第Ⅹ篇「火を絶やすことなかれ」

     Ⅹ


 立ち込める煙――偽装された格納庫より、その機体が姿を現す。

〈サテュロス〉式アームスーツ――もう今夜だけでも、嫌になるほど見慣れた黒山羊の姿――俄かに羽の探査が異変を知らせる。

 ずしっと重い足音を響かせ、のし歩く黒山羊――その本来は蹄のような脚があるはずの下半身に付属物=四つの脚+二本のはさみを備えた巨大なボディ――多脚戦車とアームスーツの奇妙な統合アンシュルス。馬に乗った黒騎士というよりは、まるで巨大なサソリの胴体から山羊の上半身を生やしたような、奇怪な化け物。

《気をつけろ。それは強化型アームスーツ〈アスカニオス〉だ》

 水無月=ノイズ交じりの細説。《――中東での埒の明かない空爆作戦に業を煮やした米国防総省ペンタゴンが、地上戦によって紛争地帯から過激派勢力を一掃するために造り上げた、陸戦の怪物だぞ》

《戦車と歩兵の合体兵器だとっ?》御影の唸り。《あの国は我々に量産品を売りつけながら、こんなものを――》

 ザーザーと通信にノイズが走る――脚部を蠢かす山羊の怪物が、両腕に持つ機関砲を掲げる/さらに二本の鋏がガシャッと展開。

 四つの砲口が一斉に火を吹く――天姫=間一髪で宙へ待避。

 直下を通り過ぎてゆく土砂降りの砲弾が、まさに一瞬でフロアの一角を、角砂糖を砕くみたいに容易く崩壊させていた。

 恐るべき火力――戦慄する天姫=そこへ追い討ちをかけるように水無月の声が届く。《〈バク〉の示す座標が。そいつが情報汚染の源であり、核となる存在だぞ》

 取り澄ました白鷺の顔がちらつく――急降下で槍を拾い上げ、敵の猛攻を死にもの狂いのS字飛行スラロームで回避――負けじと言い返す。《――つまり、これを倒せばいいのですわねっ!?》

《察しがいいな、ポワロくん。敵はアームスーツの戦術情報共有データ・リンクシステムを介してウィルスをばら撒いていたんだ。頭を排除すれば、蛇の輪は瓦解する。――もう少しで歌姫がステージに昇る。あと三分だけ持ちこたえろ》言うだけ言って通信アウト。

 ぐぬぬ……と唇を噛み締めつつ、山羊の怪物を見据える。

 お姉サマの教え=心得第十九条――つねにヘイジョーシンを忘れるな。

 機械の森を縫うように低空飛行――怪物の一斉砲火がそこいら中の発電機・変圧器を吹き飛ばす――さながら火山の爆発のよう。

 フロアに満ちる火災・煙・警報――それらに紛れ、敵の背後へ回り込む。これだけの火力と重装備、やはり小回りは利かない。

 狙うは接合部――構造上もっとも装甲が薄いであろう、山羊とサソリのボディの境界。そこへ渾身の力で槍を叩き込もうとした瞬間――割れるようなハウリングを伴って、その声が聞こえた。

《誰か……ここから出してっ》

 、として踏み留まる――混乱と恐慌に襲われながら、恐る恐る問いかける。「……ジャン、?」

《その声……あの時のお姉さん?》機体のスピーカーを通して、山羊の怪物が少年の声を発する。《……助けて。目が覚めたら、閉じ込められてたんだ》

「そんな……なんで……」心が現実を拒否――だが、地下に反響する少年の叫びが〝目をそらすな。〟と突きつける。《ここはイヤだ。暗いし、狭いし……さっきから揺れて痛いよ》すすり泣く少年の声。《ここから出して……お姉さん》

 勝手に動く死の鎧――少年の哀訴。

 いま敵の本当の悪意が理解できた。この敵はと言っている。

 使命と少年の命――、と。

 手にした槍を振るうことができない――それを嘲笑うように、慈悲も容赦もない殺戮マシーンと化した怪物のボディが展開――ぽん・ぽん・ぽん、と放出された対人機雷が宙で炸裂。

