第Ⅳ篇「妖精たち」

     ☆☆☆☆★★★


 第十一区ジンメリング――中央墓地の東を走る幹線道路。

 路上で繰り広げられる追走劇カーチェイス――戦術班A分隊=半数が脱落/撹乱を潜り抜けた軍用機体×五台が、トレーラーを追跡中。

《発砲を許可するっ、脚を狙え!》御影の指示――すぐに戦術班が後輪めがけ機銃を掃射ダダダ!――八輪ある後部タイヤの半数が破裂。

 パン・パン・パン・パン――パンク音と共に車体がスリップ。

 トレーラースィング現象――V字に折れ曲がった車両がガードレールをぶち破る。そのまま第三十五区ジークムントとの境界付近――墓地に隣接するオーストリア国鉄OBBの車両検収基地へ突入。

 制御を失ったトレーラーが、敷地内の線路を乗り越える→整備中の国鉄車両に突っ込む→激突=燃料に引火。

 先頭の牽引車トラクターが爆発・炎上――炎によって辺り一面が夕焼けのように赤々と照らし出される。追いついたA分隊の軍用機体が、火に包まれる車両を取り囲む。

 燃える炎――俄かにその奥でトレーラーの荷台が音を立て展開――隔壁を殻のように破り、姿を現す鋼鉄のシルエット。

 まるでトレーラーから孵った奇怪な化け物――球形状の装甲がガチガチと展開/その円周をグルグル周回する単眼モノアイ式探査装置/装甲の下から伸びる四つの鋼鉄の脚部が、ギチギチと不気味な音を発して蠢く――さながら機械で出来た青銅巨人の生首。

遠隔操作EI兵器だとっ⁉》御影=忸怩じくじたる呻き。《すでに組立てを終えていたとは……早急に無力化しろっ! そいつを市街地へ近づけさせるなっ!》

 A分隊の軍用機体×五が敵に狙いを定める=レーザー照準――四方からの十字砲火態勢。唐突に敵機体の上部がスライド=装甲が展開――球形の頂点で生ずる輝き――広がる二枚の〈羽〉。

 まるで種子の萌芽――芽生えたばかりの双葉のように、左右へと展開される二枚の羽が、ヘリの回転翼ローターのごとく猛然と回転開始。

 浮上――A分隊の機銃掃射に見舞われるトレーラーだけを跡に残して、空へと飛び立つ敵性機体――翼の生えた生首の巣立ち。

 驚愕する御影=呆然。《と、飛んだだと……?》

 水無月。《空中機動型EI兵器〈タロース〉だ。対空装備が追加された改良型で、機体上部のローター式〈フェデール〉によって飛行する、空飛ぶ戦車だな。ただちに各機を散開させろ。最新の電子・光学照準装置によって、止まったところを狙い撃ちにされるぞ》

 慌てて逃げ惑う地上の軍用機体に向け、〈タロース〉が頭上から機銃を掃射ダダダ!――さらに装甲の一部がパカッと展開=内蔵されたロケット弾×二十が一斉に点火――燃えさかる炎の矢が蛇のごとき軌道を描いて、戦術班A分隊に襲いかかる。

 夜を切り裂く悪意の業火――それが突如、次々と爆発。

 宙に生まれる火球・爆炎・黒煙――それらを貫き星空を駆ける、三つの輝き――白金・翡翠・瑠璃。「真打ち登場ですのっ!!」

 天姫――身の丈ほどもある巨大な槍を携え、堂々たる気勢。

「比叡さん、春奈さん! 敵を要撃地点までエスコートして差し上げなさいっ!」

 中世の女騎士のように大仰な仕草で、槍を振り下ろす――その姿を捉えた〈タロース〉が反撃開始=再び火を噴くロケット弾――十条の火矢が少女+地上の軍用機体に向け飛来。

「おっと、そうはさせないっすよ~♪」

 宙を走る翡翠の輝き――比叡=瞬発力と直線加速力に優れたバッタグラスホッパーの羽――鋭角的な深緑の特甲/鋭く尖った逆間接の脚部=太腿に内蔵された抗磁圧式噴流推進器ジェットスラスターが作動/爆発な加速――緑の残光を残し、瞬く間にロケット弾を追い抜く。

