第2話 王女様、呆れる

「陛下、今月分の解雇者の名簿が上がってきましたが」

「あぁ、適当に処理しておけ」

「わかりました」


 つまらなそうに言って、大臣を下がらせるガルンモッサ王。

 解雇者は今月ばかりではない。来月も、再来月もリストはいっぱいだ。

 王は財源に困ると、とにかく城の雇い人に暇を出していた。


 なにせ長期で人を雇用するとなると、そのぶん金がかかる。

 仕事のない時でも給金を払わねばならぬし、長期休暇でも取られるとたまったものではない。

 しかし必要な時だけ短期で人を雇えば、その分財源を大きく確保出来るではないか。

 その考えに至った時、王は我が考えの聡明さに震えた。


 主に解雇の対象となったのは、生まれの貧しい者、出自の暗い者、身分の低い者。

 仕事の量や種類は問わず、片っ端からである。

 先王は出自を問わずに有能な者を重用していたため、城から人がどんどん減っていった。

 しかしその分、財政は潤っていく。

 子供の頃は父に何かねだっても、「我が国にそんなものを買い与える余裕はない!」と厳しく言われたものだが……今はどうだろう。まさに使い放題ではないか。

 最初からこうしておけば、金には困らなかったのだ。父上はなんと愚かなのだろう。

 自らの治世の素晴らしさに、本日も王はご機嫌である。


「陛下、ミレーナ王女がいらっしゃいました」

「おおっ、来たか! すぐに通せ!」


 もう一つ、ご機嫌な理由がこれである。

 王は襟を正し咳払いをすると、来訪者を今か今かと待ち構えた。

 しばらくして扉が開く。

 入ってきたのは従騎士が二人、その真ん中には美しく着飾った女性の姿。


 金色の髪を束ねた女性は男と並び立てるほどに背が高く、線は細いが強い意志を持つ瞳でガルンモッサ王を見つめる。

 その目の美しさに王は、思わず息を飲んだ。

 何という美貌。豪華な装飾すら、彼女を引き立たせるものにしかなっていない。

 ――――ミレーナ=ウル=アルトレオ。

 大陸一の竜産出国であるアルトレオ連邦の、若き王女である。


「おお、久しぶりだなミレーナ王女! 元気であったか?」

「数日前にお会いしたばかりですよ。ガルンモッサ王もご壮健でなにより」

「ふはは! 取り柄はそれくらいよ! どうじゃ? 今度わしの鎧竜でひとっ走り付き合わんか?」

「構いませんよ。私の飛竜と並べるのなら、ですが」

「無茶を言う。王女にして飛竜隊の指揮までこなす『竜姫』ミレーナ王女と乗り比べなどしたら、笑い者にされるのがオチじゃわい! はっはっは!」


 楽しげに笑うガルンモッサ王だが、既に臣下の笑い者になっている事には気づいていない。

 公の場で娘程の年齢の、しかも他国の王女を口説き始めるとは、と。

 しかも軽くあしらわれているときたものだ。

 ある者は苦笑し、またあるものはげんなりとした顔でため息を吐いていた。


「まぁよい。今日は竜を2頭ほど買い付けたいのじゃ」

「2頭……ふむ、構いませんが、先週も竜を買っていただいたばかりですよね」

「あぁ、新兵が順に乗るからの。一度に買うと持て余してしまう。たびたび来てもらって悪いが、頼めるか?」


 単にミレーナ王女と会うための口実だろう、とは思っていても誰も言わない。

 実際その通りで、売り買いはミレーナ本人が行うことが事実上の条件であった。

 元よりミレーナ自身、その美貌を外交の道具にすることに抵抗はない。

 なにせ竜1頭売りつけるだけで、兵隊を何か月食わしていけることか。

 視察の際、ガルンモッサの国事情も知れるし、断る理由はなかった。


「相変わらず財政が潤っているようで敬服いたします。よろしければ一体どのような手腕を振るっているのか、教えていただけませんか?」

「ふむ、興味があるかね? よかろう、なぁに大したことではない。役立たず共に暇を与えただけよ。どうじゃ? 父上の頃と比べ、城がすっきりしたと思わぬか?」

「な……!」


 ミレーナはその言葉に思わず絶句する。

 言われてみれば確かに、先王の頃と比べ城から活気が減ったと思っていた。

 以前は城内を職人や兵、食事係など、バタバタとあわただしく走り回っていたものである。

 そしてふと、思い出した。

 道すがら竜舎をちらりと見た時に、いつもそこへいるはずの竜師、ドルトの姿が見えなかったことに。


「……ガルンモッサ王、もしや竜師殿にも暇をお出しになられたのですか?」