 降り注ぐ散弾をまともに食らう――とっさに頭部を庇った槍と腕が穴だらけに――そのまま羽も機甲もズタズタに引き裂かれ、なすすべもなく地へと落下した。


 何もすることができない。動けない。誰の役にも立たない人形。

 昏迷する意識――開かれる記憶の扉/過去へのいざない。

 父と母=由緒正しい血統――世界中のダイヤモンド流通を司るベルギー系貴族=〝あの〟シュタイン家の傍系。名家の血筋。

 幼い天姫にも〝貴族としての誇り〟をしつける――数々の習い事。

 そのお披露目――天姫、七歳での社交界デビュー。

 シュタイン家主催の舞踏会――誇らしげな両親・観客の拍手。

 だが、夢の舞台が悪夢に引き裂かれる――過激派の爆破テロ。

 炎に包まれる会場――炎が大好きな父と母を奪い、そして幼い少女からは手足の自由を奪っていった。

 全身不随――医師は〝手足の機械化〟による治療を進言。

 だが、それを親族らが拒否――もし大切な一族の跡取りである少女を国に引き渡せば、相続権のなくなった私財は国の所有物に。

 一族が取った方策――寝たきりの少女を、森の別荘へと幽閉。

 閉ざされた部屋で人形のように過ごす日々――少女はそれらを受け入れた。自ら進んで大人たちの人形になることで、両親の死から――つらい現実から逃れるために。

 人形は喋らない。人形は笑わない。人形は悲しまない。人形は苦しまない。だから人形でいる間は、苦しみを味わうことはない。人形でさえいれば、棄てられることも、奪われることもない。

 だが――そんな人形の日々に変化。

「いつまでをしているの、ヨハンナ」

 天姫、十歳。閉ざされた部屋に突然の来訪者――エーデル一族の本家であるシュタイン一族の長=ブリギッテ叔母様おばさま

 家長の登場にかしこまる大人たち――でも人形の少女にそんなことは関係なかった。事実、天姫は人形なのだから――だが、叔母様は許してくれなかった。ただ黙って少女の手に、何かを握らせた。

 胸元から外した石=大粒のダイヤ。「ほら、石が輝かないわ」

 びっくりして叔母様を見た――それから動かぬ自分の手に乗る石を見た。どうしてだろう。叔母様の胸元ではあんなにも輝いていた石が、天姫の手のひらでは全く輝いてくれなかった。

「ダイヤの輝きは、持つ人間のエネルギーで変わるのよ」無邪気ともいえる笑みを浮べ、叔母様が続ける。「あなたの手でこの石が輝いてくれないのは、あなたがなせいかしらね?」

 そんなの嘘だと思った。酷いとも思った。だって自分はこんなにも不幸なのに、石にまで嘘つき呼ばわりされるなんて――

「あら、泣いてもダメよ」少女の頬から流れる涙を掬い取る――その手を、石を握った手に優しく添える。「石は輝いてくれないの。もし、これを輝かせたいのなら……もう人形でいるのはお止めなさいな。いとしいヨハンナ」

 小さな天姫の閉じられた世界を、さんざんに引っくり返して、叔母様は去っていった。去り際に残していった言葉が、いつまでも心に刻まれた。「ブリギッテ叔母さんは、いつかあなた自身が宝石になれる人生を選び取れるよう、天から祈っているわ」

 ある事件の渦中で叔母様が亡くなったのは、その少し後だった。

 好き放題に言うだけ言って、自分だけさっさと天国へ旅立ってしまったブリギッテ叔母様――〝自分に正直になりなさい〟とは告げても、何をやれ、とか、これをしろ、とは何も言わなかったことに、彼女がこの世を去ってからようやく気がついた。

 叔母様は選べと言っていた――その手段を叔母様が遺してくれたことを、天姫は知っていた――叔母様の置いていったある書類=それは少女の閉ざされた世界を開く魔法の杖ステッキ

 天姫は初めて自分で選び取った――親に望まれたからでもなく、周りに望まれるでもなく、自分自身の望みを叶えるために。

 まさに魔法――大人たちの猛反対は、生前に叔母様が用意していた書類一つで簡単に引っ込んだ。

 そして天姫は機械化児童専門の複合育成施設=〈子供工場キンダーヴェルク〉へと送られ、肉体を機械化――労働児童育成コースに。

 新しい機械の手足を得てからも、三年間もほっぽり出していたそれのを覚えるのは苦しみの連続だった――だが、迷うことなく訓練を続けた。これは天姫が自分で選んだ道だ。自分で進むと決めた人生だ。そして――生来の資質とたゆまぬ努力の結果、スバ抜けた成績を修めた天姫――治安機構のスカウト=公安局の特甲児童として、精鋭として名高い要撃小隊へ配属。

