第9話 山神祭

「おいてめーら。今日が何の日かわかるか?そう、山神祭だ!」

「せめて、答える時間くらいはくれよ。」

近所の公園に集まった僕らは、今から自分たちの店を出しに行く。本格的なスタートは午後6時から。調達は済んでいるから、後はセッティングだけだ。今年は琴音さんも手伝ってくれるらしい。これはもう繁盛確定演出なのである。午前10時くらいに公園を出て、メイン会場の大通りに行く。僕らが店を構えるのは、大通りで最も踊り行列が見やすい場所。ここは人気だけど、毎年抑えている。早速テントを張って機材を設置する。この作業も慣れたものだ。コンロをガスボンベに繋げて、空気量を調整する。これで午前の作業は終了。後は音川邸に食材を取りに行くだけ。それは午後でいいだろう。

「いやー。今年はいくら稼げっかなー?目標としては、去年を超えるってことなんだがなぁー。」

空人くんは売り上げに想いを馳せる。これから一週間でいくら稼げるか。僕も、ワクワクが止まらない。

「じゃあ、作業目標終わったことだし、僕は追いかけ山車にエントリーしてくるよ。」

「おお、じゃあまた後でなぁ。」

「きいつけろよー。」

晴れ渡る祭に相応しい空の下、僕は山の下まで歩く。そこがエントリー会場だ。説明すると、追いかけ山車というのは、男女ペアが、山の端から出る山車を追いかけて、山頂のゴールを目指して走るというもの。僕は毎年出ている。

山の中まで来ると、琴音さんは先にいた。僕は少し早足になる。

「お待たせしました。じゃあ、エントリーしましょうか。」

「はい。名前と、電話番号が必要みたいですね。」

簡単な手続きだったのですぐに終わった。祭まで時間もあったので、とりあえず二人で僕の家に行くことにした。家路の途中で、海を眺める。今日は波が穏やかだから、船も安心して来れるだろう。ここは島なので、外部の人は船でくる。ふと、琴音さんを見る。彼女の眼は海の色が映っていて透き通っていた。家に着く。玄関を開けてはいるけど、奈菜はいない。おそらくは弓道部の祭での出し物の準備で忙しいのだろう。僕は琴音さんをリビングに通す。少し遅めのお昼ご飯を食べる。メニューは素麺。なんたって楽だからね。麺をすする音と風の音が混ざって、夏の音になる。蝉の声を聞きながら、僕らは素麺をすすり続ける。食べ終わる頃には午後2時を過ぎていた。その時、ボォォォーー、と船の音がした。どうやら第一号の観光客が到着したらしい。島に少しづつ活気があふれていくのがわかる。今年も盛り上がりそうだ。

「楽しみですね。」

琴音さんが静かに、でも楽しげに言う。僕も頷く。そうだ、楽しみといえば、

「追いかけ山車、絶対勝ちましょうね!」

この祭のメインイベント。なんとしても勝ちたい。それから、ルートや距離などを琴音さんに説明した。話は4時くらいにやっと終わった。ほんのすっこーしだけ、日が傾いてきた。そろそろ、店の準備に戻らなきゃいけない。僕らは家を出て、音川邸に歩き出す。

その時の琴音さんの頬は、夕日もないのに、赤く染まっていた。

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