第Ⅲ篇「アルベリヒ建設」
☆☆☆★★★★
都市再開発によって堤防沿いに区画整理された更地と工業地帯とが、毛編みのマフラーのごとく
数年前に都市を襲った大洪水の反省から〝河川周辺の環境破壊を促進しているのでは?〟と環境保護団体から非難を浴びるほど、過剰な造成工事を行っている堤防付近。
並ぶ看板――『これより市有地につき立入禁止』『市民の住みよい街作り。ウィーン開発事業団』『緑を守れ、再開発反対!』『美しき青きドナウを守る市民大会、ドナウ島にて近日開催』。
市の進める公共事業によって、民間工場や住宅地が次々と他へ移転していった跡の空白地帯――その中で一つだけ取り残されたように存在する巨大な資材工場。
敷地を囲う鋼板に文字=『アルベリヒ建設・第三資材工場』。
夕闇に染まる工場の敷地――その周囲に展開される封鎖線。
工場を取り囲む漆黒の軍用機体――MSS地上戦術班の擁する
夜の
やや離れた路上に巨大な軍用車――公安局の誇る電子戦車両〈アイギス〉=前線にいる部隊を指揮/電子的に支援。
「ふむ。英雄たちが苦難の旅路と知りながら航海に出た理由か」
《――ええ、答えはどれですかしら? ブレネンデリーベ副官》
〈アイギス〉車内――通信モニターを前に悠然と佇む男=MSS副官ホルスト・
壮年/短く刈った金髪/
「御影で構わないよ、
市の政策=文化委託――様々な理由により維持困難になった国の文化を国連の指導下でミリオポリスが保全――文化委託局よりランダムに決定されるファーストネームの漢字名は、二十五歳の準成人時にミドルネーム、三十五歳の成人時にセカンドネームに。
《心得ましたわ》通信モニター=くすくすと上品に微笑む天姫。《では、
「さて……冒険への船出とは、名だたる英雄たちにとって
《さあ、どうですかしら♡》楽しげに応じる天姫――続けて問いかけ。《
〈アイギス〉から数キロほど北――ドナウ運河を挟んだ対岸に広がる
路上にもう一台の電子戦車両〈トリアイナ〉の姿――その車内/通信用モニターを前に腕組みする青年=MSS解析課副課長、水無月・アドルフ・ルックナー。
くせっ毛の長髪/眼鏡の奥で光る
「なるほど。ABCと言えばアガサ・クリスティのミステリ小説を想起させるが、この命題にも大人の階段を昇る真実が隠されているとするならば、答えは一つ。空中機動型レベル2の特甲児童に求められる
《わあぁ――っ、わあぁ――っ!?》天姫の絶叫――轟くハウリングに耳を塞ぐ水無月/通信官。《ななな、何をおっしゃりますのっ!?》
「全く、冗談が通じないお嬢様だ」肩をすくめる水無月。「……それとも、正解を言ってしまってもよかったのか?」
《いくら先輩とはいえセクハラはダメ絶対……なんですって?》
水無月=ふふんっ、と得意げに。「解析課の力を甘く見ないで欲しいね。答える代わりにここは一つ、僕から皆へヒントを贈ろうじゃないか。冒険の始まりは、英雄イアソンが叔父王ペリアスとある取引きを行ったことで、それは東の国コルキスの――」
《もう! ヒントを出し過ぎですわ!》憤然とする天姫――気を取り直すように〝こほん〟と可愛らしく咳払い。《乙お姉サマはいかがですの?》
〈トリアイナ〉の周囲――ゴルフ場の駐車場。
駐機中の軍用機体×六台=戦術班B分隊。乙=その一台の屋根に登り、静かに夜空を見上げる。出撃前のクイズ――小隊内で代々受け継がれてきた伝統であり、妖精たちの
先代の小隊長から乙が教わった――そして、後輩へと教えた絆。
大人でもトラウマになるような過酷な戦場を飛びながら、必ず生きて還ってこれるように、願いを込めて。
「Bだな。きっと、苦難を乗り越えることに意味があったんだ」
地声を顎骨の無線機が電波に変換――全隊共有のオープン設定/MSSの仲間=そのつながりによって、乙の想いが届けられる。
《さあ、どうですかしら♡》
嬉しげな後輩のささやき――かつての自分とは違い、なんとも素直で可愛らしいものだった。そんな彼女らに、生き抜くすべを教えるために――乙は飛び続ける――今はまだ。
再び〈アイギス〉車内――都市全域の地図/部隊の現在位置/現場周辺の状況/隊員の配置完了を知らせるモニター群。
御影――リアルタイムに更新される情報を予断なく読み取る/片手に
《私だ。必要な書類は受理された。準備は整っているな?》
「こちらはいつでもOKさ、ニナ長官」鷹揚に。「すでに各員を配置済みだ。あとは我らが白き女王陛下のご命令さえあれば、いつでも突入可能だとも」
《うむ》ニナ=満足げ――そして俄かに放たれる鮮烈なる号令/凛然とした口調。《これより作戦を第二段階へ移行! 待機中の全
