第Ⅸ篇「ランサーガール・ストライク」
Ⅸ
飛び交う砲弾の暴風雨――五体のアームスーツが地下工場内を飛び跳ね、機関砲を連射――その集中砲火を浴びぬよう、散開して逃げ回りながら必死の呼びかけ。「お止め下さい! ワタクシたちは、あなた方の敵ではありませんのっ!」
《無駄だっ、
その間も止まらぬ黒山羊の猛攻――スピーカーから聞こえ続ける悲痛な叫び――助けを求める者から撃たれる。なんたる悪夢。
《どーすんすかっ、撃っちゃダメなんすかっ?》比叡=弾丸の雨をアクロバティックな軌道で回避しながら、悲鳴を上げる。
《
柱や資材を盾にしながら、戦術班が元来た通路へ撤退を試みる――だが群れとなって襲い来る黒山羊に阻まれ、次第に工場内の一角へ追い込まれる。このままでは、いずれ包囲される。
天姫――気をしっかりと持って、槍を構え直す=仲間を一喝。
《うろたえてはなりませんのっ! 止まってくれないのなら、力づくでも止めるまでですわ》無理を通して道理を貫く――すぐさま仲間へ要撃プランを送りつけながら、真っ先に荒れ狂う黒山羊の群れへ飛び込んだ。
《あーもー、無茶苦茶っす》《まあ、いつものことだし》文句と達観を垂れながら、比叡+春奈=敵陣へ突っ込む小隊長へ追随。
こちらを包囲しようとする黒山羊の一角へ突入――自らを囮に天姫が一体を引き付ける/春奈がチャフと煙幕で敵を攪乱/比叡が掃射で積まれた資材を崩す――巻き起こる雪崩れが敵を分断。
天姫=自分を追う一体に宙で向き直る――化け物機関砲を乱射する山羊に真っ正面から挑む――真っ向勝負。
さながら中世の馬上槍試合――少女VS山羊の正面衝突=弾丸の豪雨を真っ直ぐに突き進む――自身の抗磁圧の鎧を信頼し、目をそらさず一点を狙い定める――激突――突撃槍が見事に山羊の右脚部を貫いた。
片脚を失った黒山羊が派手に転倒――翻転する天姫――止まらないなら、戦えないよう行動不能にする。戦うすべを奪う。
床に倒されながら、なおも機関砲を掲げようとする黒山羊――その腕の付け根へ、狙い済ました槍の一撃を打つ。
がつんっ、と甲高い音を立て穂先が間接へくい込む――しかし、その鋼の骨格を貫けず――驚きに天姫が飛び退く。《これは?》
資材を飛び越える黒山羊――牽制しようと機銃を構える比叡=がちっと撃鉄が停止――空転する回転砲身。《はいぃぃぃっ!?》
機能を失い、ころころと床へ転がる機雷群を前に春奈=目を丸めて透過防壁の奥から顔を覗かせる。《……武器が使えないし。もしもし運営さんラグですか? ……違いますよね、サーセン》
切迫した水無月の通信。《情報汚染が転送経路へ集中している。くそっ……これはマスターサーバー並みの破壊的干渉だぞ》
御影=瞠目。「セーフガード車両二台による防護を抜くほどの情報汚染だというのか……一体、敵はどこから侵入している?」
《発生源は敵のアームスーツだ。破壊的ウイルス〈ニーズヘッグの黒い牙〉――世界樹を蝕む毒蛇のごとく、あらゆる回線を食い尽くす。しかも、こいつはウロボロス設定だ。汚染経路が輪のように循環することで、一つを潰してもたちどころに修復される》
「……対処不能だというのか?」
《――いいや。敵性施設と同じ理屈で、この汚染源にも全体を統制する基地局が設定されているはずだ。それを除去すればいい。……〈
大モニターに送られる構造図と座標――御影=眉間に深いしわ。
「明らかに罠だ。転送を封じられた状況で、深さ六十メートルの地の底へ送り出すなど……死地へ赴かせるようなものだぞ」