 自ら責務を背負い、信念の道を進む仲間と共に――天姫は自分の信じる道を真っ直ぐに歩む。その先に――いつの日か、自分にとっての輝かしい人生の宝石となるものを探し続けて。

 

 ――床に槍を突き立て、力づくで体を持ち上げる。

 ここで倒れたら、あの閉ざされた場所で人形として生きていたあの頃と何も変わらない。何よりも――

《助けて……助けて、お姉さん》助けを求める者がいる限り――ここで倒れることは許されない。天姫自身がそれを認めない。

 使命と少年の命――二つを選ぶ必要があるなら、。助けを求める者を自分は

 地響きを立て動く山羊の怪物――ゆっくりと旋回する砲口が、ボロボロになった少女を捉える――それを菫色の瞳バイオレットで睨み返す。

 撃鉄より生まれいずる死の炎が、少女の命を奪い取る寸前――その脳裡に、祝福の光りが舞い降りた。《頑張ったじゃないか、じゃじゃ馬お嬢様マドモワゼル。さあ、君の〝信念の槍〟に〈バク〉の火を燈すぞ》

 取り澄ました白鷺の宣言――壱百万の援軍にも勝る支援の到来。


 第三十五区ジークムント――MSS本部ビル地下四階=デスクで不敵な笑みを浮べる水無月。「さあ、舞台は整った。やるぞ――君と僕とで築き上げた二重接続官デュオ・コーラス理論を発展させた、多重接続官クワドラブル・コーラスシステムのお披露目といこうじゃないか」

 空間投影されるモニターの一つ――〈トリアイナ〉の接続室。円筒形の接続槽でたゆたう接続官の少女三名――その中央で祈るように手を組む雛=背の羽が結晶のようにその体を包む。まるで琥珀の宝石ベルンシュタイン――接続官専用の躯体プランⅡ=〈CRADLEクレイドル〉。

「三名の接続官が作り出す絶対守護領域〈夜明けの楽園シャングリ・ラ〉――あらゆる情報汚染から切り離されたその仮想現実空間は、欲張りな君だけのステージだぞ。せいぜい好きに謳って、思う存分、妖精たちをその物騒な浄化の炎で助けてやるんだな。雛くん」


