第12話 祭り③
山神祭も最終日。島の熱気は最高潮になっていた。僕はテレビゲットの為、山へと向かった。夏は喧騒と熱気をますます強めて、僕らの上に降りかかる。湿度が高いから熱湯の中にいる気分だ。でも、全然憂鬱じゃなかった。琴音さんと走れる。少し表情が緩んだ。しっかし今年の景品は気前がいい。最新型のテレビだからなぁ。ゲットしたらニュース見まくるんだっ。今は午後3時くらい。祭りはラストスパートへ向かって全力疾走していく。なんとも言えないみんなの一体感がある。空には雲が一つもない。全部、祭りの綿菓子にでもされたんだろうか。そんないい日だけど、ひとつだけ懸念事項があるとすると、それは先輩のことだ。何かと絡んでくる先輩。足の速さはそりゃもう「やりますねぇ」って感じだけど、今ひとつ人として引くところを知らない感があるんだよなぁ。嫌いじゃないけどニガテだ。ブツブツ考えながら、山道へ向かって歩く。下の丸い砂利道はガシャガシャと音を立てて転がる。転びそうで怖い。決勝開始は午後8時。すこし早いけど、僕は先に山の上の空気が吸いたかった。なんとなく落ち着く。琴音さんと初めて会った時も、下校後にダッシュで来て、緊張を解いてた。8月の終わりの山は緑を最高潮に濃くして、そこから見える海の青は最上級に深かった。
「やっぱり綺麗だなぁ。ここからの海は。」
独り言をポツリヌス。何言ってんだ僕は。今夜のあまりの緊張でとうとうおかしくなったのか?両頬を軽く叩く。ヒリヒリとじんわりとした熱さが広がって夏の暑さに溶けた。その後もボーッとしながらテクテク歩いているといつしか山頂に着いていた。日もほんの少し傾いて、今は午後4時半。山頂では山車が準備されていた。その方向に目と耳を向けると何やらもめている感じだった。なんだろ。山車引く人がお腹でも壊したのか?でもそれなら、テレビはより一層確実に僕のものだな♩
午後7時45分。決勝に上がったランナーがスタートに立った。そして、僕の隣には琴音さん。もしも嬉しさってものが個体なら、僕は破裂してるし、液体なら、溺死してると思う。そのくらいに今この瞬間が嬉しい。僕は予選同様、琴音さんをおんぶする。背中の柔らかい感触には慣れた。わけはないけど顔には出なくなったと思う。琴音さんは小さい手で僕の肩を掴む。すこしゾワゾワした。変態っぽい。スタートまで残り1分。人混みの方に目をやると空人君が手を振っていた。振り返す。琴音さんも降っているようだった。後10秒。5。1。スタート!!!左足を蹴り出す。並んでいた人を振り切って前に出る。それにしても琴音さんは軽いな。重さを感じない。後ろからは、
「待てー!!三風ぇぇぇぇ……!!」
先輩が呼んでいる。待つのはやめにした。テレビは渡さない。山車はまだ見えてこない。すこし前に出たからそんなに遠くへは行ってないと思っていたけど、結構速いな。コーナーを次々に曲がり、その度に鼻の先を琴音さんのいい匂いがくすぐった。すごくいい。中間地点くらいのところで、琴音さんは僕の肩を叩いた。
「あの…、私も一緒に…その…走りたいなぁって…思って…。ダメですか…?」
ズザザーッ!!!急ブレーキをかけて止まる。琴音さん、走りたかったんだ。僕は急いでしゃがんで琴音さんを降ろす。念のために軽めにストレッチもしてもらった。すると後ろから気配。先輩だ。やりますねぇ。
「三風ぇぇぇ!!!待てオラァァ!!」
いいよ来いよ。受けて立つぜ。僕は琴音さんの手を取って走り出す。琴音さんも結構速いな。しばらくは先輩と琴音さんを交互に見ていだけど、しばらくして前を向くと山車が見えてきた。ガラガラ音を立てて走っている。古い木なのか、ギシギシとも聞こえる。僕は振り返って、言い放つ。
「琴音さん!!見えてきましたよ!!テレビはすぐそこですよ!!」
「はい!!」
これならいける!!そう思って前を向くと、
バギィィ!!!
木の砕ける音がして、山車の後輪部分が壊れた。そして車輪の一つが僕に向かってほとんど飛んでくる。僕は戸惑ってすこし静止してしまった。その間にもう一つも、
「琴音さんっっっっ!!!!!」
僕は右に飛んだ。筋肉の膨張で履いていたジャージがすこし破れる音がした。車輪は避けたけど、車輪の他にも大きな木片が左頬、左肩、右ふくらはぎ、背中に突っ込んできて、ズシュっと音を立てて突き刺さった。口の中に古い木の味がする。でもそんなことはほとんど頭の中にはなくて、ただ琴音さんをかばおうとすることしか頭になかった。しかし止まってしまった分間に合わなかった。琴音さんの肩に車輪は当たり、彼女は吹き飛ばされ斜面を落ちていった。その時の僕の視界は、白と黒を10:10で混ぜたみたいに訳のわからないことになっていた。遠くで喧騒が聞こえた。僕はそれが何に対するものなのか分かる前に気を失った。
祭が終わった音も聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます