おっさん竜師、第二の人生

謙虚なサークル

第1話 おっさん、クビになる

「というわけで、お前さんはクビだ」


 長机に座った初老の男はつまらなそうに、そう吐き捨てた。

 目の前にある資料には他にもいるのであろう、解雇者のリストが積まれていた。

 名簿に書かれていた「ドルト=イェーガー」に×印が付けられる。

 当の本人――――ドルトは男の言葉を聞き、額を押さえた。


「……今、なんと仰いましたか?」

「じゃから、お前さん、クビ」


 ドルトは男の言葉クビの理由を探した。

 確かに自分はもうすぐ35になる。退職リストに名を連ねてもおかしくない年齢だ。

 それにこの国……世界一の竜騎士団を抱える大陸最強の軍事国家、ガルンモッサが世論の煽りを受けて軍備縮小を迫られているのも知っている。

 最近は解雇者が妙に多いとも感じていた。


 だが、この国が軍事強国であるのも竜のおかげ。

 その世話、調教、治療、その他諸々を引き受ける竜師、ドルトの役割は極めて大きい。

 しかも現在その仕事は殆どドルトに丸投げされている。彼がいなくなれば、絶対に回らなくなるはずだ。

 故に、何かの間違いでは? とドルトは思った。


「……本気ですか?」

「くどいのう、間違いなどない! 竜師ドルト=イェーガーは本日をもってクビじゃ!」


 男はハエでも払うように、ドルトに向かってしっしと手を振った。

 この男、元々はどこぞの部隊長なのだが、年を取ってしまったので事務員へと左遷されたのだ。

 しかも気性が荒く、攻撃的な性格の為、事務員すらたらい回しにされる厄介者として噂されているのを、ドルトはよく聞いていた。

 それが気に入らないのかますます誰彼構わず怒鳴り散らし、誰も相手にしなくなっていた。

 そんな困り者が残って自分がクビとは、ドルトはなんだか納得いかないなぁと思った。


(とはいえ、別にしがみつくでもないか)