 脳裡に黄色い輝きが満ちる――と共に、羽に纏わりつく穢れが霧消するのを感じる。自分を後ろから支えてくれる存在――万感の思いをいだきながら、宙に手をかざす。

「転送を開封」エメラルドの輝き――再転送で機甲の損傷を修復=そのまま無造作に左手を、突きつけられた砲口へとかざした。

 爆裂――山羊の化物の鋏が、内側から吹き飛ぶ。抗磁圧の鎧が至近距離で敵の砲弾を跳ね返したことで、砲身内部で暴発。

 たたらを踏む山羊の化物――その右腕をと掴む/めきっと砲身を握り潰し、力任せに引っ張る――と機関砲ごと半ばから千切れ飛んだ敵の腕を放り投げる。

  少女の逆襲――山羊の怪物が残る砲口で反撃――天姫=背の羽が輝きを増す。全身を守る不可視の鎧が、掃射を全て弾き飛ばす。 

 右手に握った槍を振る――山羊の腕が一撃で吹き飛ばされる。

 止まらない天姫の猛進――緩やかに飛翔――怯むように後退する怪物の四肢へ、穂先から撃ち出した杭を穿うがつ。

 磔のように床へ縫い止められる山羊の怪物――何かを求めるようにジタバタもがくその姿を、あわれみをもって見つめる。

 奪われたという絶望を、奪うことであがなおうとする使命を負った存在――それを止めることこそ、自分の負った責務。

 怪物のボディへ降り立つ――甲殻の下に納められたその核たる存在へと、両手に掲げ持った槍を、ひと思いに突き立てる。

「…………ごめんなさい」

 白金の輝きを放つ槍が、複層された装甲を貫き、閉ざされた殻に納められたその中枢ユニットを、真っ直ぐに打ち砕いていた。


 反撃――二体のアームスーツ+生き残った軍用機体二台+増援二台が連携して、黒山羊の群れを各個撃破。

 日向の水牛――剃刀のように鋭い掃射が黒山羊の脚を薙ぎ払う。

 乙の白騎士――灼刃機能ヒートブレイドで惑乱する黒山羊を両断。

 戦術班たち――怒涛の十字砲火で黒山羊の装甲を虫食い岩に。

 劣勢を悟った残る黒山羊らが遁走とんそう――後ろ向きに走って撤退。

《逃がすものかっ!》すぐさま白騎士が追撃――青い水牛が続く。

 敵が逃げ込んだ敷地の奥――スクラップが積み重ねられた廃材置き場――白騎士に追い付いた水牛が肩を寄せる。《気をつけろ、アリス。どうやら誘い込まれたのは、俺たちの方らしい》

 遮蔽物だらけの環境――敵が待ち伏せするには絶好の条件。

《……おもしろい。ならば、ここで相手を討つまでだ》

 迎撃態勢を取る白騎士と水牛――出し抜けに廃車を切り裂いて飛び出す黒山羊。《あははは。人質を撃つなんてひでえ奴らだぜ》

 廃材の上で機関砲を構える黒山羊。《ここが貴様らの墓場だ》

 廃材を崩し現れる黒山羊。《地獄の片道切符は用意したか?》

 そして、退路を塞ぐように立ちはだかる黒山羊。《さあ、第二ラウンドというこうか。サムライレディ》

 下卑た嗤い声を上げる四体の黒山羊たち――黒いアームスーツを着込んだ四人組の魔物ども、そのリターンマッチ。


 少女に膝枕される少年が、静かに目を覚ます。

「ジャン、気がつきましたのね」天姫=少年の頬を優しく撫でる。

 少年=ジャンが身を起こす――よろけた体を天姫が支える。

「ここはどこ?」ぼんやり周りを見渡す――半壊した発電施設/あちこちで炎/一面が弾痕だらけ。「まるでアレッポみたいだ」

 破壊の跡に、空爆に焼かれた故郷の街を重ねる少年――ふいにその瞳が、めちゃめちゃに壊れたおかしな機械の向こうに横たえられた人影を見つける。「…………あれ、父さんの服だ」

 天姫=少年を見つめる――全てを悟ったその顔に、胸の痛みを噛み締めながら、少年を抱き締めた。「ごめんなさい」

「みんないなくなっちゃった。きっと母さんと妹も、もう……」

 すすり泣く少年の姿――この子は幼い日の天姫と同じだった。不条理な世界に、大切なものを奪われた。それでも生きることを宿命づけられた少年を、ただ力一杯抱き締める。

 燃え広がる施設の火災――破壊された機械が爆発を起こす。

 ここに留まっていられる時は長くない――災に巻き込まれる前に地下を脱出するべく、少年を抱えたまま飛翔しようとして――上方から聞こえる轟音に、思わず天井を仰いだ。

 断続的に響く爆発音――音も揺れもどんどん膨れ上がっていく。

 敵の仕組んだ最後の罠――今や施設全体が崩れようとしていた。


《あははは》《こっちだこっち》《ノロマめ》《捕まえてみろよ》

 襲い来る四体の黒山羊たち=一体目が攪乱する・二体目が牽制する・三体目が挟撃する・そして四体目が、死角から狙い撃つ。

 悪魔の連携――まるで倍以上の数を相手にしているような感覚。

 押し寄せる黒山羊どもの波に、飲み込まれそうになる。

《くっ、ちょこまかと!》互いに背を守り合う白騎士と水牛――逃げ回る黒山羊どもへ機関砲を向ける。《油断するな、アリス。敵は四体で情報を共有し、的確にこちらの死角をついている》

