第14話 脱引きこもり


謎の学校倒壊事件。

そんな風にネットニュースや新聞は書きたてた。

あれほど巨大に膨れ上がった触手については一切触れられず、ただ校舎の一部が倒壊したことだけが報じられていた。

原因は不明。けが人はいるが、命に別状はない。

ただ一人、行方不明の生徒会長を除いて。


「おっはよー、マナブー!」


教室のドアを開けると、クラスメートがそう言って肩を叩いてきた。


「そのあだ名で呼ぶのやめろって言っただろ」

「えー、だってマナブーはマナブーじゃん」

「プライベートとネット空間は分ける主義なんだよ」

「おいおい。まるで有名俳優みたいだな」


クラスが笑いに包まれる。

俺もつられて笑った。


エリが言っていた通りだ。

どうやら俺は、学校というものが存外好きらしい。

勉強も、意外と楽しかった。

授業内容を聞いて、宿題をして、少し復習するだけでテストは簡単にクリアできたし、高得点を取れば教師もクラスメートも、皆褒めてくれた。


「ねぇねぇマナブ~。なんかSNSが炎上してるんだけど、どうしたらいいの~?」

「さっさと沈静化させたいなら、とりあえず真摯に謝罪すべきだな。反省点と、これからどうすべきかを明確にして、きっちり頭を下げろ。攻撃材料がなくなれば自然と鎮火する」


褒めてもらえるのはうれしいし、頼りにされるともっとうれしい。

茶々を入れ合いながら、下らないことに一喜一憂して馬鹿みたいに笑っている人生というのも悪くない。


俺の周りの人間は、皆笑っていた。

ただ一人笑っていないのは副会長だけで、もうクラス全員、あの奇怪な生徒会長Xのことなど忘れてしまっているかのようだ。


「なぁマナブー。明日学校が終わったら皆でカラオケ行こうぜ! マナブーがいないといまいち盛り上がらないしさ」

「いいじゃんいいじゃん。マナブー、歌上手そうだし。あ、なんならその時、歌がうまくなる簡単な方法とか教えてくれよ」


俺はにこやかにサムアップした。


「おう、任せろ!」


そして次の日、俺は学校を休んだ。



◇◇◇


暗い部屋。

太陽の光を極限まで遮断し、俺はパソコンに向かい合っていた。

メンタルヘルスに悩みを持つ人間が集う掲示板で、鬱屈とした感情を吐き出す一人のユーザー。そのユーザーに、俺は匿名のメッセージを送った。


『そろそろこの不毛な鬼ごっこを止めにしませんか? 師匠』


師匠は即座に返事を返してきた。


『不毛かどうかは私が決める。能動的に私を探すお前に選択権はない』


まあ確かにな。

俺は少しだけ考えて、キーボードを叩いた。


『エリを派遣したのって師匠ですか?』

『そう思う根拠を聞こう』

『俺はこの世で二つだけ信じているものがある。一つは俺が本気を出せば大抵のことはできるっていうこと。そしてもう一つは、師匠が誰かの遅れを取るなんてありえないってことです。エリは明らかに宇宙人の正体を以前から知っていた。だったら師匠も知ってるはずだ。少なくとも、俺にメッセージを送る以前から。今頃になって、宇宙人の侵略から逃げるようなことはしない』

『及第点だ。答えてやろう。正確には、私はエリの上司ではない。私は数多の危機をいち早く察知し管理するために存在している。一定の範囲内において最大の権限を持っているが、私自身はどこにも所属していない。私は私だ』

『……何故俺に目をつけたんですか?』

『お前は特別だった。宇宙人と親交を深められる人間として、私が独自のアルゴリズムで計算した結果、お前が選ばれた』


俺は少しだけ聞くかどうか迷ったが、勢いに任せて打ち込んだ。


『母さんがいなくなったのは?』


寸分違わず返事が返って来る師匠が、初めて十秒ほど沈黙した。


『我々からすれば僥倖だった。おかげでお前は、宇宙人との親交を深めることができるようになった』


俺は椅子にもたれかかった。

たぶん俺は、アイツらの中に自分を見ていたんだ。

社会に溶け込んだ俺が、きっと宇宙人よりも宇宙人らしく生きることになることを、俺は知っていたんだ。

自分を殺し、常識に合わせ、周りと変わらないように生きていく宇宙人に。

だから俺は……、今こんなにも生徒会長に同情している俺は、Xを憎むことも、責めることもできないんだ。

だってそうだろ?

少なくともアイツらは、世に出て頑張ろうとしているんだ。引きこもりに逃げた俺が、そんな奴らをどうこう言うなんて間違ってる。


俺にとって、リアルはどこまでいっても他人事だ。アイツらを見捨てたことも、エリの言葉に従っているのも、全部。

他人事でよかったから、ずっと家に閉じこもって、ネットでうんちくを語っていればよかった。

……でも、それももう終わりだ。


俺は知ってしまった。

自分が本当は、何を望んでいるのかを。


『俺はただ』


そこまで書いて、指が止まった。

しばらく硬直し、やがて文字を消去して打ち直した。


『単刀直入に聞きます。Xは生きていますか?』

『生きている。衛星からも発見できない地下基地に捕獲されている』

『師匠の危機管理能力は、今どういう結論を?』

『お前の言いたいことは分かっている』


まるでここからが本題だとでも言うかのように、間髪入れずに返信がきた。


『このままでは宇宙人と人間の全面戦争になるだろう。そして我々が勝つ。しかしそうなると、Zによって先進諸国が再起不能になるまで破壊されるという計算結果が出た。それにより世界は100年ほど文明レベルを低下することを余儀なくされる。宇宙人を破滅させても、人間は敗北に等しい大打撃を受けるというわけだ』

『ならXの奪還に手を貸してください。師匠が言えば全て解決するんですよね?』

『それなら問題は簡単だが、無理だ。指揮系統が乱れていて、今や私一人の権限ではどうすることもできない。私ができるのは、Xが捕獲されている基地の場所を教えることくらいだ』

『虫の良い話です』

『どう言われようと、私にできることは変わらない』


俺は顎に手をやった。


『分かりました。じゃあ場所を教えてください。あとはこっちでなんとかします』

『できるのか?』

『やるしかないのなら』

『さすがは我が弟子。そう言ってくれると思っていた』


俺は思わず笑った。

どうやら俺は、最後の最後までこの人の掌で踊らされる運命にあるらしい。


『ところで師匠。一つ聞いていいですか?』

『なんだ?』

『師匠って人間ですか?』


しばらくしてから、師匠の返事が届いた。


『企業秘密だ』



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