 竜師の仕事は大変だ。

 毎日竜に合わせての生活、朝早くから夜遅くまで、泥だらけになりながら走り回らねばならない。

 身体も大きく力の強い竜だ。少し暴れただけでも生死に関わるし、実際ドルト自身何度も死にかけた事がある。

 その上給金は安く、底辺職としてよく蔑みの目で見られていた。

 そんな仕事を長く続けていたドルトは、実際精神的にも体力的にも限界だった。


 なら、田舎に戻って畑でも耕すのも悪くないかなぁとドルトは考えてる。

 幸い金を使う暇もない程働いていたため、ドルトにはそれなりの蓄えがある。

 少し早い第二の人生だが、これも丁度いい機会かもしれない。


「わかりました。ではそうさせてもらいます」

「ふん、物わかりはいいようじゃの。言い返す度胸がないのかもしれんが、はっはっは」


 また始まったよ、爺さんの悪い癖がと言わんばかりの目で、周りの事務員が男を見ていた。

 そうだ。もうこんな面倒な輩とも二度と関わることもないのだ。

 そう考えると、未だ残っている事務の者に憐憫の情すら感じられた。

 ドルトはお疲れ様ですと言って彼らに頭を下げる。

 自分に頭を下げられたと思い、男はさらに調子に乗った。


「ごくつぶしがおらんようになってせいせいするわ! もう二度と城の敷居をまたぐでないぞ!」


 言われなくても二度と来ませんよ。

 ドルトはそう呟きながら、荷物を取りに部屋へと戻るのだった。



「よぉおっさん、荷物をまとめてどこへ行くんだ?」


 次に声をかけてきたのは訓練の終わった若い竜騎士たちである。

 未だ新米だが、騎竜学校の優秀な生徒だったと聞いている。

 尤も性格の方は騎士らしく品行方正……とは言えないが。


「おっさんついにクビになったのかぁ?」

「はは、まぁそんなところだよ」

「ぎゃっはっは! まじかよ!? だせー!」


 若き竜騎士たちは、ドルトの不幸を大笑いした。

 別段変わった事でもない。

 騎士の出である彼らとしては、平民のドルトなど馬鹿にして当然の存在。

 ドルト自身、その扱いを受けるのに慣れていた。


「ま、元気出せよな」

「俺たちはこれから訓練だからよ」

「じゃあなー」


 彼らを見送りながら、ドルトはふと思い立つ。

 そうだ。竜たちにお別れを言おう、と。

 別に竜自体に思い入れはないが、なんだかんだ言いながら、十年以上面倒を見てきたのだ。

 少しくらいは思うところもある。

 ドルトはすぐに竜舎へと向かった。


 竜舎には、殆どの竜は残っていなかった。

 そう言えば先刻の竜騎士たちが訓練に行くと言っていたか。これだけごっそり連れて行くとは、かなり大規模のようである。

 訓練の内容や時間、スケジュールは基本的にドルトには知らされていない。

 たまについて行くときも、突然いきなり待ったなしである。

 がらんとした竜舎をゆっくりと、奥へ進んでいくとドルトは大きな影を見つけた。


「っと、お前は残ってたんだな」


 竜舎の奥、のそりと動く赤い影。

 ――――老竜ツァルゲル。

 ガルンモッサ竜騎士団の大古株で、ドルトが来るより前からここにいる竜だ。

 昔は多くの竜を率いて戦場を駆けたと聞く。


 今はさすがに現役を退いたが、ツァルゲルがいると他の竜が落ち着くということもあり、時折戦場へは出ていた。

 特に新竜の訓練などは、ツァルゲルなしでは相当手こずる程だ。

 ドルトもツァルゲルには随分と世話になっていた。


 ドルトが竜師になった頃のツァルゲルはそれは雄々しく、憧れたものである。

 あの頃に比べると大分衰えたが、今では随分と落ち着いてそれはそれでいい感じだった。


「いよう、ツァルゲル!」

「グゥゥゥ……?」


 ドルトの存在に気づいたツァルゲルは、ゆっくりと首をもたげる。

 白腹を撫でると、ツァルゲルは心地よさ気に喉を鳴らした。

 ひんやりとした手触りをドルトはしばし、楽しむ。


「いやー、俺さぁクビになっちゃったんだよな。だからもうお前らとは会えないんだよ。ごめんなー」

「グルルル……」


 ドルトの言葉の意味を理解しているかのように、老竜は静かに鳴く。

 恐らく、ドルトの言葉の意味を大まかには理解しているのだろう。

 竜は人の言葉を理解する程に、賢い。

 ドルトはしばし、老竜との時間を楽しんだ後、名残惜しいのを振り切って背を向ける。


「じゃあな。最後にお前と会えてよかった」


 そのまま、ドルトは竜舎を後にする。

 ふと、徐々に足取りが重くなるのにドルトは気づいた。

 竜師をクビになり、城を追い出されても気にすることはなかったというのに、竜と別れを告げるのが一番の未練だとは。

 竜に大した思い入れなどなかったはずだが、思わず苦笑してしまう。


『グォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』


 ――――ツァルゲルが、吠えた。

 天を突き、地を震わせるような咆哮。

 思わず振り向いたドルトと、ツァルゲルの目が合う。

 竜の瞳はドルトへの別れを理解していた。


『オォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』


 止まぬ、咆哮。

 それが老竜の手向けなのだと気付いたドルトは、踵を返し前を向く。


「……じゃあな」

『オォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』


 ドルトはもう振り返らず、城を後にした。

 老竜の咆哮はその日、止むことはなく、城は大騒ぎであった。


 それだけではない。

 訓練に出ていた竜までもが突如鳴き始め、訓練は中止。

 何が起こったのか? 天変地異の前触れか? 世界の終わりか?

 様々な憶測が飛び交ったがその理由に城のものは誰一人として気づくことはなく――――その日、大国は偉大なる竜師を失った。

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