第3話 再会

 前方から始業のチャイムが鳴る。それをトリガーに僕は土曜日を思い出す。美しかったあの子。結局あの日は一日中上の空だった。今でもそうで、思い出すだけで動悸がする。今日の空は晴れているのに、僕の心はもやもやと雲がかかり続けている。ボーっとしていると先生が教室に入ってくる。五月中盤なのに格好はもうクールビズで、忌々しそうに壊れたクーラーを睨む。ホームルームが始まったみたいだけど、僕の意識から見れば蚊帳の外だ。でも、あんまりボーっとしていると怒られると思って、教壇に目をやる。もっとも僕の席は教室の一番奥(身長の関係でいっつもこうなるんだ)で、普通はバレないけど、僕は体が大きいからバレることは少なくないんだ。ともかく、僕は前を向く。次の瞬間ほど自分の目を疑ったことはない。

 彼女がいたんだ。一昨日見た、あの美しい彼女が。認識すると同時に僕の心臓は、100キロを全力疾走したかのように、波を打つ。心地のいい吐き気が全身にいきわたる。僕の週末を台無しにしてくれた彼女が、目の前に等しい距離にいる。こんな興奮を覚えたのは、土曜日以来だった。彼女は口を開き、クラスに話しかける。

「音川 琴音(おとかわ ことね)です。よろしくお願いします。」

簡潔な自己紹介からは、品と頭の良さがあふれている。とても苦しいのに、眼を逸らすことができない。そこに先生は追い打ちをかける。

「んーー・・・・。じゃあ、三風の隣に座ってくれ。あのでかいやつの隣だ。」

彼女はうなずき、クラスの男子の目線(中には彼女持ちもいる。)をすべて奪いながらこっちに向かってくる。そして僕の右隣に座ってこちらを見る。僕らの目は再び合った。僕らは自然に微笑んでいた。


 昼休みに入ると、音川さんはすっかりクラスの中心にいた。僕は少しでも落ち着こうと、秀君と空人君を誘い学食に急ぐ。そうやって教室を出ていこうとしたとき「待ってぇえーー!!空人ぉーー!!」

空人君を呼ぶ声がする。菊山 未来(きくやま みく)さんだ。空人君の幼馴染であり、恋人なんだ。とても明るく活発で、背丈は小さいけど自律心は誰よりも大きいと思う。一緒に学食に行きたいらしい。二人は快く受け入れたけれど、僕はあまり気が進まない。なぜって?彼女が音川さんを連れてくるからだよ!せっかく落ち着こうと思ったのに、完全に失敗だった。仕方なく、僕はみんなの後についていくことにした。

 学食は意外にすいていて、僕らはベランダで食べることにした。みんなペペロンチーノを注文している。僕はコーヒーも。

「なんか合コンみてーだな。この感じ。」

空人君が急に変なことをいう。あと少しでコーヒーが口から溢れ出るところだった。

「そういうの急に言うのやめてよ。コーヒーが口から出るでしょ。」

僕は彼を睨む。しかし何の反応もないので、僕は自分のペペロンチーノに視線を移そうとする。その途中で、また目が合う。さっきほど緊張しないけれど、やっぱりドキドキする。すると彼女は、僕にだけ聞こえるくらいの声で、

「楽しいお友達ですね。」

とだけ言った。少し恥ずかしいけど、嬉しかった。初夏の日差しに染まる校庭のベランダにチャイムが鳴り響く。まばらだった学食の人数はいつの間にか増えていて、その全員が自分の教室に帰り始める。僕らも後に続く。校内へのドアをくぐるとき、音川さんは、

「これから、よろしくお願いします。三風君。」

と言った。だから僕は、

「はい。」

とだけ答える。

 これから始まるのは、僕たちの、パスタとコーヒーのある、青春のお話だ。

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