第Ⅷ篇「サムライレディ・スラッシュ」

     Ⅷ


 悪くない――機械仕掛けの白騎士=現代の騎馬でもあるアームスーツに乗りながら、不思議な感覚を抱いている自分に気づく。

 実際にそれは悪くない感覚だった――機械化義肢ともまた違う、拡張されたロボットの手足を巧みに操る。

 乙の駆る白騎士――静穏性を活かし、音もなく湿地帯を疾走。

 正面から仕掛ける日向のアームスーツを側援――廃品処理場の至る所からと出現するガードロボット――乙の駆る機体の手にする大型機関砲リボルバーカノンが狙い済ました一撃を放つ。

 レーザーサイトがもたらす死線キルゾーン――偵察機フリーゲの追尾する位置情報と最新の火器管制システムによって自動補正された弾道が、狭い倉庫の隙間を縫って、正確に精密に敵を撃ち抜く。

 一体、二体、三体――こちらの狙撃に気づいた一群が転進――構わず白騎士を前進させる――迷彩機能エフェクトを解除して堂々と敵陣へ。

 乙=東の林から陽動/日向=南の正門から突破――二面攻撃。

 二手に分かれる敵の防衛ライン――ガードロボを前面に立て、荷台に即席の銃座を設置したトラックの影から、シンジケートの連中が猛反撃――めくるめく銃火が闇夜を花火のように飛び交う。

 白騎士が一旦、林へ戻る/水牛が盾代わりのコンテナへ隠れる。

 勢いづく敵――二体のアームスーツを包囲しようと防衛ラインを押し上げる――そこに突如、激烈な火線が横殴りの雨となってダダダダ・ダダダダ・ダダダダ・ダダダダ・ダダダダ・ダダダダ敷地に降り注いだダダダダ・ダダダダ・ダダダダッ!

 戦術班の支援砲撃――アームスーツが敵の注意を引き付けているうちに、北西の森へ回り込んでいた軍用機体が一斉に攻撃開始――背部に増設された二門のガトリング砲を唸らせる。

 予期せぬ背後からの猛攻に、総崩れになる敵の防衛ライン――攻めているつもりが、実は逆に包囲されていたことを悟った敵が浮き足立ってバラバラに倉庫や建屋の陰に殺到。

 お互いが邪魔になって衝突・トラックが激突・ガードロボに足を引っかけすっ転ぶ――浮き足立った敵団へ日向+乙+戦術班が波状攻撃を仕掛ける――二体のアームスーツと五台の軍用機体が入れ代わり立ち代り、休むことなく十字砲火を見舞う。

 銃座に取り付いた男らが薙ぎ倒される――ガードロボがモグラ叩きのように粉砕される――運転手ごと蜂の巣にされたトラックが暴走――火だるまと化して資材倉庫に突っ込む=爆発炎上。

 敷地のあちこちで火災/立ち込める煙――戦意喪失したシンジケートの人間が次々に投降――戦術班が鎮圧用ネットで拘束――ぼろ雑巾のようになった建屋の一つにまとめて転がす。

 敵性施設の大半を制圧完了――乙=残存するガードロボを機体の灼刃機能ヒートブレイドで一刀両断。初陣としては申し分ない性能を発揮してくれた〈アインホルン〉に満足しながら、日向と合流。《どうだ、私の操縦もだろう?》

《確かにの機体だ》日向=予断なく周囲を見回りながら。《油断するな、アリス。まだ奥に立て篭もった連中が残っている。それに、ここまで攻め込まれながら。反撃する機会を窺っているのかもしれん》

《確かに……まだ例の処刑人ジョン・エリスも現れていないな》褒めてもらえなかったことをちょっと不満に思いつつ、白騎士の首を巡らせる。

 網で捕らえた敵を引きずる戦術班の機体。半壊した倉庫と建屋。

 残るは敷地の北側に建つ三階建ての事務所のみ――退路を立たれた敵集団の中でも、真っ先に篭城を決め込んだ厄介な連中。

 乙の即断即決――白騎士の装甲を開く/操縦席の奥からカタナを取り出し、硝煙覚めやらぬ戦場に生身を躍らせる。「私が突入する。屋内戦なら騎馬アームスーツよりも歩兵アシガルの方が向いている!」抜刀しながら、建物に向かって颯爽と走り出す。

