第2話 出会い
僕は今、玄関の外にいる。まだ五月なのに南にあるせいでこの島はやたらと熱い。僕は時計を見る。午前九時四十五分。待ち合わせは十時ちょうど。五分もあればついてしまうから、少しゆっくり目に歩き始めた。門扉の取っ手が熱いのを我慢し、道に出る。目の前にはきれいな海。この十六年間、見続けてきた、僕の大好きな海。透明に青く澄んだ色で視界を埋め尽くしてくる。僕は海を右手にいつもの店に向かう。おそらく一人はもういる。僕は二番目で、最後の一人は少し遅れてくるだろう。しばらく歩き駄菓子屋の前を過ぎると店は見えてくる。ほら。やっぱりもういる。170センチほどの体で店の壁にもたれかかり本を読んでいるイケメン。彼が竹中 秀(たけなか しゅう)君だ。とても頭がよく、奈菜の家庭教師替わりでもある。家は会社を経営していて、両親の年収は一兆円程らしい。僕が褒めるといつも、才能だよっていうけれど、家柄に恥じないように誰よりも努力していることを僕は知っている。僕は近づき声をかける。
「お待たせー。待った?」
「いや、大丈夫。」
簡潔な受け答えも秀君の持ち味だ。最初は少し気まずかったけれど、これも幼稚園以来の長い付き合いで慣れてしまった。秀君にはそういう不思議な魅力があるんだ。
「…それより、あいつは?」
そうだ。もう一人が来ていない。普段から時間にルーズな人なんだけれど、秀君はそこだけが少し苦手みたいだ。結局、約束の三分遅れで彼は来た。
「わぁーりぃわりぃ。お待たせなぁ!」
二メートル四センチの巨体にゴリマッチョ体型。それに髪の毛。彼が今日の三人目。天地 空人(あまち そらと)君である。細かいことは気にしない性分なので普段は少し抜けているが、いざという時はとても頼りになる。みんなの兄貴分だ。 みんな揃ったところで、僕らは店の中に入る。店の中は小さく、白いテーブルクロスのかかったテーブルが六つほどしかない。窓辺には二人用にも一人用にもなるテーブルだけ。ごく小規模の店だけど、味は海外の旅行雑誌にも載るほどだ。店の中は僕ら三人だけで、厨房からはまだ仕込みをしている音がする。こんなに早くに来る客は僕らだけだからだ。店長の末道 健生(すえみち けんせい)さんは、お前らか、という態度でめんどくさそうに厨房から出てきた。注文を取る必要はないからだ。頼むものはいつもと同じ、おすすめパスタとコーヒー。三人とも一緒。健生さんは指差し確認を注文を取る代わりにし、厨房へ引っ込んでいった。不愛想ではあるけれど、僕らのことをよくわかってくれている。料理はいつも十五分ほどかかるので、その間は何かしらで暇をつぶす。今日は珍しく恋愛についての話になった。全校で生徒は150人程度で、男女の比率は丁度五分五分。みんなかわいい子ばかりなんだ。誰が気になっているとか、ほかの人の好きな人のことなどを話して盛り上がっていると、料理をもって健生さんが登場した。
「いいなぁ…お前らは…。なんでもこれからで。羨ましいよ。」
そう言って、また厨房に引っ込んでいった。健生さんは一昨年に奥さんに先立たれている。今は東京に娘さんが行ってしまっているため独りぼっちだ。僕は、おそらく二人も、そんなことを考えながらパスタを食べ始める。今日はミートソーススパゲティの日だ。しばらくは無言で食べ進めるがその静寂は意外な形で壊れた。
チャリリン。店の扉が開く。厨房から、えっという声が上がり、仕込みの音はそのスピードを上げた。入ってきたのは女の子。絵の中から出て来たように美しい。生まれてから初めて見る。奈菜より綺麗だ。高い鼻に、少し鋭い眼。まるで天使のようだ。少し焼けた肌。ポニーテールからのぞくうなじ。美しい。
ドキン。
不思議な感覚が胸の中を横断していく。ふわふわ浮いたような感覚が何とも言い難く気持ちいい。
僕が見とれている間に彼女は席に座り、注文を始める。日差しがよく差し込むまでべの席で。健生さんは少し面喰いつつも注文を聞き終え厨房に入っていく。窓辺に座った彼女を見ながら、僕の動悸は速まっていく。胸が苦しい。息ができない。今まで味わったことのない感覚に、僕は健生さんより面喰っていると思う。すると、ふいに彼女がこっちを見た。目が合った。
その瞬間。世界の時間が止まった。強引に止められてしまった。窓からくる風で揺れる彼女の髪はわかるのに、それ以外はすべて止まっている。ドクドクドクドク。動悸がうるさい。僕は懸命に鼓動を止めようとする。しかし、それも無意味になってしまった。
彼女がふっと微笑んだ。ああ、もう駄目だ。僕にはこういう事への耐性は無いようだ。とても苦しく、とても優しい、この痛さ。
ああ、そうなんだ。きっとこれが、
恋なんだな。
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