第ⅩⅠ篇「薄明の妖精」

     ⅩⅠ


 地下施設全体に津波のような轟音が轟く。

 爆破と火災で耐久力を失った柱・梁・スラブが連鎖的に崩壊。

 ブルクハルト率いる増援の機体を先頭に、救助されたA分隊・難民ら・拘束された犯罪者を乗せた後詰めの装甲車両が、全速力で地下を走行――まだ無事な通路から次々と地上へ飛び出す。

 嵐のような崩落の最中――モーセの導きのごとく開かれた地上へのトンネルを飛行する三つの輝き。「天姫、やっぱ重いし……」「お、重くなどありませんっ」「あーもー、早く逃げるっすよ」

 少年を抱えた比叡――飛べない天姫を引っ張って春奈が続く。

 数十メートルの縦穴を急上昇――一気に地上へ。

 穴から三つの輝きが飛び出す――同時に、火山の噴火みたいな火柱が地の底より吹き出した。

 吹き荒れる火砕流――飛んできた瓦礫の一つが、石斧のように春奈の腕を切り裂く――千切れ飛んだ左腕=その先に掴まる天姫ごと落下してゆく。「――天姫っ!?」「天姫センセーっ!?」

 比叡=すぐさま宙で反転――抱えていた少年を春奈に受け渡し、急降下――その横を、流星のごとく飛来した青い輝きが追い抜く。

 乙=迫撃砲のような急速下降――純粋な飛翔能力ならレベル2最速のトンボの羽で、暗い穴へと落ちてゆく白金の輝きへ迫る。

 もう未来ある者を――この少女を炎に奪われる訳にはいかない。

 だから――守るべき者を守るため、かつて仲間がそうしたように、。「手を伸ばせ――っ!」

 天姫が左手を伸ばす――だが飛び交う破片に左腕と右脚を持っていかれる――届かない――だが諦めない――右手に握る突撃槍を頭上へかざす。「お姉サマっ!」

 乙の即断=左の紫電刃スタンブレイドを振る――鞭のように伸びる蛇腹剣が槍に絡みつく/渾身の力で引っ張り上げる――槍からすっぽ抜けるように天高く放り出される少女の体を、今度こそ掴み止めた。

 すとん、とセンターフライのように乙の腕の中に納まる天姫=安心も束の間――されている事態に激しく狼狽――まだ〈羽〉が機能回復してないことを言い訳に、この夢の状況を甘んじて受け入れる=何かのアレなスイッチがオンに。「きっと来て下さると、天姫は信じておりましたっ」

「う、うむ……」乙=その熱い視線にやや面食らいつつ、自分よりも背が高い少女を抱えたまま、緩やかに飛翔――そんな二人の姿を、地平線から昇る朝日が照らす。「……薄明の時間デメルング・ツァイトだな」

 長かった狂宴の夜ヴァルプスギス・ナハトの終わりを告げる、希望の夜明け。

 天姫=夜明けの空/乙の横顔――両方に見惚れながら。「全てが輝いて……まるで魔法の国を見ているようですわね」

 うっとりと朝焼けの街を眺める――そのロマンチックな雰囲気をぶち壊す冷やかし。「けるっすね、お二人さん」「ウェヒヒ」

 ひらりと舞い寄る二つの輝き――比叡+春奈=ニヤニヤ/その手に抱えられた少年=不思議そうな顔で抱っこされる天姫を見る。

 天姫=恥ずかしさで顔を真っ赤に――誤魔化すように咳払い。

「お二人とも、今日はお疲れ様でしたわ。……ご褒美にさっそくクイズの答えをお教えしますわね♡」

「あー、すっかり忘れてたっす」「それどころじゃなかったし」

 がくっと肩を落とす――気を取り直し続ける。「正解はAですわ。英雄ヘラクレスは、愛する者を捜して船を降りたのです」

「使命か愛する者かの二択で、やはり後者を選んだ訳か……」

 考え深げに呟く乙――それに天姫が頷く。

「はい。最強の英雄ヘラクレスは、水の精に連れ去られた愛する従者ヒュラースを捜すため、冒険から脱落してしまうんですの」

 そこで一拍の間を置く――上品に微笑む。「――ですが、このお話には、実は

 比叡+春奈=きょとん。「もう一つっすか?」「なんだし?」

 一同を見渡し、天姫=得意げに。「こちらの説でのヘラクレスは、ヒュラースの捜索を仲間へ託して、再びアルゴー船の冒険を続けるんですの。仲間を信じることで、は使命も愛する者も、両方とも選び取ってしまったのですわ」

「……なんかっすね」「汚い、流石ヘラクレス

 呆れたような比叡+春奈――天姫がたしなめる。「真の英雄たるもの、時にはそのような剛胆さも必要ということですのっ!」

 騒ぎ始める少女たち――その姿と明け色に染まる街を見比べる。

 神話に幾つもの側面があるように――この街にも、そこに生きる人々にも、幾つもの側面があるのかもしれない。

 開けない夜がないように、こうして必ず日はまた昇る。

 黄昏と薄明のように――この都市の闇に魔物が棲んでいるなら、未来を担う次の世代もまたこの都市で育まれているのだ。

 自らの信念を貫く少女が、使命と守るべき命の両方を選び取ったように――、この都市が失った大切な希望を取り戻せるとしたら……それは、こうした無邪気な若者たちの明日を信じる力によって、もたらされるのではないだろうか?

