第10話王女様、連れ去られる
「到着です」
ミレーナに続き、ドルトは飛竜から降りる。
飛竜はミレーナに引かれ、屋上の隅にある小屋へと入っていく。
小屋の中には数匹の飛竜がいた。
「なるほど、城の屋上を飛竜の小屋にしているんですな」
「えぇ、以前その方がいいとおっしゃっておられたでしょう?」
「む……確かに私は常日頃からそう思っていましたが……ミレーナ王女に言った事がありましたっけ?」
「直接は聞いておりません。しかしドルト殿の話は遠くアルトレオまで鳴り響いておりますので、私でも知っていただけの事ですわ」
うふふ、と上品に笑うミレーナ。
記憶を掘り起こせば確かに昔、竜騎士団長に飛竜を高台へ住まわせてくれと団長に言った記憶がある。
団長は聞き入れ進言したらしいが、国王が拒否をしたらしい。
その辺の経路から知られたのだろうと納得した。
実際には偶然城下で飲んでいたドルトが愚痴っているところを、偶然居合わせたミレーナの部下が聞いたのだ。あくまでも偶然である。それはもう間違いなく。
「それよりミレーナ王女、一応竜師として招かれた以上、働かぬわけにもいきません。とりあえず竜舎へと紹介して頂けますか?」
「そうですね。ではこちらへ」
ミレーナの案内で城を降りていく。
ドルトが以前に訪れた時と変わらず、城内は砦の如く無骨な作りであった。
「相変わらず見事な城です」
「いえそんな。ガルンモッサの城と比べると、あまりに華やかさに欠けますわ」
「そんなことはありませんよ。まるで岩竜の鱗のようなゴツゴツしつつも癖になる手触り。丈夫そうで私は好きです」
「気に入ってくださり、とても嬉しく思います……ここですわ」
ドルトの連れて来られたのは城の一階、大きく開けた庭である。
訓練所も兼ねているのだろう。
すぐ奥に見える竜舎に、ミレーナは入っていく。
「ケイト、ケイトー!」
ミレーナの声に返事はなし。
全くもうあの子ったら、と呟いてミレーナは奥へ進んでいく。
そして、竜舎の中にある掘っ建て小屋の扉を開けた。
「ケイト!」
木造りの小屋の中、ミレーナはベッドの上の布団の塊に向かって呼ぶ。
「ほげ……?」
するとようやく呆けた声が返ってきた。
布団の塊はもごもごと蠢いたあと、ひょっこりと人の頭。覗かせた。
そしてベッドの上をまさぐると、枕元のメガネを手に取る。
ダボシャツにボサ髪、目も見えぬ程の分厚い瓶底メガネ。
子熊を思わせるようなだるんとした格好だが、どうやら女子のようである。
「えーとえーと……なんなんだったっけ……」
寝起きが悪いのか、子熊はぼんやりとした頭をぺちぺちと叩き、目を覚まそうとしている。
しばらくするとミレーナに気づいたのか、ゆったりとした動作で服装を直した。
「おおー、これはお見苦しい姿をお見せしちゃってすみませんー。ミレーナ様」
「よいですケイト。日々ご苦労様です。楽にしてくれていいですよ」
「そう言って頂けると恐悦至極にございまするー……ところでそちらの方は?」
ケイトと呼ばれた女はようやくドルトの存在に気づいたようだ。
ドルトは一歩前に出て頭を下げる。
「ドルト=イェーガーです。竜師としてお招き頂きました」
「おお! あなたが噂のドルト殿でしたかー!」
「俺の事をご存知なのです? そこまで有名ではないかと思いますが」
「いえいえ何を仰います! 大陸に名を轟かせる竜師だと聞いておりますよー! ね、ミレーナ様!」
突然話を振られてどきりとしたのか、ミレーナは思わず咳き込んだ。
ケイトの聞いた話は勿論、ミレーナが勝手に言っていた事である。
ドルトの、というか竜師というのは所詮裏方。
名が売れるのは竜騎士と相場が決まっていた。
「お、おほん! その通りですとも。ドルト殿の名は大陸に広まっておいでです。いつも城に篭っていたから知らなかったでしょうけれど」
「そんなもんかなぁ」
ドルトは、それなら自分はクビにならないんじゃと思った。
とはいえ団長にはそこそこ評価されていたみたいだし、その関係で広まったのかも、と考える事にした。
「それよりケイト、ドルト殿を――――「ミレーナ様、お戻りになられていたのですね!?」
いきなり竜舎にメイドが数人飛び込んできた。
あっという間にミレーナを囲うと、口々に、慌ただしく声を上げる。
「ミレーナ様、帰られたらまずは王と王妃に報告を!」
「ミレーナ様、公爵貴族の各々から書状が!」
「ミレーナ様、とにかくこちらへ!」
メイド三人同時にぐいぐいと押され、ミレーナは二人から離されてしまう。
ドルトとケイトはその様子をただ見ている事しかできない。
「ち、ちょっとお待ちなさいな。あなたたち!?」
「いいえ待てません! ミレーナ様は忙しいのですから。さ、早く」
メイドたちはミレーナの両腕を掴むと、引きずるようにして竜舎を後にした。
しばし抵抗を試みていたミレーナだったが、三対一では流石に分が悪く、諦めたようだ。
「ケイトーっ! ドルト殿を頼みましたよーっ!」
そうして何とか最後に声を上げ、ミレーナは竜舎の外へと連れ去られていった。
しばし呆然としていたドルトだったが、ふと自分に向けられた視線に気づく。
「じー……」
ケイトだ。そう口で言いながら、ドルトを見つめていた。
「えーと……どうかしましたか?」
「いえ、普通のおっさんにしか見えないなーと」
歯に布着せぬ物言いに、ドルトは思わず笑ってしまった。
「いきなり距離詰めてきますね。ケイトさん?」
「ケイトでいいよー。堅苦しいのは好きでないし、歳も同じくらいでしょう? お互い敬語はやめようー」
「わかった。じゃあよろしくケイト」
「ういーよろしくドルトくん」
そう言って差し出されたケイトの手を、ドルトは握るのだった。
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