 空中で縦旋回機動インメルマンターン――眼下の炎の矢を見下ろし、腕を突き出す。

 両腕がくるりと展開=肘間接の先に装備された回転機関砲ガトリングガン×二が前方に展開――強烈な一斉掃射。

二門の回転砲身ガトリングが生み出す鉄飛礫の局所的集中豪雨ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!――全てのロケット弾を残さず迎撃=夜空を煌々と照らす火球の花火大会。

「さっすが比叡選手! 敵のシュートを全て掃討オールクリア! まさに掃討手スイーパーの本領発揮だぁ!」

 自分の戦果を自分で解説=セルフ実況/まるでスポーツ番組のアナウンサー気取り。

〈タロース〉の探査装置がカシャカシャと目まぐるしく動く――攻撃の障害となる少女を優先排除目標プライオリティ・ターゲットと断定――回転する羽を唸らせ、全機銃を翡翠の少女へと向ける。

 猛烈な砲火――比叡=先程の自己に劣らぬ敵の掃射をかわす・かわす・かわす――照準すら許さぬ、急加速・急制動・急旋回。バッタのごとく空を縦横無尽に飛び回り、敵を翻弄。

 意思なき兵器が、怒りに我を忘れたかのように執拗に追随――宙で繰り広げられる、少女VS青銅生首の追いかけっこ。

 おもむろに比叡が下方宙返りスイッチバック――その脚部で唸るジェット――相手のふいを突いて、その巨体と鋭角的X字交差クロスコンタクト

「でた――っ! 必殺の……比叡ちゃんシュゥゥゥ――ット!!」

 ! すれ違い様に、少女の痛烈なキックが炸裂。

 ジェットで倍加された機械仕掛けの脚力による蹴り技が、徹甲弾よろしく敵の装甲を痛打――丸い甲殻が変形=歪む/凹む――片側のロケット弾ポットが使用不能に――特大のサッカーボールと化して宙を蹴り飛ばされる。

「比叡選手ナイスパース♪ ……そっち行ったっすよ、春奈っち」


 吹っ飛ばされる〈タロース〉――市街地からドナウ運河方面へ。

 敵が態勢を立て直す――ぼんっ! その装甲上で、俄かに爆発。

 再びの衝撃にまたも翻弄される敵機――ぐらぐら揺れる機体/回転を上げる羽で姿勢制御=自らを攻撃する相手を探査・索敵。

 全天を精査する単眼――その周囲の宵闇=何もないはずの空間が続けて爆発――ぼんっ!「キシシ……。ウチのからは逃げられないし……」

〈タロース〉の頭上で虚空が陽炎のように揺らめく――スゥ~ッと幽霊じみた陰湿な気配を漂わせ、機甲を纏った少女が出現。

「ウェヒヒ……。超難易度ベリーハードな弾幕ゲーの世界にご招待だしっ」

 春奈――その背でゆらり、ゆらりと揺れる輝き=対光学・透過防壁による隠蔽擬態カモフラージュ機能を発揮するコノハチョウデットリーフバタフライの羽。お化けのポーズでだらりと突き出される両手=半透明の被膜に包まれた機甲の袖部でポッドが展開――小型の羽を装備した浮遊機雷が、続々と吐き出される。「いない、いない、ばいならだしぃ……」

 残響を残して、少女の姿が機雷群と共に幻のように掻き消える。

 ぼんっ! EI兵器のすぐ側で三度目の爆発――透過被膜を付与された見えない浮遊機雷インビジブル・フローティング・マインが、密かに敵を包囲完了。

 亡霊じみた機雷手マインレイヤー――その姿を求め、〈タロース〉の探査装置が忙しなく動く――それをあざ笑うかのように、立て続けに周囲の空間が爆発ぼんっ爆発ぼんっ爆発ぼんっ。《鬼さんこちら、手のなる方へ~》

 幽鬼のように闇夜を漂う姿なき少女――音響探査でその羽音を捉え、敵が回転羽を唸らせて後を追う――その頭上で爆発ぼんっ/左右で爆発ぼぼんっ/前後で爆発ぼぼんっ。まるで空の一角が透明なカクテル・シェイカーと化したかのように、見えない機雷の巻き起こす爆風が敵を激しく揺さぶるシェイク――多種多様に振る舞われる機雷の多重投下カクテル

 機雷から散布される電波撹乱物質によって、探査装置を阻害=EI兵器の索敵力が低下した!

 機雷から散布される液状金属片によって、機銃の動作を阻害=EI兵器の攻撃力が低下した!