《……お前のそのは、誰に似たんだ》日向=かぶりを振るように水牛を旋回――近くの機体へ指示。《ダニエルとカスパル。お前たちも機体を降りて、アリスを掩護しろ》

《はいはいほー》《姫のお供、喜んで頂戴つかまつる》軍用機体のハッチからうきうき飛び出す男たち――突撃銃を担いで先陣を切る副長に続く。

 その様子を確認しながら、日向=作戦指揮官へ状況報告。《こちらB分隊。敵施設をあらかた制圧し終えた》

 御影の応答。《こちらでも確認した。天姫くんプラティーンたちも獅子奮迅の活躍をみせている。順調だな……》

 何かを言い淀む気配――すぐに限定回線へ。《何があった?》

《――カディル親子が共に行方不明だ。シンジケートに連れ去られた可能性が高い。いま捜査課が全力でその行方を追っている》

 慙愧ざんきの念にかられる指揮官――日向の一聞即解いちぶんそくかい。《ここの制圧が完了次第、俺も捜査に加わろう》

《そうしてくれると助かる。優れた追跡手の目が必要だ》

《……この件を要撃小隊には知らせたのか?》

《とても報告できんよ。お嬢様マドモワゼルがこれを知ったら、自分も捜査に加わると言い出しかねん。いま彼女に前線を離れられては、地下に送り出した部隊が総崩れとなってしまう》

《アリスにも伏せておいた方がいいのだろうな……》何かと乙が可愛がっている小隊長――師匠に負けず劣らず勝気な少女の剛胆な姿を思い出す。《確かに前線には進んで先陣を切る者が必要だ。過去の事件でも、活路を切り開いたのは

 頷く御影。《そうだな。彼女らは、我々が失ったものを持っている気がする。……だからこそ、今はまだ側で見守る者が必要だ。引き続き、こちらで現場をサポートする。頼んだぞ》

 通信アウト――あらためて突入した乙を掩護しようと、アームスーツの機銃を構え直す。ふいに機体の複合センサーが、新たに出現した熱源反応をキャッチ。《これは――》


 乙――戦術班員二名を伴い、敵の立て篭もる事務所へ侵入。

 一階のロビー――小奇麗なカウンター横を素早く走り抜ける。 

 狭苦しい廊下――刃渡りの長いカタナを存分に振るえない場所。体が成長したことで生じた予期せぬ弊害――手足が伸びてリーチが長くなった分だけ、狭い空間では思いっきり戦えなくなった。

 私も大人になったんだな――そんな実感と感傷を抱きながら、カタナの反りに手のひらを添える。「転送を開封」

 輝きの中で再構成されるカタナが、刃渡り四十センチ程の脇差ワキザシサイズに。転送技術を応用した裏技――部分的な換装を組み合わせることで、刀身の長さを自在に調整。

 新たなカタナを手に屋内を進攻――前衛フロントに乙・後衛テールに二人の男を引き連れ、フロアを順に達成クリア――一階、二階=予想された敵の反撃はなし/そのまま三階へ――フロアに踏み込むなり、濃厚な血の臭いが鼻腔を刺激する――警戒心を強め、奥の事務室へ突入。

「うっ」同伴する戦術班員の呻き――炎に照らされる薄暗い室内。

 机と椅子の並ぶ洒落たオフィス=今は書類のぶちまけられた床一面が真っ赤な血の海に――血だまりに沈むシンジケートの死体。

「こりゃなんだ?」「仲間割れか?」顔をしかめる男たち。

「――違う。銃じゃなく刃物でられている」乙=部屋に鋭く目を走らせる――フロア中に転がる、鋭利な刃物で切断された首や手足。「気をつけろ、近くに処刑人ジョン・エリスがいるぞっ」

 男たちが銃を構え直す――乙=全身の力を抜いた柳枝リューシの構え。

 瞑想するように細めた隻眼――全身の感覚を研ぎ澄まし、光・音・気流・臭いを肌で直に感じ取る――没我の境地――開かれた拡張知覚が、周囲の事象をあたかも己が手足のごとく掌握。

 ――電光石火の斬撃が、天井から降ってきたギロチンのような刃を弾く――がきんっと火花が散る――頭上からの必殺の一撃を防がれた黒い影が、さっと部屋の奥へ飛び退いた。

「……貴様がジョン・エリスか?」窓明かりに浮ぶ相手を睨む。

「惜しいな。俺の名はリーパーズ・ジョンだ、サムライレディ」

 男――黒いシルクハット+黒いタキシード+目元を覆うマスク=まるでTVに登場する魔術師マジシャンのような、ふざけた格好。「ご覧の通り、用済みの人間を始末するプロの処刑執行人さ」

