第一章「黄昏の妖精-Twilight of Fairytale-」
第Ⅰ編「四月三十日、午後」
クイズですの♡ クイズですの♡
アルゴー船の旅路の中、かの英雄ヘラクレスはある理由から船を降りてしまうのですが、それはなぜでしょう?
A◇愛する者を捜す必要があったから
B◇女神様から頼みごとをされたから
C◇妖精らに惑わされてしまったから
Ⅰ
「さ――あ、お二人とも♡ 正解はお解りですかしら?」
午後の日射しにも負けぬ、少女Aの高らかな声音――。
ミリオポリス
スルーその一。「は~、マジ退屈っす。アタシもスタジアムでブブゼラ吹きたいっすよ~」
少女Bのぼやき――
イタズラな
スルーその二。「ふひひ……ここからは全部うちのターンッ! 今こそ伝説の
少女Cの呟き――
フードから覗く
《お・ふ・た・り・と・も》
地声から
ビシッ=小気味良い風切り音――にっこり。《ワタクシ専用の
バネ仕掛けのように立ち上がる比叡+春奈――ナチス式敬礼が刑罰になる
「もう! 最初から素直に答えなさいっ」ビシッと鞭を振るい、ぷんぷん頬を膨らませる少女A――
「〈要撃小隊の心得〉第十一条! 任務中はつねに、護衛対象の周囲に気を配るべし――警護の鉄則ですわ」ビシッと鞭で二人を指す。「栄えある〈
定番である小隊長からの訓示――放っておけば小一時間は続きそうなお小言に、比叡+春奈=辟易。「また天姫のお説教っすよ」「耳にタコができそうだし……」
「――ですから、……ちょっと。ちゃんと聞いていまして?」
舞台俳優のごとくなめらかな弁舌で〝要撃とはかくあるべし〟を語っていた天姫がふいに休止――切れ長の瞳をすがめる。
すぐさま〝天姫山大噴火〟の予兆を察した二人=慌てて敬礼。「もちろんっす!」「フヒッ……当然だしっ!」よく訓練された山岳警備隊もかくやの迅速な対応。
「もう!」呆れ顔――そこへ丁度、若いウェイターがやってくる/運んできた品をテーブルへ。
「お待たせしました。ご注文のコーヒーです」
銀のトレイ――湯気をたてるカップ/角砂糖の皿/逆さにしたスプーンを置いたミネラルウォーターのグラスを、順番に配膳=ユネスコ無形文化財に認定されるウィーンの伝統的なカフェ
続けて、ウェイターが紫色をした謎の物体を載せた皿を置く。
興味深々。「なんすか、これ?」「謎の物体
「あら、ご覧になるのは初めてかしら?
「
比叡=砂糖まみれの花びらを観察。「なんか太りそうっすね」
春奈=ジト~ッと上目遣い。「きっと甘党だから重いんだし」
「ななな……何をおっしゃいますの――っ!?」
天姫=激しく狼狽――思わず身じろぎした拍子に、制服を押し上げるその豊麗な双丘がたゆん♡と、あたかも目の前で雄大なる自然現象が発生するかのごとく揺れ動く。
「……おっぱいがデカ過ぎなんすよ」「……そっちにばっか栄養いってるんだし」ボソリと恨めしそうに呟く二人――そこに人を食ったような声。
「どうやら我らがじゃじゃ馬
「
危うくカップの中身を零しかける天姫――卓越した機械化義手の操縦センスでそれを阻止/やたら取り繕った優雅さで振り返る。「こほん。……いつからそこに?」
「君がクイズを始めたあたりからだな」当然のように答える青年――MSS情報解析課副課長、水無月・アドルフ・ルックナー。
くせっ毛の長髪/
「それでは僕から一つヒントをプレゼントしよう。航海の途中、水が足りなくなったアルゴー船一行は、とある岸辺に休航するんだが、そこで水汲みへ行かされたヘラクレスの従者ヒュラースの前に、どこからともなく水の精が現れ――」
「で・す・か・ら! ヒントを出し過ぎですわ!」
