第Ⅱ篇「アインホルン」

     Ⅱ


 ミリオポリス第三十四区ヒンベルク――都市南部の開発指定地区。のどかな田園風景と都市計画で移転された工業施設が混在する地。

 その一画にあるハイテク施設=ウェルナー・シュタイア重工。

〝ライフルから自家用車まで〟幅広い事業をみせるシュタイア・グループの下請け工場――軍需車両の製造・卸売業者。

 施設内のガレージ――兵器テスト区画/臨検を控えた装甲車両や軍用機体がずらっと並ぶその奥に、硬化ガラスで区分けされた特殊兵科の試験場=一体のが、ガシャガシャと足音を立て歩行試験中。

 元は米軍の開発した〝着るロボット〟――シュタイア社がライセンス生産する〈サテュロス〉式をベースに、同社が独自の設計改良を加えた初の国産アームスーツ初号機=〈ユニコーンアインホルン〉。

 全高二メートル超/鋭角的な白銀の装甲/一本の角――まさに機械仕掛けの一角獣アインホルン。あるいは鋼鉄の鎧をまとった白騎士。

 ガレージ横の管理室――モニターで各種データを確認する職員/エンジニア/整備スタッフ。「姿勢制御プログラムに異常なし。これで第一シーケンスのチェック項目は全てクリアです」

 職員の呼びかけ――それに公安局の制服を着た男が応じる。「よし。では予定通り、次のシーケンスに移ってくれ」

 にわかに白騎士を取り巻く風景が一変――都市の一角を再現した街路に――拡張現実ARによって再現されたCGの街並み。

《テスト機の火器管制システムFCSと演習用プログラムを同期完了。これよりパターンAでシミュレーションを開始します》

 アナウンスと同時に、街路の先から赤い機影が出現――同型のアームスーツ×五体=プログラムによって再現された仮想敵フェイカー

 白騎士が稲妻のごとく地を駆ける――手にした機銃を掃射ダダダ!――コンピュータが再現した仮想の弾丸が、吸い込まれるように正面の三体へ命中=撃墜を示すサイン。

 さらに左右から挟撃する二体――接近戦用の刃で襲いかかる。

 近接格闘戦――白騎士=右腕の灼刃機能ヒートブレイドを展開――一閃。襲い来る敵を両断――まるで演武を舞うような無駄のない動き。

 シミュレーション終了――元の無機質な眺めに戻った試験場で、テストを終えたアームスーツが中座――開いた胸部装甲から訓練用のアンダーウェアを着こんだ若い女性が現れる。

「なかなかの機体だ」薄っすら汗のにじんだ前髪を払う乙女――MSS地上戦術班副長、ツバメ・アリステル・シュナイダー。

 首の後ろで括った長い髪/蒼い眼スカイブルー+右目に眼帯/抜き身の刀身のごとき鋭さと美しさを兼ねそえた肢体――女版ラストサムライ。

 試験を終えたアームスーツに、さっそくスタッフが群がる。

 人垣から離れ、手渡されたタオルで汗を拭きながら、降りたばかりの機体を振り返る――満足げな笑み。「これならば、今すぐ実戦でも使えそうだ」

「――気に入ってもらえて嬉しいです」

 スタッフの一人が話しかけてくる――つなぎ服の少年=癖のない栗色の髪/澄んだ青葡萄の目マスカットグリーン/純朴そうな顔に朗らかな笑み。「は、うちの工場で組み立てたんですよ」

「そうなのか? アームスーツは北オーストリアオーバーエスターライヒ州にあるシュタイアの本社で製造していると聞いていたが……?」

「量産型はそうなんですけど、この機体は別です。ソフトウェア開発こそ本社のエンジニアが担当しましたが、駆動系の組み立てはうちの工場で行ったんですよ」少年=立て板に水といった答え。「部品の一つ一つに至るまで、――まさに技術者の夢がつまった機体ですよね」

「なるほどな」頷き返しつつ、相手の若さに驚く――十一歳以上の児童に労働の権利が認められるこの国では、未成年労働者自体は珍しいものではない。が、こういった専門の技術職となれば、それ相応の高い知識と能力が求められる。

 この街ではウィーンと呼ばれた時代から、家具職人や楽器職人、近年では製造業やIT関連などの技術者育成にも力を入れていて、義務教育とは別にそれぞれ専門学校が用意されていた。天姫たちのような機械化児童もそうした〝就職のため専門教育を受けた〟未成年労働者に含まれる。