「ここの連中もお前がやったのか……?」間合いを測りながら、切っ先を斜め後ろへ上げた八相ハッソーの構えを取る――戦術班の男たちが乙を掩護するように、銃口をイカレた処刑男へ突きつける。

「役立たずの腰抜けはいらねえのさ」手にしたJ字型ステッキ=仕込み刀を繰る繰ると回しながら、うそぶく。「感謝してくれよ。俺はあんたらの手間を省いてやったんだからな」

 くくくっ、と嘲笑う処刑男――刹那、宙で回転するステッキが意思を持った獣のように襲いかかってきた。

 予備動作なしで投擲される凶刃――動じることなく袈裟切りに。

 刃で武器を封じる銃払ツツバラいの応用――宙で真っ二つになったステッキが明後日の方向へ飛んでゆく――すかさず戦術班二名が発砲。

 リズミカルな男たちの二点射撃タタン・タタン――だが、その一瞬先に軽業師のように宙へ身を躍らせた処刑男――銃撃を避けると同時、隠していたもう一本の仕込み刀を抜く――銃払いの姿勢でがら空きになった乙の心臓へ鋭い刺突を放つ――だが一連の動きを見切っていた乙――刃を返して切り上げる――さながら伝説のコジロー・ササキの燕返し――男の胴を薙ぐ――足場のない空中では避けようのない狙い済ましたタイミング――だが必中の斬撃が突如、と音を立て何かに阻まれる――カタナを止める処刑男の左腕――遅れてと悟る――敵を見誤った己の未熟さを恥じながら、機械仕掛けの腕力で腕ごと相手を叩き飛ばした。

 ラケットで思いっきり叩かれたボールみたいに吹っ飛んでゆく処刑男――パーテーションをぶち破り隣のブースへ転がる。 

 追い討ちをかけるように戦術班の銃撃が殺到――瞬く間に机や間仕切り板が蜂の巣に――室内に硝煙と粉塵が立ち込める。

〝やたらに乱射するな〟――乙のハンドサインに気づいた戦術班の二人が射撃停止――塞がった視界に眉をしかめながら、残心の姿勢で構えを保つ――敵を撃ちもらしていた場合の対処法を検討。

 刹那――後ろで銃を構えていた戦術班の、猛然と黒い影が襲いかかって来た。「あははははははははっ」

 魔術師のような男が手刀を放つ――狙われたカスパル=とっさに突撃銃を盾に――構うことなく繰り出される手刀が、

 絶叫を上げ倒れるカスパル――抉られた制服の肩口が炎上。

「カスパル!」床を転げ回って火を消そうとする相棒を庇うように立ちはだかったダニエル=銃を乱射――両腕の蒼い炎を揺らめかせ、嗤い声を残して男が物陰に身を隠す。

「この道化が!」踵を返して後を追おうする乙――またも黒い影が飛び出す――何かが振るわれる気配を察した乙がとっさに身を屈める――次の瞬間、頭上に銀の軌跡が走った。

 書類棚・柱・インテリアの観葉植物――乙の周囲に存在したそれらがピシッと音を立て、細切れのスライスと化して崩れ落ちる。

 驚愕に足を止める――焼け焦げた制服を脱ぎ捨てた相棒を助け起こそうとしていたダニエルの顎が、かくんっと落ちる。

「なかなか手応えのある獲物だ」部屋の右手から男が現れる。

があるってもんだぜ」部屋の左手から男が現れる。

「楽しませてもらえそうだな~」部屋の入口から男が現れる。

 最後に部屋の奥から現れた男が、脱げたシルクハットを被り直して下卑た笑みを浮かべる。「さあ、狩りの始まりだ」

 服装も背格好も同じ――一人目が蒼い炎の手刀で壁を撫でる=炎上する室内。「俺は〝火炙りのポールバーンデッド・ポール〟だ」

 二人目が銀に輝く糸を繰る。「俺は〝首吊りのジョージハングマン・ジョージ〟さ」

 三人目が腕から紫電を放つ。「俺は〝電気刑のリンゴエレキトリック・リンゴ〟だ~」

 四人目が自在に伸縮する機械化義手を蛇のようにうごめかせる。「あらためて紹介するぜ。俺の名は〝首狩りのジョンリーパーズ・ジョン〟。俺たち〈黒の四人組ブラック・ビートルズ〉が、これからお前たちを地獄へ案内してやる」


