第11話 祭り②

山車の速さは意外と遅くて、6割くらいの力で追い抜くことができた。後ろからはもう誰もこない。僕は追いつかれない程度に速度を落として、ゆっくり山を登る。琴音さんの胸が背中に当たりまくって恥ずかしいけど、我慢することにした。山の下を見下ろすと、祭の灯が神々しい光を放っていた。人の声は聞こえない。僕の足音以外は、全くの無音だ。

「すごく…、静か、ですね。風矢くん。」

琴音さんが呟く。すっかり僕の背中に身を預けていた。

「そうですねぇ。かなり振り切って来ちゃったからなぁ。」

僕はそう答えると、自然に笑っていた。

「こりゃあ、だいぶ涼しさなりましたね。」

山を登るにはつれて、だんだんと気温は低くなり、気持ちよくなって来た。

ああ、コーヒーが飲みたい。

ふと、そう思った。祭がひと段落したら、琴音さんと、コーヒーを飲みながらゆっくり話したいなぁと思った。


「一位通過ペアでーす。」

カランカランと福引で当たったときみたいな音がして、僕らはゴールした。山車は3分遅れくらいでやってきて、その後に、足の遅い先輩がきた。先輩も、彼女をおぶっている。先輩はツカツカとこちらに歩み寄り、目くじら立てながら言った。

「お前…どーしてそんなに速いんだ…。」

肩を大きく上下させながら言ってるところに失礼だけど、そんなことわからない。子供の頃、山をひたすらに走り回ってたからかな?とにかく、思い当たる節が少なすぎる。

ぼんやりしていると、主催本部から集合がかかった。上位8ペアが集められ、決勝の諸連絡などがなされた。そしてその後に、今年の景品が発表される。今年の景品は………、

超高級4Kテレビッ!!!意外っ!それはテレビ!!!うちのブラウン管はいい加減ボロっちいので、買い替えず手に入るのは嬉しい。決勝では、山車には小型の補助エンジンがついて、なおかつ山車より速くゴールインしなくちゃいけないけど、まあ、大丈夫だろう。テレビは、頂いたっっ!!!

僕らは山を降りている。未だに下の活気が衰えることはない。ちらほらテレビのカメラも来ていた。さすが。僕は琴音さんの二つの山の感触を噛み締めながら、気持ち悪い顔でニマニマしながら下山してる。でも、こういう何気ない幸せとは長くは続かず、後ろからの叫び声に僕はため息をついた。

「おい!三風!!お前、手ェ抜いて走ってただろ!!」

「何をいうんです!僕は3日溜めてから抜きます!」

「俺は5日だ!」

何の会話だ、コレ。女性の前でおっそろしい失言をした気がするが、琴音さんはわかっていなかった。純真って大事。僕はまた琴音さんをおぶって、小走りに山を降り始めた。

下からは祭の音と匂いがして、僕は夏が来たのを改めて感じたような気がした。








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