第6話続、おっさん竜を駆る
「ひょわっ!? な、なになに!? 今度は何がっ!?」
「お、久しぶりだな」
「おっさん!?」
陸竜の上には先刻乗り損ねたセーラが、何とかしがみついていた。
「ローラだっけ」
「セーラよ! ローラはもう一人の方!」
「あぁ、お馬鹿っぽい方な」
「おいこらー!」
反論を聞き流しながら、ドルトは竜を見た。
赤く腫れた右腕、セーラのずれた鎧装備。
事の次第を察したドルトはため息を吐く。
「お前な……だから言っただろうが。こいつはケガしてるから乗るなって」
「だ、だって」
「大方俺の言った事を気にもせず、普通に乗ろうとして鎧でもぶつけたんだろう。で、暴走したと」
「う……」
大方どころかピタリと正確に当てられ、セーラは言葉を失った。
現状を見ただけでそこまでわかってしまうとは……恐るべき観察眼。
ミレーナ様があそこまで執着するのも無理はないと、セーラはそう思った。
「乗るならせめて、竜の身体に触れずにとかな。少しは工夫しろってんだ」
「竜の身体に触れずになんて、そんなこと出来るわけないじゃない!」
「そうか?」
ドルトは手にした鍬をくるんと回す。
先刻、ドルトは突進してくる竜の首に鍬の刃の部分を引っ掛け、勢いを利用して飛び乗ったのだ。
当然、自分と竜、お互いの身体に触れずに、である。
暴れているとはいえ、竜はそれに気づくそぶりすらなかった。
それほど静かで、鮮やかな騎乗。
熟練の竜乗りでも、あそこまでは出来まい。
そんな芸当を目の前でやって見せられては、セーラもこれ以上何も言えなかった。
「まぁ、起きたことは仕方ない。止めるからしっかり掴まってろ」
「ええぇ……」
年頃のセーラとしてはおっさんの腰になど捕まりたくはなかったが、この状況でそんなわがままを言ってれば確実に死ぬ。
若い身空で死ぬことを思えば何の事はない。そうだ。命には代えられないのだ。
自分にそう言い聞かせ、セーラは嫌々ドルトの腰にそろそろと抱きつこうとして――――
「グルルルルルルルルォォォォォォォ!!」
「ひえっ!」
――――思いきり抱きついた。
竜の暴走は相変わらず止まらない。
咆哮を上げながら駆け回るのみだ。
むしろその速度は、ドルトが乗る前より上がっていた。
「ち、ちょっと! 何でスピードが上がってるのよ!? 止めようとしてるんじゃないの!?」
「少しは暴れさせた方が早く落ち着きやすくなるからな。あえてやりたいようにさせている」
「そうは言っても……きゃうっ!?」
「舌を噛むから静かにしてろ」
そのまま、ドルトは陸竜を思うまま走らせる。
尤も、それはセーラ視点での話。
手綱を握ったドルトはストレスを与えぬよう、かつ出来るだけ街に被害を出さぬよう、致命的な箇所では回避行動をさせていた。
見事な操縦で、いつの間にか陸竜は街の外へと移動していた。
「ウルルルル……」
「よーしどうどう、そろそろ落ち着いてきたか?」
陸竜のうなり声は微かに変わり、勢いも少し弱まっていた。
とはいえそれはドルト視点での話。
セーラ視点では依然、殆ど変わらない程度の変化である。
彼女からしてみれば、ドルトは何を言ってるのだとしか思えなかった。
だがドルトは、機は熟せりとばかりに道具袋に手を突っ込む。
ガサゴソと中を弄り、取り出したのは竜の実である。
それを食べさせて止めるつもりなのだろう。――――先刻、同じことをやろうとして失敗したセーラは思わず口走る。
「ばっかアンタ、暴走状態の竜にそんなもの食べさせたら――――」
ひょいぱく、と陸竜はあっさりと竜の実を口にした。
あんぐりと口を開けるセーラ。陸竜は次第に足を緩め、そのまま停止した。
「な、なんで……?」
「その口ぶりだと暴走してすぐに焦って食べさせようとしたんだろう? お前だって怒り狂ってる時に大好物を口に突っ込まれても、ふざけんなって吐き出すだろ? 腕が折れてたって確かに走れるだろうが、走りたくないだろ? 竜だって同じだ。人間も竜も、大して変わらない」
「……!」
セーラは身につまされる思いだった。
ドルトの言う通り、セーラは竜のことなど全く考えていなかった。
便利な乗り物、その程度の認識。
ましてや人間と同じに考えるなんて、言われるまで思いもしなかった。
その心構え。そして一瞬の判断力、冷静な思考力、洞察眼……
(これがミレーナ様の欲した竜師……!)
セーラは思わず息を飲む。
確かにこの男、ただのおっさんではないと。
「そら、早く降りて来いよ」
いつの間にか降りていたドルトから手を差し伸べられる。
今度はセーラは、ドルトの手を素直に握った。
「あ……うん……」
「ほいよ」
そのまま抱き寄せられるように、竜から降りる。
今度は鎧が竜に触れることはなかった。
セーラはドルトの顔を見上げ、礼を言おう! と思った。
「あ、あ……」
「あ?」
何度も口ごもりながら、セーラはようやく言葉を発した。
「ありがと、おっさん!」
「おっさん……ね」
城の竜騎士だったら早く止めろと喚いた挙句、止めたら止めたで遅いとぶん殴ってくるような始末。
それに比べれば礼を言うだけマシかと思うことにして、ドルトは苦笑を浮かべるのだった。
「ぎゃあうー!」
陸竜がべろんとドルトの顔を舐めた。
親愛の証……ではあるが、べとべとにされドルトはおかえしとばかりに陸竜の喉元を撫でまわす。
「やりやがったなこのやろー!」
「ぎゃうー!」
ドルトに撫でまくられ、竜撫で声で鳴く陸竜の表情は、乗り手であるセーラでも見た事がないほどに蕩けていた。
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