第3話 おっさんと王女様、出会う

「さて、これからどうするかね」


 城を出たドルトはとりあえず借りた宿のベッドでゴロンと転がる。

 結構お高めの宿で、ベッドもふかふか、食事も豪勢。

 ここでの最後の贅沢のつもりで宿を借りたのだ。

 竜師をクビになった今、田舎で畑を耕すつもりだが、そうなるともう二度とこの街を訪れる事もあるまい。

 田舎暮らしは嫌いではないが、帰る前に街をゆっくり見て回りたいとドルトは考えた。

 何せ忙しくて、街に降りたのは数年ぶりである。


 そうだ、どうせなら農具と牛を買ってから田舎に戻るか。

 そうと決まれば、ドルトは買い物に出るべく外着に着替えて扉を開けた。


「さ、いくわよローラ」

「待ってよセーラ」


 と、丁度隣の部屋の住民が出ていくところだった

 若い女騎士の二人組である。

 向こうも気づいたのか、こちらを見て会釈をする。


「……あぁ、こんにちは」

「……あはは、こんにちはー」


 微妙に気まずい挨拶を交わし、二人はそれではと小走りに行く。

 何か任務だろうか。他国の騎士のようだったが。

 慌ただしいなとドルトは思ったが、自分には関係のない事だと首を振る。

 気を取り直し、外へ出ようとするドルトの目の前で、またもや扉が開いた。


「待ちなさい二人とも、ドルト殿の似顔絵を描いたのでそれを持って――――きゃっ! す、すみません」

「あぁいえ、こちらこそ」


 飛び出しぶつかってきた金髪の美女――――ミレーナは、顔を上げると目の前にいた人物に驚く。

 何せ今から探そうとしていたドルト本人が、いきなり目の前に現れたのだ。


「ドルト殿っ! お久しぶりです!」


 ミレーナは思わずドルトの両手を取った。

 あまりの事態にドルトは困惑する。

 何せこの方、ずっと竜の面倒ばかり見ていたのだ。女性の知り合いなどいるはずもない。


「えと……人違いでは? どちらのドルト殿でしょうか?」

「こちらのです! 見間違えるはずがありません! ドルト=イェーガー殿! 私です、ミレーナですよ! ミレーナ=ウル=アルトレオです!」


 ……と、言われてもドルトには全く覚えがない。

 ミレーナは自分の事を全く記憶してないドルトにむむむと苛立ち唇を尖らせつつ、従騎士を使いにやっていたのを思い出した。


「と、とにかく少しお待ち下さい!」

「えぇ……買い物に行きたいんですが……」

「大事な用なのです! お願いします! では!」

「はぁ」


 ドルトとて男である。うら若き女性にそこまで言われて無下に出来るわけがない。

 ミレーナは手すりに乗り出し階下の二人へと声を上げる。


「セーラ、ローラ! お戻りなさい! いました! ドルト殿見つかりました!」

「えー? うそでしょー?」

「良いから! 戻りなさい!」


 二人は顔を見合わせると、意味不明とばかりに肩をすくめて階段を昇ってくる。

 それを確認したミレーナは、ドルトの手を取った。


「ドルト殿はこちらへ」

「ち、ちょ……!?」


 ドルトはミレーナに手を引かれ、部屋へと引きずり込まれるのだった。


 ……これは、どういう状況だ?