 それを〝ミリオポリスでは若く優秀な労働者が増えている〟と考えるか〝少子化で不足した労働力を子供たちで補っている〟と考えるかは、諸外国の反応含め、今も議論の的に。

 もっとも、乙は未成年者の労働自体を悪いとは思っていない。

 何よりも、乙自身がかつては特甲児童であったのだから――。

「君もその夢に訳だな、少年」つい年下の相手を気にかける――生来の姉御気質。「その若さでたいしたものだ」

「いえ。僕なんかまだ、ホンの見習いで」照れるように手を振る。「学校が休みの日だけ、こうして手伝いをしてるんです」

 それで少年のIDカードに気づく――ファミリーネームが。どうやら未来の後継ぎ候補が、早くも現場でということらしい――それはそれで感心。

 その時、おもむろにガレージの方から少年を呼ぶ声がした。「お~い、静馬シズマ。こっちの方も手伝ってくれや」

「いけない……もう行かないと」少年――ペコリと頭を下げる。「それじゃ、僕はこれで失礼しますっ」

 奥へ駆けてゆくその姿に激励を送る。「……頑張れよ、少年」

 ここでも、都市の未来を担ってゆく新しい世代が育っている。

 だからこそ――まだ自分には、彼のような若者たちを守るための必要なのだ。そんなことを感じながら、大人たちに交じって一生懸命に汗を流す若者の姿に、知らず目を細めた。

「お疲れ様、乙くん」その声に振り向く――管理室の方から悠然と歩み来る男=MSS副官、ホルスト・御影ミカゲ・ブレネンデリーベ。

 公安局の制服/短いブロンド/瑠璃色の瞳サファイアブルー/引き締まった白皙はくせきのおもて――しなやかな古豹を連想させる立ち振る舞い。

「待望の新型機の乗り心地は、いかがだったかな?」

「悪くない。ここのメカニックは、いい仕事をしているな」

 御影=納得と思案が混ざり合った頷き。「これで純国産アームスーツの実用化に目処が立った訳だ。場合によっては、いずれ他の機体も機種転換してゆくことになるのだろうな……」

 乙=怪訝。「現場に出てる機体は、まだまだ使えるだろう?」

「いや、本来はそうなのだが――」声を低める。「実は上層部でそのような動きがあるらしい。どうやら上の連中は軍や治安組織の使用する装備を、米軍由来の製品から国内や欧州連合EUのものへ切り替える準備を始めているようだ」

 何やらきな臭いものを感じる。「どうしてそんなことを?」

「長官は、今の国際情勢と政府のふろころ事情とのだと言っていた」昔からアメリカ嫌いの御影――肩をすくめる。「あの国の大統領は〝米国第一主義アメリカ・ファースト〟をスローガンに掲げる強硬派だ。大方、他国企業へのライセンス料でもほのめかしているのだろう。自分の国が儲かるためならば、その他の事情などおかまいなしの連中だからな」

 この伊達男にしては珍しく渋い表情――アメリカよりも、上層部との調整で長官の心労が増えることを心配しているようだった。「このところニナ長官が忙しそうなのは、そのせいで?」

「いや……それとこれとはまた別さ」御影――いつもの鷹揚さで。「先週、〈憲法擁護テロ対策局BVT〉が地下道の掃討作戦を実施し、反体制グループの拠点を一つ押さえた。その情報をもとに、いま解析課と我が隊きってのが両面作戦で、犯罪者へ武器を提供した密輸シンジケートの連絡役と、その潜伏先を追っている」

 追跡手チェイサーと聞いてピンとくる――憮然としたクルド人の顔が脳裏に浮ぶ。このところ脳内チップを通して隊員コードを閲覧しても、ずっと『出動中アインザッツ』だった理由が判明――自然と頬が緩む。

「あいつが動いているなら、すぐに結果を出してくれる」

 信頼がこもった乙の所感――同意を示すように御影が頷き返したところへ、ふいにコール音。「御影だ。……ふむ、了解した。こちらでも至急、確認を取るとしよう」

 通話を終えた携帯端末PDAを掲げる御影――ニヤリと不敵にむ。「噂をすればなんとらやだ。どうやら虎が、さっそく獲物の尻尾をつかんだようだぞ」

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