「……おかしいですわね。敵の反撃が止みましたわ」先頭を飛ぶ天姫が宙で身を翻す――その場で滞空/訝しげに辺りを見渡す。

「アタシらにビビッて逃げちゃったんすかね~?」

「このステージの敵、みんな倒しちゃったみたいだし……」

 別ルートを進んでいた比叡+春奈が合流――さらに後ろから戦術班の軍用機体が追いつく。《休憩時間インターバルかい、妖精ちゃんたち》《まだ後半戦が始まったばかりだぜ》《何かトラブルか?》

 しばしの思案――すぐに槍を構え直す。「いいえ、問題ありませんわ。ですがこの先は罠を警戒し、密集して移動しましょう」

 再び先陣を切る白金の輝き――後に続く比叡+春奈――その後ろに戦術班=一列縦隊の外に左右警戒サイドウイング役の二台が並走――輪陣形。

 編隊を組んで進む三人+六台――出し抜けに広い空間へ。

「これは……」ベルトコンベアや作業アームが並ぶ作業空間――さながら悪の組織の秘密基地といったおもむきの地下工場が出現。

「お二人とも、伏兵にご注意なさって!」三つの輝きが散開――天井付近まで積まれたコンテナの隙間を縫うようにジグザグ飛行。

 物陰から砲座や狙撃手に奇襲されたりしないよう、入念に索敵――ふいに羽の探査が、作業機械の間を移動する存在を捉える。

「こちらに接近する機影ありですわ。――各員、全方位警戒!」

 宙で身を捻る天姫=槍を掲げる――比叡=両腕の機銃を構える――透明化する春奈=音もなく機雷散布――その下で軍用機体が互いに背を守り合うようにして、アームの機銃を四方へ向ける。

 全方位要撃態勢――さながら現代式の密集陣形ファランクス

 緊迫する空気――そして貨物コンテナの陰から、それが出現。

 全高二メートル半/黒い装甲/山羊のような両脚/元は米軍の開発した〝着るロボット〟=〈サテュロス〉式アームスーツ。

 まるで機械仕掛けの黒山羊――手にした対空機関砲ブッシュマスター=砲口がピタリとこちらを向く――凄まじい砲火の嵐が勃発。

 慌てて飛び退く比叡――近くにあったコンテナが一瞬で穴だらけに――すぐさま柱と天井を蹴って射線から逃れる。  

《ちょっ、こいつマジやべーっす!》粟を食った比叡の無線通信。

 まさに桁違いの火力――さらに羽の探査が新たに接近する敵の姿を浮かび上がらせる――大胆に姿を現す黒山羊の群れ×五体=資材の山を鋼鉄の蹄で次々と踏み越え、機関砲を構える。

 一斉砲火――耳をろうする騒音がハリケーンのように地下工場に吹き荒れる――資材やコンテナを盾にしながら疾走する戦術班の機体が応戦――めくるめく火の応酬――段差を踊るように飛び跳ねる黒山羊の群れが機関砲を振り回す――悪魔的なカーニバル。

 こちらの陣形を分断しようとする動き――天姫=飛来する砲弾を抗磁圧の鎧で弾きつつ、黒山羊の一体に槍の穂先を向ける。

 先端部の超伝導レール機構を作動――ずどんっ! と発射された杭が黒山羊の脚を止める。そのまま体勢を崩した敵に問答無用の突撃を敢行しかけた寸前――音響探査がその声を拾っていた。

《サーイドゥニー!》《イムダ!》《ヤプマ!》《ボーイシア!》

 訳の分からない異国の言葉――黒山羊のスピーカーから発せられる搭乗者らの叫び声の数々――まるで必死の命乞い。

 思わずハッとなり槍を止める――アラビア語かトルコ語らしき叫びに交じった聞き覚えのあるフレーズ。《ヘルプ、ヘルプミープリーズ!》《ドント・ショット!》《助けてヒルフェ撃たないでニヒト・シーセン!》

 愕然――事態を悟った途端、背筋が凍る思いがした。現実逃避しかける心を奮い立たせ、大急ぎで仲間たちにそれを知らせる。

! 目の前にいる機体と交戦してはなりませんの――っ!》

 全オープン設定での大絶叫――形振なりふり構わず、アームスーツを追いかけていた比叡の機銃を槍の腹で跳ね上げて、強引に射撃を停止させる。さらに攻撃を続ける戦術班の射線上へ自ら飛び込み、身をていしてその弾丸を受け止めた。