 目の前にはにこにこと笑う金髪の女性――――ミレーナ。

 その傍では二人の女騎士が、ドルトを冷たく見下ろしている。

 所在無く目をキョロキョロとさせるドルトに、ミレーナはコーヒーカップを差し出した。


「どうぞ」

「あ、これはどうも……」


 ドルトは受け取ったコーヒーをずずずと啜る。

 風味が強く、コクがある。

 いい豆を使っているという事はあまりこの手の嗜好を好まぬドルトでもわかった。


「改めて、名乗らせてください。私はミレーナ=ウル=アルトレオ。アルトレオ連邦の王女……と言えばわかっていただけますか? ドルト殿」

「んんんん~~っ!?」


 思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになったドルトは慌ててそれを飲み干した。

 気管に詰まり、ゲホゲホと咳き込む。


「ほ、本当ですか!?」

「本当です。最初からそう申しております」


 つんと少し不機嫌そうな顔で、ミレーナは言う。

 そういえばドルトには「ミレーナ」という名前に少々聞き覚えがあった。

 昔、アルトレオ連邦に竜の買い付けで行った際に子供の相手をした記憶がある。

 その中の一人、金髪の少女……その名がミレーナだったような……そういえば面影がある気がする。

 そう思いドルトはマジマジとミレーナの顔を見つめる。


「そ、そんなに見つめないでくださいまし……」


 ミレーナはミレーナで、見つめられて照れているのか頬を赤く染めていた。

 あまりに顔を近づけすぎたのに反応したのは、二人の従騎士である。


「不敬だぞ」

「そうだぞ。殺すぞ」


 突き刺すような冷たい声に、ドルトはぎょっとした。


(この二人、セーラ、ローラとか呼ばれていたか。鎧の紋章がアルトレオ連邦のものだし。……ならば間違いない……のか……?)


 にわかには信じがたいが、この状況、信じる他になかった。

 ミレーナはあの、ミレーナなのである。しかもアルトレオの王女様。


「こほん、それでは本題に入りますね。……ドルト殿、あなたは先日ガルンモッサ竜師を解雇されたと聞いております」

「えぇまぁ。お恥ずかしい限りですが」

「恥じることなど何もありません。ドルト殿の価値を理解していない者の方が余程恥ずかしいのです! それよりこれは我らにとっては僥倖至極。……ドルト殿、貴公を我が国に迎えたいのですが! ……どうでしょう?」


 ちらりと上目遣いでドルトの顔を覗き見るミレーナ。

 ほんのりと頬を赤く染め、目はキラキラと潤んでいる。

 二人の従騎士は、見たことのない主の顔に正直困惑していた。


(ちょっとローラ! ミレーナ様どうしちゃったの!? 完全に女の顔になっちゃってるんですけど!? 何なの!? ミレーナ様ってば、おっさん趣味なの!?)

(謎。おっさん趣味なのかも。ごく普通のどこにでもいる冴えないおっさんにしか見えないけど)

(よねよね!? イケメン王子様の求婚も断りまくってたのにさ! あーもう、私に一人欲しかったのにぃーっ!)

(セーラに王子様は釣り合わないと思う。どちらかというとパワー系男子の方が合ってると思う)

(ひどーっ!)


 セーラとローラがアイコンタクトで言い争っているのに二人は気づくはずもない。

 ミレーナは飲み干したコーヒーカップに新しく注ぎ入れると、ドルトへと差し出す。

 沈黙するドルトに耐え切れず、ミレーナは再度言葉を繋げる。


「……それで、いかがでしょう? ドルト殿」


 ミレーナが固唾を飲んで、その返答を見守るその傍で、セーラとローラはため息を吐いていた。


(……まぁ受けるよね。ローラ)

(それはそうでしょう、セーラ。いい話ですもの)

(失業したばかりのおっさんなら尚更よねー)


 しかも一国の王女直々のお誘いなのだ。断る方がどうかしている。

 それにアルトレオに竜師が足りてないのは事実。

 二人も竜騎士ではあるが、自分の竜は自分で面倒を見るのが常である。

 日々、泥だらけになっての作業はうら若き女子には少々厳しい。

 冴えないおっさんが自分らの周りをうろつくのはあまり好ましくないが、竜の世話をしてくれるならまぁいいかと考えることにした。


「ふむ、そうですね……」


 ドルトは少し考えた後、頭を下げる。


「せっかくの申し出ですが、断らせて下さい」

「「えーーーーっ!?」」


 二人の声が部屋に響いた。

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