《――なら、それを断てばいい》牽制射撃を行いながら、白騎士が作戦プランを送信――水牛が憮然と突っぱねる。《危険過ぎる。ここは増援を待つ方が賢明だ》

《それでは敵に逃げられる》頑として譲らず。《相手がと思い込んでいる今こそ、奴らを仕留める好機だ。――日向、

《…………分かった。信じるぞ、アリス》黒山羊の一体へ掃射を行いながら、水牛が離脱――残された白騎士が、ふいにガクンッと力を失ったように動きを止めた。

《あははは。どうした、故障か?》接近する黒山羊が白騎士へ刃を突き立てた――溶断機能付きの刃が、白騎士の装甲を切り裂く。

《間抜けな奴め》死角へ潜んでいた黒山羊が、勝ちを確信して大胆に姿を現す――ジャキンッと刃を展開=背後から襲いかかる。

 だが――その刃が届くよりも一瞬早く、白騎士の装甲が開き、操縦席から。《――なんだとっ!?》

「転送を――」宙に身を躍らせた乙――その右腕がエメラルドの残滓ざんしを残して、青き斬撃を放つ。「――開封っ!」

 肉を斬らせて骨を断つ――これぞカガミ流=空蝉ウツセミの型。

 瞬時に機甲化した青い閃光が通り過ぎる――その一瞬後には、右腕の烈風刃ソニックブレイドによって乗り手ごと真っ二つにされた黒いアームスーツの胴体が、泣き別れとなって宙を舞っていた。

《リンゴッ!》絶叫する黒山羊――乗り手を失った白騎士から突き刺した刃を抜こうとして――その腕に無人となった。《――っ! 自動操縦オートコマンドだとおっ!?》

 あらかじめ入力されていた命令コマンドに従い、敵に組み付く白騎士。

 振りほどこうとする山羊の胸に――突如、鋭い刃が生えていた。

《間抜けは貴様だったな》日向の水牛――溶断機能付きの刃が、動きを封じられた黒山羊の胸部を刺し貫いていた。

 一瞬の逆転劇――不利を見とった残る二体が翻転ほんてん遁走とんそう

 逃げる敵をトンボドラゴンフライの羽をはためかせ乙が追う――そこへ黒山羊が何かを投擲とうてき――アームスーツ背部より射出される複数の機雷。

 小賢しい時間稼ぎ――慌てず左腕の紫電刃スタンブレイドで、炸裂する前にまとめて信管を叩き斬ろうとした刹那――彼方より飛来した弾丸が、宙に舞う機雷を次々と撃ち抜いていた。

 閃光――強烈な音・光・金属片に、眼と耳を奪われる。

 ――思わぬ伏兵。どこまでも卑怯な魔物ども。

「舐めるなっ!」瞬時に羽の探査で索敵――捉えた影を一刀両断。

 火花を散らす四角い函――思わず唇を噛む。「欺瞞装置デコイかっ」

 気を抜かず柳枝リューシの構え――ヘイジョーシンで持って周辺を探査。

 闇に同化するように姿を消した敵――地に潜ったか、川へ飛び込んだか――逃げの一手を選んだからには、もう見つかるまい。

 先程の狙撃手も撃ってこない――何処いずこかへ消えた姿なき狩人サイレントハンター

《……すまん、日向。討ちもらした》静かに滞空しながら、悔しげな呟きをもらす――追いついた日向の水牛がいたわるように声をかける。《 仕留めた。お前はよくやった、アリス》

 男の気遣いが心に染みる――無念さを切り捨て、空を仰ぐ。

 紫色に染まる空――夜明け前の静けさを、ふいにぶち壊す嗤い。

《あははは。今日のところは痛み分けにしてやるぜ》どこからともなく聞こえてくる捨て台詞。《ポールとリンゴの命は、使。地獄で後悔してな。あはははっ》

「貴様ら、天姫たちに何をしたっ!」燃える隻眼を虚空へ向ける――嘲笑う魔物どもの声が、ノイズに飲まれるように消えてゆく。

 廃材の中でザーザーと雑音を鳴らす欺瞞装置――それを日向の水牛が踏み潰す。《いま御影に確認した。敵が地下施設を爆破したことで、退路を塞がれた要撃小隊が中に取り残されている》

