第Ⅵ篇「燚の妖精」

    ☆☆☆☆☆☆★


 第一区――王宮の舞踏会場。

「――了解した。では、よろしく頼む」

 通話終了――PDAを懐へ仕舞い、向き直るニナ。

「敵大型兵器及び敵性施設を制圧完了。また、本事件への関与が疑われるアルベリヒ建設重役、アンファング氏を確保――彼からもたらされる情報は、テログループの武器流通ルートを解明する足掛かりとなることでしょう」

「本当に大型兵器まで出現するとは……」茫然とするイグナツ。

「これは序曲に過ぎません、内務大臣閣下。我々の得ている情報では、都市内に運び込まれた兵器は

 無慈悲なる宣告――その言葉にイグナツが声を失う/怖れを抱くようにニナを見つめる。「またが始まるというのか。かつてこの〈ロケットの街〉を襲った悲劇が……」

「それを防ぐために、我々が存在するのです」ニナ=力強き意志を宿した瞳――その奥で燃える、雷火のごとき炎。「我々はその許された火によって、この都市の背負ったけがれを焼き払うのみ。ミリオポリスという名の巨人を蝕む、血塗られた負の遺産を」

 息を飲むイグナツ――まるで目の前で燃え盛る火に気圧されたように、動揺と懸念が入り混じった声を搾り出す。「だが知っての通り、。それに君たちが確保した者もまた、枝葉に過ぎぬのではないかね?」

 ニナ=あでやかなる微笑。「例えそうだとしても、我々は進み続けます。旅路の果てに、どのような苦難が待ち受けようとも」

 嫣然えんぜんたる白き女王の宣言――茫然と立ち尽くすイグナツに目礼し、揺るぎのない歩みで会場を後にする。

 ただ進み続けるために。


 王宮の外――庭園の半ばに位置する英雄広場ヘルデンプラッツ

 数人の護衛と共に舞踏会を去るエゴン。

 ざわつくデモ隊/旧市街の特徴たる環状線〈リンク〉の一角に蝟集いしゅうする人々――それらに顔をしかめながら、ふと空を見上げる。

 先程まで天を染め上げていた火の輝きも消えうせ、春の星座が浮ぶ夜空――そこに何かを求めるように。

「…………私には、星など見えん」

 そう呟きを残しながら、どこか裏切られた表情のカマキリが、ひっそりと夜の闇へと去っていった。


 ミリオポリス第二十二区ドナウシュタット

 国連都市の北に広がる近未来的な建物群=ドナウシティ/その中にそびえる高さ二百五十メートル余りの塔――ドナウタワー。

 頂上の尖塔に腰掛ける乙――眼下の都市を見渡す。 

 闇夜に流れるドナウ川/新ドナウ川/ドナウ運河――その向こうに広がる旧市街。新旧の建造物が入り雑じった都市の街並み。

 星空をひっくり返したような夜景――まるで天から降ってきた火が、地に灯ったかのような輝きに燃える〈ロケットの街〉――壱百万都市ミリオポリス

 その姿を隻眼に焼き付けるかのように、ジッと見つめる。

 ふと、視界に三つの輝き=比叡+春奈に腕を引かれた天姫――いち早く乙を発見/真っ先に尖塔へ飛びつく。

「お姉サマ! こちらに居られましたのね!」

「……すまん、夜空が綺麗でな。少し夜風に当たっていた」

「確かに、星が綺麗ですわね」同じく夜空を眺めながら、しとやかに腰を下ろす天姫――ちゃっかり乙の隣を確保。

「探したっすよ~、センパイ」「……誰かさんに急かされて大変だったし……」げんなりする比叡+春奈。

「なななっ、何をおっしゃりますの? 比叡さん、春奈さん」

 天姫=あたふた。顔を真っ赤にして、キョトンする乙とニヤつく二人を見比べる/誤魔化すように乗馬鞭ステッキを取り出す=ビシッ!

「こほんっ。……それより、本部へ帰投する前にクイズの答えをお教えいたしますわね♡」

「あ~、Aっすよね?」「ぢゃぢゃ~ん。正解は……Cだし?」

「残念。答えは、Bですの――っ!」バーンッと胸を張る天姫。「ですから……正解者は、乙お姉サマです。流石ですわ♡」

 うっとり瞳を潤ませるその姿に面食らいつつ、乙が応じる

「う……うむ。では、やはり苦難を乗り越える行為そのものに意味があったのか?」

「その通りですわ。イオルコス王の息子であった英雄イアソンは、現国王である叔父ペリアスから王国を取り戻そうとするのですが、王位を譲ろうとしない叔父王は、イアソンに誰にも達成できないような難題を課すことで、王の座を守ろうと策を講じたのです。そこで出された条件こそ、東の国コスキスにあるという〈金の羊の毛皮〉を持ち帰ることですのよ」

「……なるほどな」乙=何やら感じ入ったように考え込む。

 比叡+春奈=いまいちピンとせず。「それで仲間を集めたんすか?」「伝説のレアアイテム探しとか、それなんてRPGロープレだし」

 天姫=大真面目に語る。「それだけ厳しい冒険だったのですわ。ヘラクレスをはじめとした名だたる英雄の助力を得て、なお苦難が待ち受ける船旅――それらを乗り越えてこそ、イアソンは自らが王に相応しい存在であると証を立てることができますの」