「おぉ、そう言えば確か、出した気がするな。ふん、竜師などと偉そうな名前だが、所詮は飼育員。わざわざその為に人を雇わずとも、竜騎士たちにやらせれば済む話だからな」

「それは――――」


 ――――大きな間違いです。

 そう言いかけて止める。


 竜は家畜化された牛や馬ではない。

 気性は荒いし、手懐けるには並々ならぬ苦労が必要なのだ。

 食事や水にもデリケートで、ストレスも溜まりやすい生き物だ。病になると治療法も少なく、難しい。

 そして慣れてないものが触れば竜は狂ったように怒り、その戦闘力ゆえ甚大な被害をもたらす。

 驚くほど穏やかで、健やかなこの国の竜を見るたび、ミレーナは竜師の仕事のすばらしさに嘆息を漏らしたものである。


 ――――それを、クビとは。

 驚くほどの無知蒙昧、優秀な初代の次は無能な二代目と相場は決まっているが、まさに然りである。

 だがミレーナは微笑んだまま、ガルンモッサ王に「流石」「見事」と相槌を打つのみだ。

 早く終われ、とそう思いながら。


「――――ふう、少し話し込んでしまったな」


 ひとしきり自慢話を終えたガルンモッサ王は、満足げな顔を浮かべた。

 ようやく終わりかと内心ため息を吐きながら、ミレーナは表情を崩さない。

 お供の騎士たちは足がしびれているようだった。


「楽しいお話を聞けて光栄ですわ。ガルンモッサ王」

「そうか、そうであろう! ところで今度――――」

「契約書は後ほど送付させていただきますので。……では、失礼いたします」


 恭しく頭を下げられてはそれ以上何も言えぬ。

 ぐぬぬと歯ぎしりをしながらも、ガルンモッサ王はミレーナ女王を送り出すのだった。



 足早に城を出たミレーナたちは、取っていた宿の部屋へと戻る。

 城から離れている、ごく普通の少しだけいい宿。

 王族とはいえ旅の費用は国のものである。

 ガルンモッサは比較的治安のいい国だし護衛もいる。わざわざ高い宿に泊まる理由もなかった。

 ……というか、本当は城に招待されていたのだが、ミレーナは丁重にお断りしたのだ。

 従騎士の一人、セーラは周りに人がいないのを確認し、扉を閉めた。


「あーーーーーー! キモっ! あんのエロオヤジ、ミレーナ様に色目を使っちゃってさ、死ねばいいのに。ね、ローラ」

「あんまり大きな声を出さないの。どこで誰が聞いてるかわからないわよ。セーラ。ま、気持ちはわかるけど」

「でしょー! あーもうサイアク」


 セーラとローラ、二人はミレーナの従騎士である。

 ミレーナの従者として、友人として、いつでも側におり命を賭して守るのが二人の役目である。


「二人とも、はしたないですよ」

「「はーい」」


 とはいえ二人とも若い。行き過ぎた行動は多く、ミレーナがそれを諌めることが多かった。

 ミレーナとしては妹が出来たようで特に悪い気はしなかったが。


「それよりいい事が聞けました。セーラ、ローラ。二人に頼みたい事があります」

「はい、何なりと」

「竜師、ドルト=イェーガー殿を探し、連れてきて下さい。まだ近くにいるはずです」

「あのエロオヤジがクビにしたと言ってた人ですよね? すごいんですか?」

「えぇ、それはもう。先王の頃に何度かお目にかかった事がありますが、あの方の前ではどんな竜もたちどころに大人しくなったものですよ。竜神に祝福されているとしか思えぬ、すばらしいお方なのです」


 うっとりとした顔のミレーナを見て、セーラとローラはぽかんとした。


「……ミレーナ様がそこまで言うなんて」

「珍しいよねー。いつもは男なんて興味ありません、てな感じなのにー」

「べ、別に殿方としてどうこうという話ではありません! 単に人として尊敬できる方だと! そう言ってるのです!」

「ほんとですかぁー?」

「本当ですとも! ……こほん、とにかく! 彼を連れてきなさい」

「はーい」

「了解しました」


 セーラとローラはミレーナに敬礼を行うと、部屋から出ていくのだった。

 二人を見送り、ミレーナは遠き故郷を想う。

 アルトレオ連邦は小さな国々の集まりで、決して豊かではない。

 だが大陸一の竜産出国であり、良質な竜が国の資源である。

 今まではよい竜師が十分におらず、自国の騎竜として育てる余裕がなかったが、彼を手に入れられれば……

 最高の竜と、最高の竜師。


(アルトレオはきっと、強くなる……!)


 ミレーナは思わず拳を震わせるのだった。

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