スプライトシュピーゲルif-Argonautes record-

神城蒼馬

序 章「燚の妖精-Argonautes record-」

第Ⅰ篇「壱百万都市」

 クイズですの♡ クイズですの♡

 ギリシャ神話の五十人の英雄たちを乗せたアルゴー船。

 彼らの旅路にはあらゆる困難が待ち受けていましたが、

 では、彼らが航海に旅立ったのはなぜですかしら?


 A◇王様の命令に背くことができなかったから。

 B◇苦難を乗り越えることに意味があったから。

 C◇力を誇示するまたとない機会であったから。

  

     ☆★★★★★★


「さ――あ、正解はどれですかしら? お二人とも、よくお考えになって下さいまし♡」朗らかな少女Aの呼びかけ。

 ミリオポリス第三十五区ジークムント――都市最南端の地区。

 ウィーン・シュベハト国際空港を擁する都市の玄関口であり、再開発による未来的建造物×旧時代の街並みが混在する地域。

 その勝利ジーク平和ムントを称える呼び名を象徴するかのように、地区中央に鎮座するモダンな地上八階建てのビルディング――〈ミリオポリス公安高機動隊MSS〉本部ビル。

 三階――職員用共同食堂/新たに併設されたカフェテラス。

 特等席たる窓際の一角を占有し、午後のお茶会カフェブレイクを楽しむ三人の少女たち。

 聞いてないその一。「そこだ、いけっ! ……んっも~、なんでそこでゴール前シュート外すんすかね~?」

 少女B=比叡ヒエイ・エヴェリン・ヘンシェル。

 黒に緑の編み目模様グリーンメッシュを入れた髪/イタズラな翡翠の眼ジェイド/着崩した制服/萌葱もえぎ色のスカート/長い脚を惜しみなく広げ、椅子の上に胡座あぐら=携帯端末でサッカー国内リーグブンデスリーガの試合中継を観戦中――まるで自由気ままな野良猫の風情。

 聞いてないその二。「フヒヒ……ウチの装備は最強だしっ。今こそ重課金の力を思い知れ……っ!」

 少女C=春奈ハルナ・リリィ・ロースマン。

 フードに隠れた藍いおかっぱブルーボブ/前髪の合間から覗く瑠璃色の目ラピスブルー+目元にクマ/青藤色のスカート/制服の上から無造作に羽織ったダボダボのパーカーで細身を包み、ちょこんと体育座りハグ・ワンズ・ニーズ/病的な仕草で端末を操作=オンライン・ゲームをポチ・ポチ――まるきりヒキコモリな幽霊の風情。

「お・ふ・た・り・と・も」少女A――静かにカップをテーブルへ/その手の中に、いつの間にか魔法のように乗馬鞭ステッキが出現。

 ビシッ=小気味良い風斬り音。「ワタクシのお話を聞いていますの?」

 ビシッ=教鞭のように二人を突き指す。

「もちろんっす、小隊長!」「きっ、聞いてたしっ……」

 比叡+春奈――すぐさま直立敬礼。「Aっすよね? ホロなんとかさん」「正解はCですね分かります……答えは木馬だし」

「それは前回のトロイア戦争ですわ! 今お話しているのはアルゴー船の英雄たちアルゴノーティスの物語でしてよっ!」

 ワナワナと震え出す少女A=天姫アマギ・ヨハンナ・エーデル。

 豊かな白金の髪プラチナブロンド×縦ロール/自信に満ちた菫色の瞳バイオレット/気品漂う制服姿/豊麗な胸元+コルセット/白磁色のフリル付スカート/たおやかな手足を包むレースの長手袋+タイツ――さながら高級感溢れるアンティークドールの風情。

「お二人とも……さては、またワタクシのクイズを聞いてませんでしたのねっ!?」

 怒り心頭=天姫さん噴火五秒前――比叡+春奈=〝へいへい、君たち。実はこれから街が滅ぶんだぜ?〟と、たったいま神から宣告されたポンペイ住人もかくやといった様子で、顔が真っ青に。

《天姫が本気マジで怒ったら殺されるっす!》《フヒヒ。さようなら、ウチの短い人生……》

 地声から顎骨がくこつに移植された無線機による無線通信ウィスパーに――恐怖に惑乱する二人のささやきウィスパー――そこに救いの声。「なんだお前たち。こんなところにいたのか?」

「お姉サマ♡」いち早く天姫が声の主を振り返る――噴火寸前の火山が、一瞬で笑顔に変貌――手品師もかくやといった手際でステッキを机の下に。ツンと澄ましたお嬢様ポーズ。

「その呼び方は止めろと言ってるだろう。私は、もうお前たちの小隊長じゃないんだぞ?」少女たちの前で肩をすくめる女性――MSS地上戦術班副長、ツバメ・アリステル・シュナイダー。