烈火のごとき指令――御影=復唱するように声を張り上げる。猛々しいゴーサイン。「待機中の全隊員へ。たった今、長官より突入許可が下りたぞ。これより
通信。《
通信。《こちらB分隊、伏兵に備え臨戦態勢に移行する》
通信。《こちら要撃小隊。いつでも出撃可能ですわ》
通信官の報告。「全機、作戦開始しました」「敵性施設に変化はみられず」「回線クリア。映像出ます」
大モニターに映し出される画像――解析官の遠隔操作する羽のついた小型円盤=
戦術班A分隊のケーフェルが行動開始――十台のうち、二台が資材工場の門を突破=前方警戒の
「こうして偵察機一つ飛ばすだけでも、市の許可が必要とはな。面倒な世の中になったものだ」御影=作戦の状況を見守りながら軽口――そのぼやきに応じる通信=〈トリアイナ〉の水無月。
《近年のドローン規制による影響だな》通信モニターの中継映像=人を食ったような笑み。《技術の進歩が、必ずしも社会に利益をもたらすとは限らないという証明だね》
「オマケに市の条例による企業保護とやらのせいで、民間施設の偵察もままならんとはな」
《政治をやる連中には、テロや凶悪犯罪で犠牲になる治安要員の死傷率よりも、各政党の支持率の方が重要なんだろうさ。
「彼女らの能力は信頼しているとも。無論、歴戦のサイバー戦士でもある君のこともね、水無月くん」
御影のウィンク――モニター内で嫌がるように顔を背ける水無月/くいっと眼鏡を調整。《……全く。そちらはあのじゃじゃ馬
顔を引き締める御影。「彼女は逸材だよ。
《やれやれ。僕たち特甲児童第一世代の貴重な
「そのために、我々がいるのさ。彼女たちを失うような悲劇を、二度と繰り返さないためにもね」
《
工場内に侵入する二台の軍用機体――先頭の一台が建屋正面の搬入口に近づく。アームに装備された超震動雷撃器でシャッターを破砕しようと、鉄腕を振り被る――その瞬間。
激しい閃光と共に、シャッターが内側から弾け飛ぶ。
ふいを突かれたたらを踏む軍用機体――その隙に引き裂かれた搬入口を強引に突き破り、大型輸送トレーラーが外へと飛び出す。続けて別の扉から次々と発進する車両の群れ。
「敵性車両の逃走を許すな、周り込め!」御影の怒号――A分隊の即応=すぐさま後衛の一台が敵を追いかける――さらに敷地を包囲していた機体が正面に/敵の進路を塞ぎにかかる。
ゴールを守るアメフト選手のように、連携してスクラムを組むケーフェルたち――その脚元で俄かに爆発。軍用機体の作り出す
各機体の脚元――アスファルトにぽっかりと開口=落とし穴。
水無月=細説。《爆薬で路盤を吹っ飛ばしたんだ。この都市の地下は電気・ガス・水道の他、あらゆる配管がモグラの穴みたいに通っている。連中は、そこをピンポイントに爆破したらしい。流石は市内随一の建設企業……といったところだね》
《どこをどう攻撃すればこの都市を効率良く破壊できるか、熟知しているという訳だな》御影――冷静さを保ちつつも、歯噛み。《こちらの包囲を予測した上で、的確なトラップを用意するとは……やってくれる》敵に裏をかかれたことに憤る。
陥没した地面に脚を取られ動きを封じられる機体=包囲網に穴。
その隙を突破する車両――罠を逃れた残りの機体が追跡。
出し抜けに敵車両の後部窓が開閉/何かを投擲――アスファルトを転がってくる筒状の物体=発煙筒――勢いよく煙を噴出。
カラフルな煙幕――もうもうと立ち込める五色のカーテンが、敵性の車両群・戦術班の機体・周辺の道路一帯を覆い隠す。
煙幕の尾を引いて輸送トレーラーが猛進――幹線道路を南下、
《トラップで包囲網を突破しつつ、こちらの戦力を分断するつもりか。地味だが効果的な撹乱を使ってくる敵だ。A分隊の動ける機体は引き続きトレーラーを追え。残りの車両はB分隊に任せる。……聞こえるか、
《――君たち三人は、A分隊の掩護に回ってくれ》
〈アイギス〉から数百メートルほど離れた雑居ビル。
屋上に立つ三人の少女たち――夜の街路を逃走する敵性車両を認めつつ、天姫=声高らかに。「
《よし。〈
ビシッ! と
「やっとアタシらの出番っすね♪」比叡=ウキウキ身を乗り出す。
「
「転送を開封」少女たちの呟きが、都市の宵闇に木霊する。
遠吠えのような音を発して、三人の四肢がエメラルドの幾何学的な輝きに包まれる――指先から粒子状に分解・置換・瞬く間に機甲化=一秒余。
光沢を放つ機械化義肢/体の急所を覆う機甲/頭部に触覚のような機器=《
そして、その背に――ひと際きらめく輝き。大きな、大きな――羽。
輝く星々のごとく光を放つ〈
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