第4話王女様、ショックを受ける

「えぇと……今、何とおっしゃいましたか?」


 震える声でミレーナが尋ねる。

 カップを持つ手はカタカタと震え、コーヒーは溢れそうになっていた。

 それに気づき、あまりに申し訳なく思ったドルトは再度、頭を下げる。


「お誘い頂き誠に光栄なのですが、お断りいたします」

「何故ですか!?」


 ガタンと、勢いよく机に叩きつけられたコーヒーカップが零れた。

 勢いよく詰め寄るミレーナを、セーラとローラが宥める。

 二人は主がこんなに取り乱す姿を初めて見た。


「あなたの竜師としての才能は埋れるには惜しい……是非、是非ともどうか、我々アルトレオに来て頂けませんか……?」

「本当に光栄ですが……私はもう竜師はやらないと決めたのです」

「理由を、せめて理由をお聞かせ願えますか?」

「……わかりました」


 一息吐いて、ドルトは重々しく口を開く。


「竜師って、大変なんですよね。朝は早いし、夜は寝れないし、何かあったら休みでもすぐ顔を出さなきゃダメだし、遊んでる暇もない。旅行なんて以ての外。竜舎で寝泊りをして家に帰るのは三日に一度。臭いは取れなくてモテないし、たま竜に噛み付かれて大怪我したこともあるし、そうでなくてもパワーが違いますから? 生傷絶えないし、あぁ触診してる時に暴れられて死にかけた時もありますね。の割に給金は安いしり。まぁ忙しすぎて金を使う暇すらなかったので、貯蓄は出来ましたがね。はは。それに……」


 言いかけたドルトの目が、深い悲しみを讃えている事にミレーナは気づいた。

 思わず息を呑むほどの色。

 すぐに普段のものに戻ったが、ミレーナはこれ以上の説得は難しいと悟った。


「……まぁそんな感じです。どちらにしろ身体が持たなかったのですよ。暇を頂けたのはむしろよかった。これからは田舎でのんびり畑でも耕して生きようと思います」


 話し終えたドルトは、ゆっくりとコーヒーカップに口をつける。

 沈黙、それを破ったのはミレーナの傍にいたセーラだった。


「あなたねぇ!」


 そう声を上げ、ドルトに詰め寄る。


「そりゃあ竜師は大変でしょうよ! 私だって竜の世話をしてるんだもの、少しはわかるわ。それでも、それでも生きるんだもの! それだけで大変だわよ! ていうかミレーナ様がここまで言ってるのよ!? それを――――」