 うら若き乙女――首の後ろで括った長い髪/右目に眼帯+左の鮮烈な蒼い眼スカイブルー/戦術班の制服/刃物のように鋭い立ち姿。

 そして腰に帯びた、今やTNT火薬よりも密輸困難といわれる日本刀カタナ――まさに凛々しき女版ラストサムライの風情。

《ナイスタイミングっす♪》《本日のMVP決定だしっ》思わぬ救世主メシアの到来――目を輝かせる比叡+春奈。

 すでに先程までの怒りなど、どこかへ吹き飛んでいる天姫――カルデラに咲き誇る花のような笑み。熱のこもった視線。

「あら、そんなこと問題ではありませんの。ワタクシはつねに、乙お姉サマを敬愛オマージュしておりますもの♡」

 乙=相手の熱い眼差しに、思わずたじろぐ。「そ、そうか?」

「はい♡ それより、ちょうど珍しいカフェを淹れたところでしたの。お姉サマもいかが?」

「ふむ……確かにいい香りがするな」差し出されたカップとソーサを受け取る――白磁の器に注がれた黒色の液体が、湯気と共になんとも麗しい芳香を発散――つっ、と形の良い唇をつける。

「はうっ」その所作をキラキラした瞳で見守る天姫――カップを咥えるその甘い唇に、しばし見蕩れる=陶然。

 ジィ~ッと、その様子を眺める比叡+春奈の視線に気づく――誤魔化すようにたずねる。「ど、どうですかしら?」

「ん……美味うまいじゃないか。豆には詳しくないが、甘みの中に、何か独特の風味があるような気がするな」

 微笑む天姫――自分が褒められたように嬉しげ。「このカペ・アラミドの良さがお分かりになるなんて流石です、お姉サマ!」

 乙=首を傾げる。「……カペ? どこの豆だ。南米産ズューダメリカニッシュか、それとも東南アジア産ズュードアージアニッシュか?」

 比叡=ニヤニヤ。「猫さんカッツェニッシュの豆っすよ~?」

 春奈=ボソリ。「フヒヒ……山猫ヴィルトカッツェうんち産カカニッシュだし」

「なな、なんだって――――っ!?」乙=予想外の単語に思わず飲みかけのコーヒーを噴出しそうになる。

 天姫が慌てて制服のポケットから取り出したレースのハンカチを差し出す――笑う仲間をひと睨みで黙らせ、フォロー。

アラミドコーヒーカペ・アラミドはフィリピンに住まう野生のジャコウネコアラミドの腸内で発酵された豆を使用した、幻のカフェです。猫の消化酵素の働きが、独特の甘みと風味を与えるのですわ」

 神妙に黒い液体を見つめる。「幻ということは高価たかいのか?」

「ええ。確か……その一杯でくらいですかしら」

 すまし顔で答える天姫――乙=またも仰天。

「一杯で六十ユーロだとっ!? そんなもの一体どこから――」

「皆さんのために、ワタクシの実家から取り寄せましたの♡」

〝何かおかしなことありますか?〟というような平然とした態度――それを見て、乙は眩暈がするかのように目頭を押さえる。

 天姫――乙の後を継ぎ四代目要撃小隊長に就任した才女であり、かの〝ダイヤモンドの一族〟シュタイン家の傍系筋に当たる名門、エーデル家の一人娘――つまり、本物の

〝カフェ発祥の地であるこのウィーンにおいて、日光の当たらぬ場所で飲むカフェなど、カフェではない〟――という、一見筋が通っているようで主張により、本部ビル内に窓際のカフェテラスなどという、本来の職務とは全く関係ない設備を作らせてしまった張本人。

 通称〝じゃじゃ馬お嬢様マドモワゼル〟=あらためてその破天荒ぶりを実感――なんとか威厳を持ち直しつつ、時計を確認。「すまないが、そろそろお茶会はお開きだ。もうすぐ作戦会議ブリーフィングが始まるぞ」

「まあ……それでは例の作戦を今夜?」

 頷く乙――比叡+春奈=ブーイング。「ええっ!? だって先輩、まだこの試合前半戦の途中なんすよ?」「レイドすっぽかすとか……今回のイベント終了のお知らせだし」

「お二人とも少しは真面目になりなさい!」目を尖らせる天姫。

 それを制して、乙が三人へ向き直る。「そうカッカするな天姫。比叡、試合中継は解析課に頼んで録画してもらえ。春奈、一緒にレベリングを付き合ってやるから、次の機会に頑張ればいい」

「マジで? ならオッケーっす♪」「ウェヒヒ……約束だし!」

 現金に喜ぶ比叡+春奈――天姫=呆れるようにため息。「……こんな調子で大丈夫なんですの?」

 物憂げな顔で、優雅にカップに口をつける天姫。

 無邪気な顔で、豪快にカップを傾けて笑う比叡。

 朴とつな顔で、鬱々とカップの中身を飲む春奈。

 可愛らしい三人の後輩たち――その姿をどこか懐かしむように見つめながら、乙は眩しげに目を細めた。

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