第14話 天地くん、心配する。

音川さんが怪我をした。祭りの日。風矢とテレビがどうたらとか言って山に行ったら、しばらくして救急車に運ばれていった。驚いたなんてもんじゃねぇ。視界が狭くなって、肺が潰れる感触があった。命に別状はなかったようだが、あんなに肝を冷やしたのは生まれて初めてだったかも知れねぇ。夏休みも残り二週間足らずの日の登校日(まあ補習なんだが…)。俺は、未来と一緒に学校へ向かっていた。暑い道は靴の裏をチーズフォンデュのように溶かすかと言うほどにアスファルトをステーキの焼き石状態にしていた。音川さんの件で地球も多分焦っているんだ。あんな美人さんが消えちまったら、世界遺産消失もんだからなぁ。俺たちはそんな地球の上を行きたくもない補習のため、学校へと向かっていた。

しかし、学校へ着いた俺らに知らされたのは希望と絶望のダブルパンチ!なんと、補習担当の榎田(えのだ)の先公が夏風邪こじらせたとかで休みやがった。自分が生活指導のくせして、自分の生活がなってねぇじゃあねえかよ。俺たちは怒りを露わにしながら、荒々しく職員室から立ち去った。

「あーあ。補習ねぇのかよ。なあ未来。この後どうすんよ?このまま解散すんのもなんか嫌な気がしないか?」

未来はコクンコクンと二回頷いた。クッソ。なんだこの可愛い生き物。しかし、こう言ったはいいが、特に行くところもない。補習で使わなかった頭をフル回転していると、

「琴ちゃんのお見舞いに行かない!?」

未来の声が飛んできた。なるほど。このポンコツ女の子にもそれだけの考えはあったのか。

「ん。そうすっか。」

俺はそう言いながら、未来の頭を二、三回ポンポンして歩き出した。

「いや、改めて見るとバカみてぇにでけえなぁ…この家はぁ…。」

「そんなこと言ってる時じゃないでしょ。」

未来は呆れたような顔でインターホンを押した。17回くらいミスってたな。顔には出さずとも、やはり動揺してるんだろうな。なかなか鳴らなかったインターホンはようやくなって、玄関からはキヨさんが出てきた。いつもの仏頂面だ。

「なんだ。あんた達かい。わざわざありがとね。こんなとこまで。」

「いや、俺たちも心配だったもんで。」

「そうですよ。私、病院に行けなかったし。」

キヨさんは、困ったようににっこり笑って俺たちを家に上げてくれた。長い廊下を歩いて行くと、これまた大きい木の扉が立ちふさがった。俺たちはゆっくり扉を開けて中に入ろうとした。しかし、先客がいた。風矢だった。病院の患者の服を着て、音川さんの手を握っていた。その背中には黒く、深く、悲しい影が覆いかぶさっているように見えた。今部屋に入るのは流石に気がひけるので、俺と未来は音川邸の居間で待たせてもらうことにした。麦茶をご馳走になっていると、

「風矢、悲しそうだったね…。」

未来が呟いた。確かに、あそこまで落ち込んだアイツを見るのは初めてだった。どんな時でも笑顔のやつだったが、今度ばかりはそれは無理らしい。第一、アイツが生きてることすら奇跡みたいなものなんだ。木片がドスドス体に刺さってなお、アイツは音川さんを助けようとした。その努力が実ったにせよ実らなかったにせよ、アイツは行動したのだ。でも、行動したのに救えなかったってことが、アイツにとっては一番辛いのかもしれない。

「そうだなぁ。一番近くにいたわけだし。」

未来は力なく頷いた。

「俺も同じような状況で未来が怪我したら、相当落ち込むと思う。」

未来は一瞬だけこっちを見て、すぐに視線を元に戻した。それから、

「ありがと…。」

と、小さな声で言った。

居間に来てから30分ほど経っただろうか。玄関の開閉音が聞こえた。その直後にキヨさんが入ってきて、風矢が帰ったことを教えてくれた。俺たちは今度こそ扉をあけて部屋に入る。簡素な部屋には、綺麗な顔の眠り姫がいる。もしかしたら足に後遺症が残るかもしれないと、俺たちはキヨさんに聞かされた。それでも、生きてくれてよかった。死んでしまってはみんなが悲しむ。もちろん風矢も。

「行くか。起こしちゃ悪いだろ。」

「ん。そうだね。」

そういうと、未来は音川さんの前髪を整え、またね、と声をかけた。返事はない。俺たちは背中を向けて部屋を出て行く。面会はすぐに終わった。

「今日はみんなありがとね。あの子もきっと喜んでるよ。」

帰り際、キヨさんが俺たちに言った。俺は、いえいえ、と頭を振ってお辞儀をした。それから玄関を出ようとすると、呼び止められた。

「そういえばねぇ、今回の怪我のことがあの子の両親にも伝わってねぇ。近いうちに来るから、その時はよろしくね。」

そう言って別れた。

確かに、音川さんの両親には会ったことがない。ついこの間まではいないのかと思っていたくらいだ。

「琴音ちゃんのお父さんとお母さん、どんな人なんだろうね。」

少し無理した明るい声で未来は問いかけてくる。

「まぁ、相当なお金持ちってことだけは確かだからなぁ。失礼のないようにしろよ?」

「はーい!」

空元気だ。やはり、みんな深く傷ついている。俺も。悲しくないわけはないんだ。

俺たちは、海辺の道をゆっくり歩く。右手には山が見えた。俺は山を睨みつけながら、左からくる未来の言葉に相槌を打ち続けた。

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