幕間「第一次観察記録」
2022/04/03 RCE.START
これより、本日の記録を開始する。
対象はMSS長官ニナ・潮音・シュニービッテン。
――そう、私自身が観察対象だ。
なぜ私が、まるで自身を対象とした
このような行為を行う理由はただ一つ。とある状況に対抗するためだ。そう、あの男が仕掛ける〈メッセージ・ゲーム〉に。
この呪われたゲームに対抗するすべは存在する。それは自らの〈
本日、我々MSSは犯罪者の違法ルート解明への一手として、アルベリヒ建設の所有する施設の一つに強制捜査を執行――当該施設の制圧及び重要参考人の確保に成功した。
なお、本作戦において敵大型兵器との戦闘が発生したが、要撃小隊〈
むしろ今事件の影響は、アルベリヒ建設の動向
アルベリヒ建設は、かつてこの都市で多発したテロ被害により破壊された建造物の復興事業によって。またゼプテンバー社は、ギリシャの経済破綻以降、今や
これらの勢力は、かつて都市に
〈
ことの真偽を確かめる契機となったのは、あの男から送られてきた一通の電報だった。
〈メッセージ・ゲーム〉――〝多くの人間にとって象徴的な言葉と、ある特定の個人にとって拘束力を持つ言葉とを巧みに織り交ぜることによって、人心を操作し望ましい状況を作り出す〟。
この悪魔的な手法から逃れるすべはない。奴のゲームに参加したが最後、
私は怖ろしい。
いま再び、この〈ロケットの街〉で何かが起ころうとしている。
かつてこの都市を襲った〈クーデター事件〉。そして〈アンタレス事件〉。それらの始まりは、一つのメッセージだった。
あの男の言葉が、これらの忌まわしき事件の始まりを告げる、悪魔の角笛となっていたのだ――まるで黙示録の予言のように。あるいはあの男こそ、手にした者に破滅をもたらすという指輪の呪いそのものなのか?
私は怖ろしい。操作されてしまうことではない。
この都市で起こる惨劇の全てが、たった一人の人間が仕掛けたゲームによって引き起こされているのではないか――そんな妄想染みた考えに捕らわれ始めている自分に戦慄する。
全てが仕組まれていたなど……あの方が志し半ばで倒れることになったのも全てあの男の仕業だったのではないか――などと。
その想像自体が、何かの呪いに思える。
――確かめるすべは一つしかない。あの男のゲームに参加し、全てを明らかにするのだ。
かつてこの都市で何が起こったのか?
そして、これから何が起ころうとしているのか?
真実を知るために――。
2022/04/04 RCE.END
深夜――MSS本部ビル八階=長官室。
ニナ――デスクの端末を操作=データをファイリング。
ファイル名〈レコード〉――タグ付けされる
端末の端でデジタル表示が時を刻む=0:23――すでに日付が変わっていたことに気づく。デスクに置いたカップを手に取る。
とっくに冷めている褐色の液体。苦味を増したそれを口に運ぶ。
直後にコール音――デスクの固定電話/隣に置かれた旧式の携帯電話――ではなく、公務用のPDA=表示される相手の名前に、少々呆れながら通話。「私だ。何か用か、ホルスト副官?」
《
抜けぬけと言う――定期的に旧市街の実家へ帰る親孝行者。
「……報告書に目を通していただけだ。心配せずとも、じき部屋に戻る」自然に声が和らぐ。「昨日は予想外の反撃にも関わらず、よくやってくれた」
《我らが白き女王陛下のためとあらば、造作もないことさ》当然といった口調。《しかし……よもや大型兵器まで出てくるとは思わなかったがね》
「アルベリヒ建設は、国内における多数のテロや犯罪への関与が疑われている。先日〈
《我々が確保した重役殿はその件で捜査が及ぶのを怖れ、都市外へ逃亡を企てた訳か》ふむ、と頷く。《……確かあの会社は、現エドワルト政権の推進する都市再開発計画で利益を上げた企業だったか》
「同時に政財界との癒着を含め、何かと黒い噂が絶えない企業でもある」ニナ=鮮烈な笑み。「つまり……我々の追う〝敵〟とも間接的か、あるいは直接繋がりのある可能性大だ」
《 潮音……いや、ニナ長官。あまり一人で背負うな。お前には、私とMSSの仲間がいる。それを忘れないでくれ》
軽口を抑え真面目に――本当は〝お前には私がいる〟と告げたいのだと知れた。だが、あえて言葉を選んだ――だからこちらもあえて気づかない振りで言葉を返す。
「心配をかけてすまない。……だが、その労いは是非、現場の隊員たちにかけてやってくれ」
御影が何かを言い淀む――しかし、飲み込む/つねの鷹揚さで応じる。《了解した。では、くれぐれも体には気をつけてくれ》
通話終了――ゆっくりと背もたれに身を委ねる。
壁を埋めつくす各種モニターを眺める――狙撃対策のため窓など一つもない長官室――外に灯りなど、漏れようはずもない。
軽薄なようでいて
頼もしさと同時に
あるいは異変に気づき、あの方を救うことが――。
しいて感傷を振り払う。デスクの端末を操作=すでに退館したオペレーターに代わり管理AIが自動でビル内の回線を繋ぐ――地下四階の情報解析課フロア。《お呼びでしょうか、ニナ長官》
通信モニターに映し出される大男――MSS情報解析課課長、アルフォンス・
イギリス系/角刈りの金髪/ぱんぱんに張り詰めた制服姿――全身これ筋肉といった様相のサイバー戦士。