 機雷から散布される腐食性ガスによって、装甲を腐敗・浸食=EI兵器の防御力が低下した!

 機雷から撒き散らされるベアリング弾によって羽が削られる=EI兵器の飛行力が低下した! なんとか反撃を試みる敵の至近でさらなる爆発――残っていた全てのロケット弾に引火・誘爆=EI兵器の発射ポットが使用不能!

 繰り返される弱体化デバフの波状攻撃――幽霊少女の執拗な弾幕ゲー。

 機雷のコンボに翻弄される敵――散々にいたぶられ、いつしか市街地から完全に引き離されて、広く空けた空間――第十一区ジンメリング第二区レオポルトシュタットの境界線に流れるドナウ運河上空へと誘い出される。

《フヒヒ……。天姫センセー、遅れてサーセン》


「――よくってよ。お二人とも、ここまでの誘導エスコートご苦労様ベリーレン・ダンケですわ」運河上空に悠然と佇む天姫――槍を高々と掲げて宣誓。「我が誇りある〝高貴なる一族エーデル家〟の名にかけて、このワタクシがお相手して差し上げますわよっ!」

 天姫――その背に煌く甲殻の鞘羽さやばね+白く透き通った液晶構造の後羽=昆虫界最強の膂力りょりょくを秘めるカブトムシライノサラス・ビートルの羽が輝きを放つ。

手にした特大の超電磁突撃槍ルガーランスエルキュールヘラクレス〉を握り締め、敵へと一直線に――吶喊とっかん

 真っ正面から・真っ正直に・真っ向勝負を挑む少女=まるで決闘に挑む中世の誇り高き女騎士――〈タロース〉が残った機銃で迎え撃つ――縦に降り注ぐ弾丸の嵐ダダダダダダダダダダダダダダダダッ。「その程度の、攻撃でっ! ワタクシの槍は……止まりませんの――――っ!!」

 背に広がる白金の羽が輝きを帯びる――甲殻の鞘羽=羽を構成する成分エレメントが多重積層されたプロテクション・フェデール。 

 羽の抗磁圧サーキットが発動――内部で循環・加速された防性の抗磁圧が不可視の鎧となって、襲い来る弾丸を全て蹴散らす。

 天姫=回避機動すら取らず――おのれをただ敵を貫く一振りの槍と化しめる、小隊の特撃手ストライカー

 重攻かつ華麗・勇猛・果敢――止める者とてない強烈な一撃が、敵の装甲を貫く!

 槍の灼断機能ヒートチャージを存分に発揮――敵の装甲を穿孔/クレーターのような大穴=まるで戦車砲の直撃――さらに内部機構をざっくりと抉られ、飛ぶために必要な重量バランスを失い、姿勢制御すらままならぬ有様で、空飛ぶ生首が急速に失速降下ストール・ダウン

 それを逃さない白金の輝き――鳴動する四つ羽が高周波の音色を奏でる――ジェリコの角笛ラッパのごとき大音響が星空に鳴り渡る。

 唸りをあげる突撃槍ランスの煌き――穂先がピタリと敵を狙い定める/衝角がスライド=現れる砲口――内部の超伝導レール機構が作動――! 槍の先から発射される特大の杭が敵の巨体を穿つ!「ひとつアンッ!」穿つ!「ふたつドゥッ!」穿つ!「みっつトロワッ!」

 天から降り注ぐ杭に打ち付けられて、磔にされる〈タロース〉――さながら宙に縫いとめられた昆虫標本。

「これで終幕フィナールですわぁぁぁ――――っ!!」

 長槍を構え直す天姫――止めの吶喊/一条の炎となり敵を貫く。

 激烈なる長槍の突撃――敵の単眼を突き破る/内部を破砕穿孔。

 槍全体が上下に展開――背の羽=抗磁圧サーキット内で再び加速される攻性の抗磁圧――共鳴する穂先に集束――圧倒的な破壊の奔流が、金色の槍となって天を貫いた。

 夜空を切り裂く燐光――その光に串刺しにされ、天高く打ち出された敵機体が内部から崩壊=爆発四散――爆ぜる火花/千切れ飛ぶ羽/砕ける装甲/融解する各パーツが弾け飛ぶ/煙巻く爆炎。

 内部から弾け飛ぶ敵――特大の打ち上げ花火ように、火を撒く炎のオブジェとなって、壱百万都市ミリオポリスの夜景に大輪の花を添えた。

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