だ。
いまいちYのツボが分からないが、宇宙人からすれば、人間の「オレが考えた最強の宇宙人」は面白く映るらしい。
そう言えば、Xに『遊星からの物体X』を見せた時も、『笑える』とか言っていた気がする。
気がつけば、彼女は笑い疲れたのか、オレの肩に頭を預けて眠っていた。
これが恋人だったなら、心臓をドキドキと高鳴らせて、挙句襲っちゃおうとか考えられるんだろう。
しかし妹相手ではさすがにそんなことも考えられない。宇宙人で血が繋がっていなかろうが、所詮妹は妹なのである。
肩が揺れないようにと意識すると、自然俺の呼吸は小さくなり、息苦しくなってくる。そんな俺の苦労などつゆとも知らないYは、気持ちよさそうに寝息をたてていた。
その寝顔は、とても作り物とは思えない。そしてきっと、事実として妹は作り物なんかではないのだろう。コンプレックスがあり、笑ったり怒ったりする、そこらにいる普通の女の子だ。
俺がYの目にかかっていた髪を、そっと分けてやった時だった。
突然、轟音が鳴り響いた。
俺もYも飛び起き、思わず身構える。
目の前の壁に穴が空き、一人の女性が砂煙の中から歩いてきた。
「いやー、探しましたよ。こんなところにいるとは、さすがのアタシも思いつかなかったっス」
ソイツは、一見すると何の変哲もないギャルだった。
洒落たパーカー。ワンサイドアップのウェーブがかった金髪。
ポケットに手を突っ込み、棒付きキャンディを口にくわえている。
しかしソイツがただの女子でないことは、背中から生える四本の触手が物語っている。
「ギャルか。俺が一番嫌いな人種だ」
「アタシはギャルじゃありませんよ。見かけで判断するなんて、とんでもない偏見っス」
「ウェーブかけた金髪の女は、どう弁明しようとギャルに分類されるものなんだよ」
「下らない常識っスね」
なん……だと……⁉
この俺が、常識に縛られているだと⁉
俺の口角がひくひくと歪むのを感じる。
コイツは今、一番言ってはならないことを言ってしまった。
「ほぉ~。そこまで言うなら勝負するか? 俺とお前、どっちが常識に縛られてるか」
「はあ?」
相手は軽蔑のまなざしで俺を見つめてくる。
「俺は既に学校の出席日数が足りなくて留年の危機を教師から示唆されているが、お前はどうだ?」
「いや、普通に学校行ってるっスけど」
「はっ! 非常識を語っておいてその程度か⁉ 学校を卒業しないとアウトローの道に進むしかないと思ってるんだろ? 下らない常識に縛られているのは果たしてどっちかな⁉」
「そんなことにこだわってることがそもそも常識的じゃないっスか?」
ぐはあっ!
俺は思わず蹲った。
ここが精神世界なら、血反吐を吐いているところだ。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 何やってるの⁉ 早く逃げないと、アイツは──」
「お兄ちゃん? まだ家族ごっこやってるんスか?」
クスクスと、ソイツは笑った。
Yの顔が、にわかに赤くなる。
「この前も教えたじゃないっスか。アタシたちは人間とは違うんだって。アタシたちこそが、この世界を支配するに相応しい存在なんスよ。なのにアタシたちが人間に合わせてやる必要なんて、どこにあるんスか?」
なるほど。
これが噂のZか。
確かにこれは、危険思想だ。
「んで? その選民意識とウチの妹を執拗に狙う理由と、どういう関係があるんだ?」
「分かんないんスか? 愛っスよ」
「愛?」
Zは興奮した様子で、自分の身体を両手で包み込んだ。
「アタシはね。アタシと同じ高度な存在を愛しているんスよ。愛して愛して愛して愛して、一つにならないと気が済まないんス」
Zは荒れた吐息を漏らしながら、うっとりした目でYを見つめている。
この興奮度合いと異常性。どうやらコイツのテンプレートはヤンデレらしいな。
それにしても、『一つになる』というZの言葉が気にかかる。
少し考えて、俺はすぐに合点がいった。
Xも言っていたが、この宇宙人は触手の集合体だ。一つの意思を多数の触手が共有することで、一個の生き物になっている。
つまり同じ理屈でいけば、同じ触手であるX、Y、Zも、一つになることが可能なのだ。
「アタシたちが一つになれば、人間なんて恐れるに足らない。アタシたちが地球を支配できるんスよ。こんな最高の提案に、乗らない理由なんてないじゃないっスか」
……ふむ。
俺は顎に手をやって考えた。
俺達人間の視点からすれば確かに危険思想だが、コイツの言っていることは理に適っている。
人間に擬態して生活するのはそれなりにリスクが伴う。人間社会を支配できるほど強大な力が手に入るなら、そうした方が良いんじゃないか?
俺はちらとYを見た。
Yは怯えていた。身体を震わせ、ぎゅっと俺にしがみつき、怯えた目でZを見ていた。
「彼女が抵抗せず一緒になってくれるなら、アタシらが人間に擬態する理由はなくなるっス。つまり、目撃者をわざわざ殺す理由もなくなるってことっス。そこの人間さん。黙ってその宇宙人をアタシに差し出してください。そうすれば、少なくとも殺される心配はなくなります」
Zはにこりと笑った。
「どうするっスか?」
それは勝利を確信した笑みだった。
当然だ。命を投げ出してまで赤の他人を助ける馬鹿などいない。
そして俺は、自他共に認める非凡なる存在だ。
どうすべきかなど、既に決まっている。
「そうだな……」
俺は腕を組んだ。
ふいに、コロコロと床で何かが転がり、Zの側で止まった。
Zが首を傾げた瞬間、その銀の球体は突然煙を吹きだした。
KYYYYYYYY
甲高い声が辺りに響いた。
Zの触手が煙を吸い込み、急激に膨張する。自重に耐えきれなくなったのか、触手は床に倒れ込んだ。
「赤の他人なら差し出してやってもよかったが、あいにくここにいるのは俺の妹でね。お前のような屁理屈こねる憎たらしいギャルに渡してやるほど、俺の妹は安くない」
「……なるほど。処刑がお好みなら、お望み通りにしてやるっスよ」
ドロドロに溶けた顔で、俺を睨みながらZは言った。
俺は不敵な笑みを浮かべながら思った。
超怖いんですけど、と。
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