 ――比叡が目を丸くして機銃を下げる。敵を機雷源へ誘い込む途中だった春奈が顔を覗かせる。慌てて射撃を中止した戦術班らが、動転したように機体を後退。

 天姫=敵味方からの砲撃で〈飾り耳オーア〉に損傷/額から流れる血。

 それでも凛として両者の間に割って入り、あらためて告げる。《彼らは敵ではありませんの。アームスーツへ乗せられているのは……


「あはははは」「あはははは」「あはははは」「あははははっ」

 火に包まれるフロアに悪魔どもの嗤いが木霊する。

 首狩り男の振るう機械化義手が、蛇のように首をねにくる。

 火炙ひあぶり男の灼熱の機械化義手が、辺り一面を火の海に変える。

 首吊り男の放つ液状金属ワイヤーがそこら中に張り巡らされる。

 電気刑男の放つ紫電が、予測のつかない軌道で矢のように飛来。

 乙――それらの攻撃を前に、防戦一方を強いられる。

 四人組の魔物たち――乙はかつてとよく似た相手と戦ったことがあった。特甲児童と同じように機械の手足を与えられた異国の兵士たち――その特性と対処のは理解している。本来、一対一ならば――一対四だって後れを取らない自信はあった。

 だが――

 蛇のように迫る手刀を銃払ツツバラいで弾く――炎の手刀を身を低めてかわす――かわした先に張られたワイヤーの罠を切り払う。

 そのまま電撃を放つ男に迫撃しようとして――あっけなく退いた敵を追うことが。バックステップで仲間の傍らへ戻る。

 乙の後ろ――壁を背にして不退転の姿勢で銃をめった撃ちするダニエル=倒れた相棒を死守。共に自由に動くことが出来ず――炎で退路を断たれ撤退することも叶わず。この敵はこちらの行動を制限するために、殺さない程度に仲間へ深手を負わせた。

 まさに悪魔的な手法――こいつらの真の狙いは

 落ち着け。を忘れるな――ゆっくりと息を吐いてカタナを正眼セーガンに構え直し、炎に踊る敵を睨む。

 一定の距離を保って波状攻撃を仕掛けてくる四人組――寄せては返す波のように、攻めれば敵が退く・退けば敵が攻める。

 この膠着こうちゃくこそが敵の狙いだ。特甲を転送する隙を与えず、攻めるか退くか判断を迷わせ、こちらが火に巻かれるのを待っている。

 ――青き隻眼を爛々らんらんと輝かせ、凄絶な笑みを浮かべた。

 攻めるか退くか、二つに一つ――

「ならば、推して参る!」刃を後ろに下げたヨウの構えから、機械仕掛けの脚力で一挙に地を跳ねた。

 襲い来る蛇腹のギロチンをひょいと左手で掴む――の技で受け流し、首狩り男を宙へぶん投げる。攻防一体の双葉フタバの型=炎の手刀を振る火炙り男へ迫撃敢行――これまでの攻防で十分に見極めていた間合い――蒼白い炎を引く右薙ぎを紙一重でかわす。

 炎熱に髪と制服を焦がされながら、居合い抜きの姿勢で斬撃を繰り出す――=添えた左手の中で鞘走る刃が、本来の長さを取り戻す――妖刀のごとく伸びた白刃が敵の急所=左の手刀を繰り出そうと引かれた義手、その間接の継ぎ目を寸分違わず切断――半ばから真っ二つに切り飛ばされた腕が宙を舞う。こちらが攻めている間は敵も逃げられない。自ら標的になることで後ろにいる仲間を守る――だから

 止まらぬ乙の迫撃――タガえの型=体勢の崩れた相手とすれ違う。

 その背後にいた首吊り男へ、カンフー映画張りの飛び蹴りを披露。そのまま蹴りの反動を利用――左手にいた電気刑男へ斬りかかる。 

 奇襲を受けた相手が右腕を差し出す――迷うことなく一刀両断。

 片腕を犠牲にして背後に退く男を追わず――そのまま前後の敵を切り払う蝶番チョーツガイの型で、背後にいる二人の足を氷柱斬ツララギりにしてやろうとして――唐突にザーッと鳴り渡る水音に、虚をつかれた。