《……だが状況を打開するにはそれしかない》モニターの水無月=眼鏡をくいっと直す。《今は彼女たちの力を信じるんだ。それに解析課の威信にかけて、こちらの歌姫と人魚姫が必ず妖精たちを毒蛇の牙から守ってみせる》
「
通信官たちを振り返る――すぐに頼もしい応答。「現在、〈アイギス〉が各隊との通信領域を最優先で確保」「映像・音声ともにクリアです」「地上と地下を繋ぐ命綱は、死守してみせます」
御影=決然たる面持ちでマイクを握り直す。「聞いていたか、野郎どもっ!」
《 その機体を捨ててでも、妖精の往く道を切り開けっ!》
激烈なる指揮官の厳命――戦術班がときの声を上げて即応。
《はいはいほー》《ま、それが仕事だしな》《じゃあな、嬢ちゃん。俺たちゃここでリタイアするが、後は頼んだぜ》スピーカーより発せられるタフな男たちの声――驚きに目を見張る少女たちを残して、盾代わりの貨物を押し分け軍用機体×六が進撃開始。
黒山羊が迎え撃つ――怯まず突き進む戦術班=降り注ぐ砲火で機体のあちこちから火花と白煙を吹きながら、それでも止まらずにアームスーツへ体当たりを敢行。
暴れる黒山羊が機関砲を乱射――接近戦用の刃を闇雲に振るう。
軍用機体のアームが切り刻まれる/流れ弾が工場の壁を崩す/装甲から炎を上げながら、軍用機体が身を挺して敵を押さえ込む。
「皆さん……」天姫――己の使命を果たす戦士たちの姿を見た。
戦術班=一体が大破しても、別の者が山羊へ飛びつく――愚直なまでに初志貫徹――黒山羊の激しい抵抗=もがく・暴れる・刃を振るう。脚部を斬り払われた軍用機体が体勢を崩す――しかし、ボディプレスのように敵に
四台のアームスーツを身を
六台の軍用機体の全てを費やして――ついに五体のアームスーツを一つ残らず行動不能へと追い込んでいた。
まさにここで機体を捨てる覚悟のもたらした戦果――後で回収されても、何台が前線へ復帰できるのか定かではない。だが、彼らは
これが自分たちの負った責務だ――都市を・市民を・仲間を・愛するものを、その身を擲ってでも守ろうとする精神。
自らが望んで背負い、やると決めた責務――崇高なる使命感。
搭乗席のハッチを開き、顔を出す戦術班=頭や手足を血に染めるタフな男たち/役目を果たした戦士――心から敬意を払う。
「
二体のアームスーツ+残存する軍用機体×二の戦力を結集――今や巨大な塹壕と化した事務所の一階ロビーで敵の猛攻をしのぐ。
建物を包囲する敵性機体――いつの間にか七体に増えた黒山羊。
途切れのない砲火――鉄筋コンクリートの壁や柱を削る・抉る。
すでに三台の軍用機体が大破――日向の決断=動かぬ機体はバリケード代わりにして入口を固める――ひたすら攻撃に耐える。
《不味いですぜ、班長》《この調子じゃ後五分も持たねえ》擱座した機体越しに、気休めの牽制射を行う残存のケーフェル×二台。
動く〝人間の盾〟と化した黒いアームスーツの猛攻――その中に捕らわれた人質たちの悲痛な叫びが、スピーカーより響く。
まさに悪魔的な所行――魔物どもの嗤いが聞こえる気がした。
乙=
乗機を失い負傷者の手当てに回っていたサロモンが、ぎょっとして二人を振り返る/軍用機体が射撃停止=男たちが顔を出す。
奇妙な静けさ――命を預けるリーダーの決断を待つ班員たち。
日向=青い水牛の装甲を開き、じっと黒山羊の群れを睨む――ふいに機体の外部スピーカーをオンにして、こちらを攻撃する黒いアームスーツに呼びかけ始める。
数種類の言語で何かを伝える――乙らが固唾を呑んで見守る中、突如、青い水牛が手にした機関砲を相手に向かって発砲した。