 ――あるいはそれを信じることこそ、希望なのだろう。

 未来を信じて進み続ける者たちがいる限り、希望の火は決して絶えることはないのだと――。

「天姫、比叡、春奈。さあ、帰ろう……私たちの都市まちへ」

 四つの輝きが、夜明けの都市へと羽ばたいていった。


     ☆ ☆ ☆


 ミリオポリス第三十五区ジークムント――MSS本部八階=長官室。

《まさか本当に一晩でシンジケートを壊滅させてしまうとはね。君たちMSSこそ、この都市が手にした希望の光だよ》

 柔和な笑みを浮べるイグナツの立体映像――惜しみない賞賛に、厳然たる面持ちで応じるニナ。「このたび我々が壊滅させた勢力は氷山の一角に過ぎません。今後は欧州警察機構ユーロポールをはじめとした各国捜査機関とも協力し、密入国斡旋業者の撲滅に向け、さらなる捜査を続けることとなるでしょう」

 なお果敢さを失わぬニナ――モニター会議に並ぶ面々が感嘆の息をもらす――代表してイグナツが頷く。《君のその姿勢を我々も見習いたいものだ。今後とも君たちの活躍に期待しているよ》

 ひとまず落着した事件に、安心したように一同が通信アウト――最後にクルスト外務大臣がウィンクを残して会議を去る。

 ニナ=やっかいな円卓を終えたのも束の間――今度は地下四階の解析課を呼び出す。「私だ。ディーゼル課長へ繋いでくれ」

 オペレーターが回線を繋ぐ――すぐ通信モニターに筋骨隆々の大男が登場。《お呼びでしょうか、ニナ長官》

 アルフォンス・浄崇キヨタカ・ディーゼル情報解析課長――徹夜明けの疲労も感じさせぬ、全身これ筋肉といった逞しい容姿。

 ニナ=端的に。「今回、〈白金の火プラティーン〉が地下で交戦した敵性兵器について、そちらで何か判明した事実はあるか?」

《現状では確かなことは申せません。早急に現場から敵性機体の残骸を回収し、兵器開発局との合同調査を行う必要があります》

 きびきびとした答え――その相手の表情を窺いつつ、守秘回線に切り替える。「――正式な解析情報でなくとも構わない。課長の個人的な所見を聞かせてくれ」

 画面の中でマッスルボディが居住まいを正す。《この件には、間違いなく〈ラインの黄金〉による技術が関係しています。先月、特憲コブラの特捜部隊が遭遇した事件では、犠脳ユニットはついぞ。こちらも恐らく、同様の結果になるでしょう。また今回も敵大型兵器出現と共に、仮想現実空間を介して

「課長はこう考えているのか。敵はこちらとの戦闘を繰り返しながら、同時になんらかのデータ収集を行っていると?」

《その通りです、ニナ長官。何者かがを甦らせようとしているのです》

 ニナ=瞳に熾烈な火。「黄金の技術を手にした複数のグループが結託し、再び犠脳体兵器を造り出そうというのか……」

《あるいは、の入手が、真の目的である可能性もあります》屈強なおもてを引き締める。《長官は覚えておられますか? かつて国際的電子犯罪者が、自らの遠隔操作EI兵器を操った事件を。……または、とある過激派グループが憲兵隊に所属する接続官コーラス、擬似的な犠脳として大型兵器テロを行った事件を――》

「……いや、不可能だ。あれらの技術はかつての事件で失われた。現に〈第二のクーデター事件〉とも呼ばれた六年前の災厄以来、

 かぶりを振るニナ――そこにディーゼル課長が冷厳とも言える言葉を放つ。《三年前の〈ハーメルン事件〉をお忘れですか?》

 驚愕におののきながら、相手を見返す。「まさか……、いま起きている複数の事件に関係しているというのか?」

《……可能性はあります。確証を得るためにも、引き続き断片の解析と仮想現実空間の捜査に当たります。幸いにも、水無月くんが新システムを実用化してくれました。ニナ長官が呼び戻された雛くんを含め、解析課の総力を上げてこれらに挑みます》

 闘志を表わすようにボディビルのポーズサイドチェスト――ニナ=やや画面から後退しつつ、頷き返す。「うむ……期待しているぞ」

《お任せ下さい。ニナ長官のためにも、必ずやサイバーワールドに平和をもたらしてみせます》白い歯を見せ、通信アウト。

 ゆっくりと椅子に身を委ねる――執務机デスクの上に置かれた旧式の携帯電話を見る。かつては公私共に活用し、ある理由から捨てずに保管している代物――の番号が消されずに残されたもの。

 いつの日か、という妄想。

 未練――心のどこかであの方が実は生きているのではないかと執着している。有り得ないと知りながら、すがろうとしている。

 過去からの亡霊――封じたはずのものが、再び目の前に現れた。

 この都市でもごく限られた者のみが知る最重要機密。

 かつて都市に災厄をもたらした犠脳体兵器――あれは特甲児童たちとは昼と夜のように表裏一体の関係だった。なぜなら、。 

 都市の光と闇――過去から残された希望と災厄の種。それらが統合されてゆく想像に怖れを抱きながら、決然として顔を上げる。

 携帯電話の隣に置かれた、――そこに記された新たなメッセージを開く前に、以前の問いかけの答えについて考える。

 七つの封印、七つの角笛――その次に訪れるのは

 七位の天使が地にぶちまける、。  

 それを防ぐことが、先人から未来を託された自分の負った責務。

 先人たちが身を擲って葬った悪夢を、再び甦らせはしない。

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