「セーラ! 落ち着いて」


 相方の暴走を止めたのは、ローラだ。

 セーラに無理やり頭を下げさせると、失礼しましたと言って二人一緒にミレーナの傍に戻る。

 ミレーナはドルトに頭を下げた。


「……申し訳ありません。部下が失礼を」

「いえ、彼女の言う通りですから。はは」

「ですが、そうですか。……わかりました。無理強いをするつもりはありません。諦めます」

「本当に申し訳ない」


 ドルトはもう一度頭を下げると、席を立った。

 部屋を出るドルトを、ミレーナは扉が閉まった後もずっと見つめていた。


「はーあ、早まったかなぁ」


 ドルトはそうひとりごちると、宿を出る。

 上から強烈な視線を感じるのは気のせいだろうか。

 そう思いちらりと見上げるとミレーナが恨めしそうにこちらを見下ろしていた。

 ……気のせいではなかったようだ。ドルトは引きつった愛想笑いを返して視線を外す。


「大体、俺以上の竜師のなんていくらでもいるだろう。多分、子供の頃に見た記憶が美化されたんだろうな」


 確か俺が20歳、あの子が10かそこらだったか。

 色々して遊んであげた気がする。

 それで自分の事を特別視しているだけなのだ。

 今は丁度自分を見つけて気分が上がっているだけで、すぐに忘れられる存在である。

 ドルトはそう考え、彼女たちをひとまず忘れる事にした。


「さーて、早く行かないと市場が閉まっちまうぞっと……ん?」


 ふと、宿の横の竜が目に止まる。

 ミレーナらが乗ってきたものだろうか。

 飛竜が1、陸竜が2。普通の客なら馬を使うだろうし、間違いあるまい。

 それなりに手入れはされているようだが……ドルトは一頭の陸竜、その右腕が少し腫れているのに気づいた。


「……いかんいかん。俺には関係ない話だ」


 首を振り、知らぬふりをしようとするドルト。

 だが、暫く歩いた後、その足は止まった。

 そしてええいと舌打ちをして、宿へと戻る。


「あ……」


 と、声を漏らしたのは先刻ドルトに掴みかかったピンク髪の少女、セーラである。


「冴えないおっさんだ」

「だれがおっさんだ。俺はまだ35だ!」

「完全におっさんじゃないの」


 あははと笑うセーラには何を言っても無駄と考えたドルトは、必要な事だけ言って立ち去ることにした。


「あの陸竜、お前らのだろう? 右腕を怪我しているみたいだから、人を乗せては走らせるな。もう片方はぴんぴんしてるからそっちに二人で乗れ。帰ったら竜師に見せるのを忘れるなよ」

「え? あーそうなの? んじゃ気をつけとくね。わざわざありがと、おっさん。あはっ」

「……必ずだぞ」

「はいはいわかってるわかってる」


 ひらひらと手を振りながら、セーラは階段を登っていった。

 本当に大丈夫かよと不安になるドルトだったが、流石にこれ以上首を突っ込もうとは思えず、市場へと向かうのだった。



 ドルトが立ち去った後、ミレーナは椅子に座ったまま動かない。

 何度もため息を漏らし、死んだ目で窓の外を見ている。

 国民の鏡となるべく、いつも凛としているミレーナがここまで気が抜けているのを見て、ローラは流石に心配になってきた。


「お待たせーお金払ってきたよ。ローラ」

「ありがとうセーラ。……ミレーナ様、呆けてないでそろそろ帰りますよ」

「……はーい」


 気のない返事をしながらも、ヨロヨロ立ち上がるミレーナを見て二人は重症だと頭を抱えた。


(ちょっとローラ、大丈夫なのコレ。竜、乗れる?)

(大丈夫でしょうセーラ。あれでもアルトレオ竜騎士団きっての騎手ライダーだし……多分)


 着替えのボタンを掛け違えるミレーナを見て、二人はさらに不安を募らせる。

 元気なく歩くミレーナを支え歩きながら、ローラは元気づけるべく声をかける。


「さぁ行きましょう、ミレーナ様。フラれたのは残念ですが、男なんていくらでもいますよ」

「フラれてなどおりません! えぇもう断じて! 単に仕事を断られただけです!」


 いきなり声を上げたミレーナに驚いたローラだったが、覇気を取り戻したとみて結果オーライと頷くことにした。

 これなら飛竜にも乗れるだろう。


「……ともかく城へ戻りましょう。またチャンスはあるかもしれません」

「そうですね。うん、時間が空けば聞いてくれるかもしれませんし? どこかで偶然再会する可能性もありますね?」

「え、えぇ! そうですとも、ね! セーラ」

「ですです。ね! ローラ」


 少し元気を取り戻したミレーナは飛竜へと乗り込む。

 しっかりとし手綱を握るミレーナを見て一安心したローラは、走竜に飛び乗る。

 それに続いてセーラも。


「ほいっと」


 ――――ガツン。

 セーラが飛び乗ったその時、鎧の一部が走竜の身体に当たった。

 普段では気にしない程の衝撃だったが――――ふと、ドルトの言葉が蘇る。

「走竜が右腕に怪我をしているぞ」、と。


「やば……」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 気づいた時には遅かった。

 竜は咆哮を上げ、セーラを乗せたまま走り始めた。



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