憤然とする天姫――水無月=平然と。「小隊の心得も結構だが、周囲の状況を把握できなければ護衛にならないぞ?」
「も、もちろん存じております」ばつが悪そうに。「長官が訪問中である教会を含め、異常は見逃しませんわ」
「その割りには、僕には気づかなかったじゃないか?」
「――――っ」
手厳しい
「……センパイの気配が薄いせいですわ」小隊長としての威厳の危機――誤魔化すようにカップを
「随分な言いぐさじゃないか」肩をすくめる――どこか遠い目。「いま長官が会いにいっている人は、僕にとっても恩師にあたる人物なんだ。顔くらい見せるのが筋ってものだろう?」
「あら。お知り合いですの?」「恩人なんすか?」「気になるし」三人に共通する見解――水無月=隊内一のインドア派/ここ最近は解析課フロアの自分専用デスクに籠りっきり。そんな根っからの電脳
「一体、どのようなお方なんですの?」
天姫が代表して質問――飄々とした態度をひっこめ、真剣な顔で答える水無月。「……そりゃ、もちろん恩人さ。何せあの人は、僕ら特甲児童第一世代の生みの親だった人だからね。いま僕がここにいるのは、その人のお陰なのさ」
通りを挟んだカフェの向かい――真新しい教会=アウグヌティヌス派参事会/過去にこの都市を襲った災禍において一度は焼失したものを、地域住民の寄付により再建した礼拝堂――その奥。
「お久しぶりです、神父様」
裏庭=墓標に花を捧げる女――MSS長官ニナ・
木漏れ日に照らされる石に刻まれた墓碑銘=『トマス・ルートヴィヒ・バロウ、
この都市のマスターサーバーと転送兵器の設計開発顧問にして、かつて都市を襲った災禍を影から救った英雄の一人――兵器開発の技術者でありながら、教会の神父でもあった異色の人物。生前に書かれていた本人の遺書により、
つねに穏やかで波風を立てず、静かに特甲児童たちを見守っていた老人――今はこうして、彼の生き様そのものといった風情の老オークの樹の根元で、安らかに都市を見守っている。
あまりにも多くのものを遺した恩人――MSSも彼とその弟子に何度も助けられた。その功績を称えて、黙祷を捧げる。
「なかなか景色のいい裏庭じゃないか、ニナ長官」
「……水無月か」振り向かずに応じる――静かに歩み来る水無月=柄にもなくTPOに合わせ、白衣を脱いだ黒い制服姿――少し意外に感じながら問う。「
肩をすくめる。「騒々しい限りさ。心配せずとも、前回の戦闘での心理・外的悪影響は認められない。……不安なのかい?」
「要撃小隊は我々の切り札だ。今後のためにも、バックアップは万全であるに越したことはない」
「大丈夫さ。彼女たちをかつての僕のような目には遭わせない」自信ありげに。「彼女らにはこの僕はもちろん、あの子がついているんだ。不安になる必要がどこにあるんだい? そうでないと、僕らに後を任せて都市を去った彼らにも顔向けできないしね」
「当然だ。期待しているぞ」凛として告げる――つと、その黒い
まだ比較的新しいそれを見て、どちらが神父の愛弟子であった青年のもので、どちらがかつて仲間であった女性のものか考える。
それに気づいた水無月――自然と浮びそうになる笑みを誤魔化すように、眼鏡をくいっと持ち上げる。
失われたもの/遺されたもの――旅立った者/残った者。
それぞれにかけがえのない存在だった。大切な存在だった。
ニナ=自然な微笑――決意を秘めたおもて。墓前に誓いを立てるようにささやく。「彼女らは我々にとってかけがえのない宝です。巣立った若者たちが、いつかこの場所へ還ってくるその日のためにも……必ずや都市を脅威から守ってみせます」
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