放たれた砲弾が走る黒山羊の一体を直撃――肩から火花を散らす機体が慌てて逃げ出す――明らかに威嚇ではない攻撃に、他の黒山羊もさっと身を翻して、燃え残った建屋の陰に身を隠した。
《――な、何をするんだ日向っ!?》思わぬ行動に仰天する乙+戦術班たちに向かって、静かなるリーダーが坦々と語る。
「こちらが何を呼びかけても反応がない。加えて本気で攻撃する意思を見せた途端、すぐに逃げ出した。明らかに感情のないAIによる動きではない」散りじりとなった黒山羊に、なおも激しい掃射を行いながら、敵の仕掛けを看破した人間嘘発見機=日向が事も無げに告げる。「これは敵のブラフだ。あらかじめ録音した音声を流しているだけで、あのアームスーツに乗っている連中は人質などではない。ろくでなしの犯罪者どもだ」
乙=感嘆の息をもらす。《向こうで難民たちが人質にされたことで、こちらも同じだと思い込まされていたのか……》
とことん人を馬鹿にした
一瞬、その光景を想像しかけ――すぐに顔を真っ赤にしながら相手の機体を叩いて抗議。《――ば、馬鹿っ。それはダメだっ》
《では、代わりに卑劣な悪党どもを縛り上げるとしよう》悪びれずに青い水牛を前進させる日向――搭乗席で口をへの字に曲げながら、乙の白騎士もその後へ続いた。
「も~……こいつらどっから沸いて出たんすか?」「〝敵は仲間を呼んだ、仲間を呼んだ〟……マドハンド並みに厄介だし」
B10階層――戦術班の挺身によって悪夢の黒山羊たちを突破した要撃小隊=最下層を目前にして、敵の妨害に足止め。
次々と沸いて出るガードロボ――聖書に記される
三人とも機甲の各所に損傷――四肢が悲鳴を上げるのが分かる。
それでも進むことを止めず――ひたすらゴールを目指す。
「……ここが潮時みたいっすね、春奈っち」
敵を片っ端から蹴っ飛ばしていた比叡=相方へアイコンタクト。
ゆらゆら宙を飛んでいた春奈=隣に着地。「まあ仕方ないし」
下層へ通じる通路の手前に陣取った二人――小隊長を振り返る。「ここはアタシらが引き受けるっす、小隊長」「……雑魚はウチらに任せて、天姫はさっさと先に行くんだし」
「そんな……お二人を置いて行くなんて――」
血相を変える天姫――その言葉を、仲間の笑顔が遮る。
「最後にシュート決めるのは、
「あとのダンジョン攻略は任せたんだしっ」
照れ臭そうに腕を組む比叡+不敵な笑みを浮かべる春奈。
仲間の想いに心を打たれながら、天姫=力強くその槍を掲げる。
「分かりました、ここはお二人にお任せします。……ご武運を」
真っ直ぐに飛翔してゆく白金の輝き――後ろを振り返らずに先を目指す小隊長の背中を、二人で見送る。
「……さって。やるっすよ、春奈っち!」「ウェヒヒ……こんなこともあろうかとっ、ボールはたくさん用意してあるしっ!」
春奈=ちゃっかり回収していた機雷を、スカートの下からバラバラと床に撒く――拾い上げた一つをひょいっと相方へ放る。
「さあ、試合も大詰めっ! 仲間のダイレクトパスを受けた比叡選手……いまだーっ、幻のスカイラブ・ハリケェェェンッ!」
宙で機雷をダイレクトキック――サッカーボールのように飛ぶ機雷がガードロボを直撃――衝撃で信管が作動=敵ごと炸裂。
「さ――あ、どんどん行くっすよ!」気力十分に擦り傷だらけの鼻を擦る比叡――押し寄せる敵軍を前にして、やる気満々の相方を見やりながら、肩をすくめて春奈が呟く。「……比叡ちゃん、さっきのは普通のボレーシュートだったと思うんだし」
地下通路を