 乙=すぐさま宙で反転――そのまま猛スピードで薄闇に染まる空の彼方へ飛び去る。《日向、後は任せたぞっ》

 あっという間に小さくなる青い輝き――日向=アームスーツの操縦席でそれを見つめながら、達観したように肩をすくめる。「お前のその気性は、昔から変わらんな」


 めくるめく炎の渦――火に飲み込まれつつある地下最深部。

 敵の執念――自ら拠点を爆破して、こちらを巻き添えに。

 なおも断続的に届く爆発音――次々と塞がれる退避ルート。

 このままでは天井の崩落に巻き込まれるか、燃え広がる炎に焼かれるか――あるいは火災によって、窒息するのが先か――いずれにしろ、ろくな結果にはならなそうだった。

 天姫=不屈の姿勢――まだ火の手の上がっていない一角に退避しながら、生き延びるすべを思案――その隣で膝を抱える少年が呟く。「……もう、ダメだよ。どうせ、オレたちも助からない」

「諦めてはいけません」天姫――瓦礫を積み重ね、即席の防火壁を築きながら相手を励ます。「まだ方法はありますわ」

「お姉さんは強いから、平気でいられるんだ」弱々しく首を振る。「オレは無理だよ……ここを出たって、一人じゃ生きられない」

 震える声を発する少年――作業の手を止め、天姫が振り返る。

「そんなことはありませんわ」しとやかに俯いた少年の顔を覗き込む――静かに瞳を向ける。「ワタクシだって怖いのです。一人ではきっと怖くて震えてしまいますわ。ですが、そんなワタクシを支えて下さる方々が……信じて下さる方々がいますの」

 今なら、何故お姉サマが〝浴室では仲間と共に行動する〟心得を馬鹿正直に守れと言ったのか、分かる気がした。

 自分たちがここにいられるのは、

 ――それを教えていたのだ。

「だから真っ直ぐに、信じる道を進むことができるのですわ」

 自信に満ちた菫色の瞳バイオレット――戸惑う少年の瞳が、少女の服に広がる真っ赤な染みに気づく。「……お姉さん、それ」

「あら、問題ありませんわ」機甲の隙間からのぞく血染めのコルセットへ手を当てる――優雅にポーズ。「特甲児童は、この程度では死にませんもの。……ジャン、ワタクシを信じなさい」

 筋が通っているようで無茶苦茶な論理で胸を張る天姫――石突きを立て堂々と槍を構える凛々しい姿に、しばし少年が見惚れる――ゆっくりと頷く。「……分かった。信じるよ、お姉さん」

「よいお返事ですわ」にっこり微笑む――決意のおもてで頭上を仰ぐ。「あなたは、ワタクシが必ずお助けしますの」

 両手で突撃槍ランスを構える――マスターサーバーが安全装置セーフティロックを解除。

 特定状況下のみ許可される特撃兵装ストライカーギアの使用が受理されたことを知らせるサインが、脳の視聴覚野に燈る。「こんな天井ごとき、ワタクシの槍でぶち抜いて差し上げますわっ!」

 勇猛かつ果敢な宣誓と共に、持てる力の全てを解放――背の羽が煌々たる輝きを放つ――抗磁圧サーキットで加速される攻性の力場が槍の穂先へ集束――と音を立て穂先が上下に展開=その内で生じる奔流――圧倒的なその力を構造データに基づく最適な一点へ狙い定め――一挙に解き放った。

 地を貫く輝ける燐光――〈金色の槍〉と化したエネルギーが、頭上にそびえる十三枚の分厚い構造体を次々と貫いてゆく。

 後先考えない全力の一撃――かつて存在した高ランクレベル3現在において、全特甲装備における最上位ランクに位置される準レベル3級レベル2Cの非常識な火力を、余すことなく注ぎ込む。

 まるで一本の巨大な光の柱が、地の底から天空へとそそり立つかのような光景――白金の光芒が通り過ぎた後には、天井に空いた大穴が、地上へと至る真っ直ぐな道筋を作り出していた。

 地を縦に貫くトンネルの下――天姫が、かくんっと片膝をつく。

 度重なる戦闘疲労・四肢への負担・失血による消耗――切り札の使用に伴う負荷で背の〈羽〉も機能停止――これ以上は気合いで誤魔化そうにも、飛翔どころか歩く力すら残されていない。

「お姉さん」少年が駆け寄る――安心させるようにその肩を抱く。「大丈夫ですわ……ワタクシたちは一人ではありません」二人で天を仰ぐ――そこへ舞い降りる翡翠+瑠璃の輝き――信じていた救援を見つめて、誇らしげに。「――仲間がおりますもの」

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