 天上に設置されたスプリンクラーの――今ごろ火災報知器が作動=降り注ぐシャワーでフロアが水浸しに。

 その意味を察した刹那――床を伝う紫電に体を貫かれていた。

「くっ!?」足先から稲妻が走る――とっさに後ろへ飛び退いたが、瞬刻しゅんこく間に合わず。脳の視覚野に身体の異変を知らせるサイン=――がっくりと片膝をつく。

「どうだ。よく電撃が通るだろ?」床に左手をついた電気刑男――その周りに、天井のはりをつたって三人の男がすとんっと降り立つ。「とんだ妖刀使いジェダイマスターがいたもんだぜ」「だが、もう逃がしゃしねえぜ」「あははは。残念だったな、ねえちゃん」

 乙=カタナを杖代わりにして、倒れるのを拒否――背後で昏倒する戦術班二人を見る/下卑た嗤いを浮かべる四人組を見る。「……外道どもが。貴様らのような悪党が許されると思うなよ」

「おいおい、分かっちゃいねえな」首狩り男が肩をすくめる。

やってることだろうが」電気刑男がまた床へ放電。

「ぐっ……」再度の電撃――転送に支障/四肢に異常/痛覚をオフにしても生身の肉体が危険な状態になりつつあることが分かった。「ふざけるなっ! 誰が貴様ら外道と同じだと――」

 首吊り男が呆れるように、外を指差す――燃える窓の向こう=文化委託された異国の夜景。「この街を見ろよ。

 火炙り男が残った右の手刀を振るう――試し切りのように近くの柱が切断される。「俺たちはそいつをだけだぜ」

 嗤いながらじりじりと間合いを詰める四人組――燃えるような隻眼で毅然と睨み返す。「世迷いごとを吐くな。魔物どもがっ」

「遊びの時間はここまでだ。後はせいぜい、地獄で講釈してな」首狩り男が蛇腹の腕をくねらせる。「グッバイ、サムライレディ。使。綺麗に斬り落として〈ミステル〉のもとへ届けてやるよ」

 四人組の嗤い――蛇腹の腕がギロチンのように跳ね上がる。

 窮地においてめる思考――この魔物どもは。例え刺し違えてでも斬る覚悟を決めた、その時――

《――伏せろ、アリスッ!》

 室内で竜巻が勃発したかのような弾丸の怒濤が押し寄せた。

 砲火の大波が、一瞬でフロアのあらゆるものを吹き飛ばす。

 乙=指示に従いお辞儀するように床へ伏せて、砲撃の大時化おおしけをやり過ごす――感極まって相手の名を叫ぶ。「日向っ!」

 窓の外に青いアームスーツ――日向の操る〈ミノタウロス改〉=建物をよじ登り、三階の窓から腕を突き入れ機銃掃射。

 なんとも心強い助太刀――障害物をあらかた吹き飛ばした水牛が、外壁を壊しフロアへ足を踏み入れる。天井にぶつからないように腰を屈めた姿勢で、操縦席の装甲を開く。「遅れてすまん。無事か、アリス?」

「私は問題ない」頼れる男の胸に飛び込みたい衝動を堪える――=痺れの残る手足を気合で動かし、すっくと立ち上がる。「カスパルが負傷した。油断した私のミスだ」

「例の処刑人どもの仕業か……」日向=乙の後ろに倒れた仲間の姿を認める――まるで仇敵を睨むような鋭さで闇の奥を虎視。

 津波が通り過ぎたかのように無残な光景になったオフィス――いずこかへ消え去った四人組の男たち。

 乙=悔しげに唇を噛む。「……逃げられたか。魔物どもめ」

 機体を降りた日向が、ずぶ濡れの肩へ脱いだ制服をかけてやる。

「あの砲撃を受けて無事だとは思えん。やっかいな敵を撤退させただけで十分だ。……今はこれ以上、問題を抱えてはいられん」

 自らの怒りを静めるように、千切れ飛んだ機械化義手のパーツを踏みつける日向――男の姿に安心しきっていたせいで、相手の切羽詰った様子に気づくのが遅れた。「下で何かあったのか?」

「――厄介な状況だ。。今はここの一階を橋頭堡に、態勢を立て直している」

?」乙が突入してから、ものの数分でそれだけの被害が出たことに唖然――仮にもこの男の指揮下で、アームスーツと軍用機体五台の戦力がそれだけの痛手を負うとは想像できない。

「……どういうことだ。敵はETの大軍でも連れてきたのか?」

 かぶりを振る日向――つねに冷静な黒い瞳が、今は隠しもせぬ怒りに燃える。「出たのはアームスーツが三体だ。要撃小隊の方にも同タイプの機体が現れた。こいつらの中には捕らわれた難民たちが乗せられている。〝人間の盾〟にされた人質だ。このままでは

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