 夢見るように天を仰ぐ――神話や騎士道に憧れる浪漫主義者ロマンチスト

「ふーん」「へえ~」よく分かっちゃいないような比叡+春奈。「う~ん……それってアタシらにな~んか関係あるんすか?」「いかにも明日使えない無駄知識っぽいし……」

 乙=ふと顔を上げる。「かつてこの都市まちは、多くの大切なものを失ってしまった」遠き日に――同じく街を見つめて語った少女の言葉が脳裏に甦る。(この都市はヘラクレスと同じですもの。歴史の中で自ら大切な希望を殺してしまった)

「だから現在いま、私たちは多くの難行を乗り越えていかなくちゃならないんだ」初陣の空に小隊長が紡いだ言葉。胸に刻まれた大切な思い出。それに答えを返すように、自然と言葉が零れていた。(だから現在いま、多くの難行を乗り越えねばならないのだわ)

「――大切なものを、守り続けるために」

 ふと我に返る――神妙な顔で話に聞き入る天姫+比叡+春奈。

「いや……かつて私が先代の小隊長から教えられた話だ。忘れてくれ」自嘲気味に笑う――その手を天姫がはしっと掴む。

素晴らしいトレヴィアーンですわ!」

「は……?」あっけに取られる乙――畳みかけるように天姫。

「お姉サマが先代よりたまわりし金言……ワタクシ、しかと胸に刻みましてよ!」何かのアレなスイッチがオンに。「かつてセンパイ方が、神話の英雄のごとく力を合わせて平和をもたらしたように――今度は。ああ、なんて素晴らしい。これぞ〈高貴ゆえの義務ノブレス・オブリージェン〉ですわ」

 感極まったように英雄賛歌ヒロイックへひたる――比叡+春奈=それぞれ勝手に解釈。「よく分かんないすけど、ようはチームワークってことっすよね。サッカーみたいに」「協力プレイはレイドに必要不可欠だし。仲間は多い方が効率アップ……ウェヒヒ」

 呆れ気味。「お二人とも。少しはお姉サマを見習いなさい」

 あっけらかん。「了解っす。じゃ、アタシも隣いっすか~?」「ウチも座るしっ……疲れたしっ」

 、元気に小さなお尻を狭いスペースへと押し込む――たちまちギュウギュウ詰めになる尖塔。「ちょっ……お二人とも、押さないで下さいな!」

 なんやかんやと騒ぎ出す三人――それに釣られたように、乙も笑い出す。「あっは……あははっ」

 不思議がる天姫+比叡+春奈。「どうかしまして、お姉サマ」「どうかしたっすか?」「ラリホーだし……?」

「……何でもない。ただ、お前たちは私の可愛い後輩で、大切な仲間だ!」言い終えるなり、と三人を抱きかかえる。

 顔を真っ赤する天姫+楽しげな比叡+目を白黒させた春奈――まるで年の離れた姉妹のように、喜びを分かち合う。

妖精スプライトたちへ》ふいに御影からの無線通信。《状況終了だ。本部に帰還してくれたまえ》

「さあ。帰りましょう、お姉サマ。ワタクシたちの居場所へ」

 天姫=抱擁の刺激に耐えられず、真っ先に飛び立つ――だが、どこか名残惜しむような仕草で、おずおずと右手を差し出す。「そ、その。ワタクシたちはつねに四人一緒ですもの……四つの火が合わさってこその要撃小隊〈燚の妖精グリューエン・スプライト〉ですわ」

「ああ、そうだな」差し出されたその手を、しっかりと掴む。

 天姫=嬉しげに微笑む。「行きましょう、お姉サマ」

 比叡=無邪気に笑って。「帰って録画観るっすよ、センパイ」

 春奈=ジッと上目遣い。「一緒にレベリングするんだしっ!」

 過去から受け継いだ絆――そして未来へと受け継がれていく絆。

 過去から未来へと繋いでゆくために、現在いまがある。

。この四つの火は、ずっと一緒だ」

 神話に謳われるアルゴー船の英雄たちのように。この手に握った絆さえあれば、例えどんな嵐でも乗り越えてゆけると。

 翼折れるその時まで、この絆を手放すことは決してないのだと。

 そう――信じられた。

 だから今も、そして明日も――こうして空を飛ぶ。飛び続ける。

 白金・翡翠・瑠璃――そして青玉。

 四つの輝きが、星空の海へと羽ばたいていった。


 時に、西暦二〇二二年。

 かつて〈音楽の都〉ウィーンと呼ばれ、今は〈ロケットの街〉と呼ばれるオーストリアの首都・壱百万都市ミリオポリスでは、多発するテロや凶悪犯罪に対抗するため、児童福祉法を改定。国家の名の下に特別に強力な兵科を与えられた機械化児童――特甲児童たちを、治安組織の尖兵として配し、その対処に当たらせていた。

 これは自ら難行の運命を背負い、また苦難の航海を進み続ける者たちの物語。

 英雄と、それを導く妖精たちの記録――妖精たちの物語スプライトシュピーゲル

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