第9話おっさん、城に着く
「ぐるるるる……」
その陸竜にドルトは見覚えがあった。
騎士団の陸竜である。
少し欠けた右牙、肥大した両腕。
力もちで暴れん坊で、ドルトをよく困らせていた奴である。
「お前……ガルンモッサの陸竜か! 確か26号だよな?」
「ぐるぅおおおお!」
「おーやっぱり! 元気してたかぁ!」
26号と呼んだ陸竜をばしばしと叩くドルト。
陸竜はドルトに擦り寄り、その顔を舐めた。
「日光浴してたのか。それに腹についた傷……あ、お前もしかして、訓練の帰り、水浴びで身体が乾き切ってないのに帰りを急かされて、暴れて逃げ出したんじゃないか?」
もしかしてどころかピタリ正解であった。
陸竜は申し訳なさそうにドルトを見る。
「ぎゅー……」
「ったく、あれ程夕方には水浴びさせるなって言ったのによ」
ドルトは参ったなといった具合に腕を組む。
多分……いや、確実に26号は人を傷つけている。殺しているかもしれない。
人を傷つけた竜は基本的には処刑されてしまう。
そこは自分も徹底していたし、被害者遺族の気持ちを考えると仕方ないと思う。
だが今回に関しては乗り手に原因があるわけだし、それは少し可哀想に思えた。
恐らくもう捜索隊は出ている頃だろう。
26号は遅からず捕まり、殺されてしまう。
「きゅぅー……」
「……んー、あまり気は進まんがなぁ」
悲しげに鳴く26号を見て、ドルトはため息を吐いた。
「はっ!? ここは一体!?」
「目が覚めましたか。ミレーナ王女」
目が覚めたミレーナは、慌てて辺りを見渡す。
水浴びをしていて妙な生き物を見て、そして――――気を失ったのだ。
そして今、ミレーナは自身が一糸纏わぬ姿だと気づく。
まさか! 見られた? でもドルト殿になら!?
ぐるぐるとそんな言葉がミレーナの脳内を駆け巡る。
「あぁ、その飛竜がミレーナ王女を翼で隠していたのでご安心を。主人思いのいい竜ですね」
「……どうも」
ミレーナの周りには飛竜がその翼でカーテンを作り、姿を隠していた。
高揚していたミレーナは冷水をぶっかけられたように冷静さを取り戻した。
飛竜が咥えていた衣服を手に取り、いそいそと着替え始める。
頭が良く、気配りもできる自慢の竜だが、この時ばかりはミレーナは飛竜を睨んだ。
てっきり褒められると思った飛竜は少したじろぐと、悲しそうに鼻を鳴らした。
八つ当たり、それに気づいたミレーナは、ごめんね、ありがとうと飛竜を撫でる。
「……失礼しました」
着替え終えたミレーナは、飛竜に翼を開かせて外へ出る。
ドルトの傍にいたのは先刻の陸竜だ。
「この陸竜、ガルンモッサから逃げてきたようですな」
「お返しするのですか?」
「いえ、どうやらその時に暴れたらしくてね。処刑されるかもしれないので、出来ればアルトレオにまで逃がしてやりたい」
「ドルト殿はお優しいのですね……わかりました。構いませんよ」
「飼ってくれとはいいません。迷惑がかかりますしね。途中までついて来させるだけで大丈夫です。あとは野良に放しましょう。こいつは元々、アルトレオ出身ですしね」
「わかりました。二人だけの秘密、ですね?」
「すみません。ありがとうございます」
「いえいえ♪ ふふっ」
秘密を共有でき、少し距離が縮まったと感じたミレーナは満面の笑みを浮かべる。
何故そんなに嬉しそうなのか、ドルトはやはり首を傾げるのだった。
再び飛竜を飛び立たせ、空を行くミレーナとドルト。
そのすぐ下を26号が続く。
時折口笛を鳴らし、ドルトが指示を出すその通りに陸竜は大人しくついてきていた。
「口笛だけでここまで操れるとは、よく慣れていたのですね」
「いえ、26号とはそれほど。むしろ手を焼いていました。暴れん坊なので」
「そうは見えませんが……」
ミレーナには、陸竜はよく慣れているようにしか見えなかった。
ならば慣れている竜とはどのレベルなのだろうかと思った。
そして流石はドルト殿だと感心した。
「それにしても26号なんて、変わった名前を付けておいでですね」
「あぁ。ちょっと管理している竜が多すぎましてね。私以前の竜師は名前つけていたみたいですけど、私はもう番号で呼んでます。兵たちは自分の竜に名前を付けてるみたいですけどね。……全く、お恥ずかしいですよ。ミレーナ王女が雇おうとしているのはそんな竜に愛情を注げない男なのですが、大丈夫なのですか?」
そう言って自嘲するドルト。
ミレーナはその問いに、首を振って答える。
「いえ、呼び名などは大した問題ではありません。大層な名前を付けても、面倒も見ずに放置……では愛情を注いでいるとは言えないでしょう? 逆も然りですよ。だからこそ26号はあなたを慕っている」
「そう言っていただけると幸いです」
確かに名づけこそ適当ではあるが、逆に言えば名を付けきれぬ程の竜を世話し、懐かせているわけである。
ミレーナはむしろ、自分の見る目の確かさに自信を持った。
「それより陸竜の通れるルートを行きますので、少し時間がかかりますが」
「本当に申し訳ないです」
「いえいえ、私は全く気にしませんので」
ミレーナとしては二人きりの時間が伸びて、むしろ好都合であった。
流石に城へ戻ればそんな時間は滅多に取れないだろう。
王女であるミレーナにはこなすべき執務は山ほどある。
もう少し、もう少しと念じていても、時と風の流れは変えられない。
ミレーナの想い虚しく、山際にその城が見えてきた。
ひゅい、と一際高く口笛を吹くと、陸竜は進路を変え野山へと走っていく。
「じゃあ達者でな!」
「がーうー!」
遠ざかっていく26号を見送るドルト。
振り返るともう、城が目の前にまで近づいていた。
「降ります」
飛竜は城の屋上、竜の紋章が刻まれた石床の上へと着地した。
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