第7話 三風君から風矢君

 今日は三風君が家に来ます。内容は面接だけれど、こんなにもドキドキするのはなぜなんでしょう。やっぱり、おしゃれしたほうがいいのかな?でも、意識しすぎるのも変かな?考えがまとまりません。父以外の男性が家に来るのは初めてだから緊張がすごいです。今朝の二時から迷い続けて、今は五時。結局、三時間も迷った挙句、私の服装はTシャツとデニム素材のショートパンツという量産的なものになってしまいました。いや、別に好感度を上げたいとかではなく、何となく、三風君には、おしゃれな私を見てもらいたいと思ってしまい、昨日から一睡もできませんでした。昨日、三風君のおうちにお邪魔した時も、お誘いを受けた時も、ずっと頭がポカポカしておばあちゃんの話を思い出せたのが不思議でした。でもそのお話のおかげでまた三風君に会える。なんだかとても幸せです。思えば、私たちがお互いを初めてみた時に私には全く抵抗がありませんでした。

 あの日は、引っ越しが完了して休憩を兼ねて島を探索していた時でした。海外の旅行雑誌で何度も見かけたお店があって、持ち合わせもあったので朝食をとろうと思って入ったのが、すべての始まり。三風君は終始私を気にかけていたけれど、私だってそうだった。美味しいはずのお料理も味がわからなくなってしまって、お店を出た後も、彼が気がかりでならなかった。二度と会えないかもしれないと思ったけれど、神様が味方をしてくれたのかもしれない。学校で同じクラスになれた。その時、私たちは微笑みあっていた。世界が止まってしまった気がして、熱く気持ちいい眩暈が私を襲ったのを覚えています。あの感触を忘れたくなくって、私は三風君の背中を追ったのかもしれない。今回のアルバイトのお話も、少なからず私情が入っていることを否定はできません。もっと近くで三風君を感じたい。こんなことを感じるなんて、私は三風君に…

              ピンポーン!

!!?びっくりして少し飛び上がりました。時計を見ると十一時。少し早いとも思いましたが私は疑わずドアを開けました。ちっちゃな子が、サンタさんからのプレゼントを開けるときみたいにウキウキしながら。ドアの向こうの三風君は緊張していたけれど、それすらも私と同じことが嬉しかった。面接は畑仕事で、汗を流している三風君はカッコよくって二階からずっと見ています。ジャザッ、音がして土が裏返る。単調な絵なのに見ていてまったく飽きません。やっぱり、三風君はかっこいいなあ。私は見とれました。

 三風君の作業が終わりしばらくするとおばあちゃんがノックしながら入ってきました。手には水着。

「あんた等、海にでも行っておいで。涼しいから。」

言われるがままに部屋から出され下に連れていかれます。

「なーに、あんた等、付き合ってるんでしょ?水着くらい着れなくてどうすんの」

!!!わ、私たちは付き合ってません!!…とは結局言えず、さっさと追い出されました。海までは十分くらいで更衣室の前で別れて、着替える。おばあちゃんの水着は面積が小さく恥ずかしい。更衣室を出ると三風君はもういて、私を待ってくれていました。私たちは照れながらも海を楽しみました。途中、おばあちゃんの言葉が蘇ってきて顔が真っ赤になったけれど、泳ぐことでごまかしました。

 帰る時間になって、私は更衣室を出ます。三風君は海を見ていました。その目が綺麗で、しばらく見とれていました。すると三風君は私に気が付いて、

「じゃ、音川さん。帰りましょうか。」

何か、この言葉が嫌だった。言葉が私たちの距離を遠ざける気がした。

           だから、勇気を出してみたんだ。

「そうですね、風矢君。」

「えっ、音川さ…」

「風矢君も…!名前で呼んでください!」

もう一歩踏み込もう。恐れてはいけないから。

「私も…、名前で呼びますから…。」

精一杯だ。私の本気。少しでも伝わって。お願い。願いは届いた。

「こ、琴音さん。」

「はい?」

「そろそろ帰りましょう。」

目の前が少しぼやける。幸せな圧迫感が全身を包み、空に溶けていく。

「はい!」

私は、大きくて、少しぼやけた風矢君の背中を見ながら、いつもよりゆっくり歩きだしました。


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