「ディーゼル課長。
《――中身は、一辺が一センチ四方からなる立方
「登録された構成情報に従い造換されるというメリアー体の性質を利用した最新の高次フラーレン量子メモリ。特定の
《はい。暗号には
ニナ=瞳に苛烈なる火。「やはり〈ラインの黄金〉の断片か」
ディーゼル=力強いバリトン。《かつて都市で起こった様々な事件を裏から操作したとされる、
みなぎる力こぶ――制服の包装がみしみし音を立てる。
「その件は引き続き解析課に任せる。こちらで捉えた男の尋問によっては、そちらも進展が期待できるだろう」筋骨隆々なる解析課長に頷き返す。「もう一つ。今回、敵性施設への強制捜査執行と並行して行われた電子戦について、報告を」
《長官へ提出した作戦計画書に従い、敵性施設への突入と同時に
ニナ=端的に。「結果は?」
《……申し訳ありません。構築された電子防壁の一部破壊に成功したものの、敵の仮想現実空間にこちらの解析フィールドを形成するには到りませんでした》
「敵の用いる仮想現実空間〈エインヘリャルの館〉。二名の接続官の脳力を持ってしても、その城壁を突き崩すには足らないか」
嘆息するニナ――ますます力をみなぎらせるディーゼル課長。
《かつて一部のテロリストらが用いた〈シュリンクスの葦笛〉を発展させたシステムです。マスターサーバーの干渉力に拮抗できる手段は限られています。次こそは必ずや敵の城壁を焼き払い、サイバーワールドの平和を取り戻してみせます》闘志と共に膨らみを増す筋肉――制服のボタンがぷつぷつと弾け飛ぶ。
ニナ=やや画面から後退。「う、うむ。期待している。だが、くれぐれも我々の切り札でもある接続官たちが、電子の海に泡と消えてしまうことなどないようにな」
巨漢のいらえ。《お任せ下さい。彼女たちとサイバーワールドは、私と水無月くんが必ず護り通します》
頼もしき宣言と共に、ついに限界に達した制服が破れだす――めりめりと布の裂ける音を残して通信アウト=暗転するモニター。
人知れずため息――少々癖は強いが実直なる解析課長。
つくづく部下に恵まれているものだ――そう思いながら、再び長官室の椅子にその身を沈ませる。
あらためて室内を見渡す――壁のモニター群/重厚な
それだけの時が過ぎ去ったのだ、という想いが浮ぶ――仮面の下に眠らせていた感情がうずく。
硬く閉ざされた唇が、心の奥底へ封じたはずの哀切なる吐息を漏らしていた。「…………ヘルガ長官」
かつての上司――ニナに進むべき道を指し示し、今の彼女を形作った偉大なる恩人。自分の全てを捧げても構わないと想った初めての相手――あの方と共に歩んだ日々が、束の間の夢のように去来する――そして、だが、そっと胸の奥へ再び仕舞い込む。
あの方の後を継いでから――その信奉者として立つと誓った日から、決意したのだ。必ず真実へ辿り着くと。
「〈ラインの黄金〉、〈ヴァイスシュベルト〉、〈エインヘリャルの館〉、〈ミステル〉、〈冥府の番人〉、〈七人の小人〉。そして……〈レクイエム〉」
自然と口ずさんでいた
〈ラインの黄金〉――ライン川の底に眠る伝説の秘宝/手にした者には呪いが降りかかる。あのダミーテロ組織が残した負の遺産――断片化された違法な科学技術=まさに死の呪い。
〈
〈エインヘリャルの館〉――テログループらが情報伝達に用いる仮想現実空間/その最新型。
〈ミステル〉――他の樹木に寄生する
〈冥府の番人〉――なんらかのコードネーム。あるいは複数のテロ組織をまとめる主導者を示唆する名前?
〈七人の小人〉――なんらかのコードネーム。
〈レクイエム〉――なんらかのコードネーム。カトリックにおける死者のためのミサ曲――本来の意味はラテン語で〝安息を〟。なんらかの作戦名? 何かを葬ろうとしている?
今はまだ、謎だらけの
だが、必ず開いてみせる――真実の扉を開く鍵を。
知らず手がデスクの引き出しへ触れた――その奥に仕舞われる一通の白い封筒=時代遅れな紙の電報で送られてきたメッセージ。
あるいは悪魔の書簡。あの方を貶め、逆賊の汚名をこうむった末に獄中での非業の死をもたらした、忌まわしき文書。
まさに手にした者に破滅をもたらす黄金そのもの。
憎むべきあの男の名が刻まれたそれを取り出す――憶える気がなくとも
六年前――この街で何が起こったのか?
六年前――あの方に何が起こったのか?
そして――これから何が起ころうとしているのか?
それらを解き明かすことが、あの方から組織を託された自分の責務なのだと、そう信じて――挑むようにその名を見つめた。
「全て貴様の思い通りになると思うな。カール・クラウス」
☆ ☆ ☆
愛を捨て去りし者が叫ぶ。
〝無限の力を持つ黄金よ、その魔力で滅びをもたらせ!〟
三度の冬に未来は枯れ、兵士の剣は折れ、民衆は憎しみあう。
立ちはだかる大岩を前にして、英雄はただ立ちつくすのみ。
プロメテウスは人に火を与えた罪で、永遠の罰を受けた。
しかし、その身に宿りし
七つの封印、七つの角笛――ではその次に訪れるものとは?
火を絶やすことなかれ。
カール・クラウス
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