立ちはだかるガードロボ――振りかぶった槍で、がつーんっと力任せに叩き飛ばす。至るところが傷だらけの槍を掲げながら、それでも真っ直ぐに最下層を目指す。
ふと違和感――下層へ降りてから、敵の迎撃兵器が姿を消した。シンジケートの戦闘要員も現れない――すでに施設を放棄しつつあるのか、あるいはこの先で防衛ラインを敷いているか――いや、例え敵がどんな切り札を用意していようと、必ず突破してみせる。
覚悟を決めて通路を進む――そして、ついに最深部へ到達。
巨大な地下発電施設――この地下要塞の心臓部――函のような大型発電機・変圧器・ケーブルなどが無数に並ぶ空間を飛翔。
《こちら天姫、
《了解した――ポイントへ誘導する》通信にノイズ――情報汚染と地下深くに降りた影響で回線が安定しない。それでもまだ通信も〈羽〉も維持されていることに感謝しながら、送られた座標へ。
この発電施設を管理する制御室――伏兵や罠の存在を注意深く確認――すぐに羽の探査が、室内で動く何者かの気配を捉える。
「MSSですのっ! おとなしく投降なさって!」
堂々と床に降り立ち、槍を構える――ゆっくりと制御室の扉が押し開かれ、中から一人の男が現れた。
「なっ――」思わず絶句――薄汚れた衣服の下で、血だらけの裸足を引きずるように歩み来る男――無毛/額の後ろ・耳の後ろ・後頭部全体が抉られたように消失=人工皮膚で覆われた傷痕。
《まさか……なんということだ――》ノイズでキンキンに割れた御影の通信が、脳内チップを通して聴覚野に反響。《敵は本当に、あの呪われた技術を甦らせたというのか……》
天姫=震える手から槍が滑り落ちた――かと思うと、男が呻きながら倒れる。慌てて男へと駆け寄る――すでに何かが決定的に手遅れになってしまった者を――脳を奪われた男を助け起こす。
ぼそぼそと相手が何事かを喋る――異国の言葉。神への祈り。
つい最近、どこかで聞いた祈り――唐突に男がドイツ語で呟く。「子供を……息子を助けてくれ」
「――まさか、近くにご子息が? どこにいらっしゃるの?」
急速に力を失いつつある手を握り締める――消え入りそうな声で男がささやく。「あの子を……ジャンを頼みます」
その言葉を最期に男が動かなくなる――息を引き取った相手を静かに床へ横たえながら、あらためて死に顔を見る。安らかな顔=例え脳がなくとも、面立ちからあの少年の面影が見てとれた。
「……
《――そうだ。そちらの探査情報に基づき、いま〈
ゆらゆら揺れる視界――目の前が真っ暗になりながら、
《…………すまん、
通信が終らぬうちに、身を翻して走り出す――喉が裂けんばかりに大絶叫。「ジャ――ンッ! どこにいますの――っ!」
必死に叫んだ――フロア中を駆けずり回ってでも、少年を探し出すつもりだった。猛然と床を蹴った足が、ふいによろめく。
ぐらぐら揺れる床――フロアに震動――上層で何かの爆発音。
《敵のトラップだ。下層へのルートが塞がれ――》ノイズの走る通信――混乱・騒乱。《最下層部より特徴的なノイズが発生っ》
《来るぞ、
暗く狭苦しい函の中で、ソレは目覚めた。
あるべき居場所を求め、長く
鋼の裡に宿る意思が、今、あるべき姿を――あるべき居場所を求め、鋼のボディへと
与えられなかった希望に代わり、与えられた責務を果たすべく、与えられた新たな鋼鉄の四肢を動かす。
さあ、ゆこう――その裡に宿るものを、二度と奪われぬために。
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