第5話おっさん、竜を駆る

「セーラ!?」

「く……っ!」


 暴れ出す陸竜をなだめようと、セーラは綱を握りしめる。

 何とか乗ることは出来たが、依然言う事を聞く気配はなし。


「そうだ、竜の実ドラゴンフルーツを……!」


 ――――竜の実とは、竜の調教用に使われる「飴」だ。

 このニオイを嗅いだ竜は喉を鳴らし、舐めればたちどころに身体を弛緩させてしまう。

 猫で言うところのマタタビのような実。

 竜に携わるものは、緊急用にそれを幾つか携帯しているのだ。

 セーラは竜の実を手にし、陸竜の口の中へと突っ込んだ――――が、ぺっと吐き出されてしまう。


「うそっ!?」


 いかな竜の実といえど、興奮状態の竜に効果はない。

 万策尽きたセーラは、そのまま陸竜に乗せられ彼方へと消えていった。


「たぁーすけてぇーーーっ!」


 セーラの声は瞬く間に遠くなっていく。

 一瞬の事態に呆気に取られるミレーナとローラだったが、しばらくしてハッと我に返る。


「と、ともあれ追いましょう。ローラは陸竜で後を追って。私は飛竜にて上から」

「わかりました。あのままでは街に被害が出てしまいますからね」

「セーラだって危険よ。早く助けなければ!」

「……はっ」


 主の、セーラの事を慮っての言葉にローラは頷く。

 こんな状況下でもセーラの事を気にしてくださるとは。ローラはミレーナへの忠誠をさらに深めるのだった。



 所変わって市場、ドルトは農具を買いに来ていた。

 並べられた農具はしかし、どれも同じように見える。

 そして何を買っていいのかわからない。

 とりあえず一本の農具を手に取り、様々な角度から観察してみるが……やはりわからない。

 ドルトは店主を呼び止め、尋ねる。


「この槍というか斧というか……これは何に使うんです?」

「へぇ旦那、それは鍬ってやつでさ。それで土を耕すんですぜ」

「土を……?」


 ドルトは何のことかと首を傾げる。

 本当に全く分からないのだ。それを見た店主は、ドルトが農業に関してズブの素人なのだと察した。

 鍬など誰でも、それこそ子供でも知っているような一般常識である。

 それを知らぬとは余程の物知らず――――すなわち、だまし放題だなと。

 店主はニヤリと笑うと、揉み手でドルトに近寄る。


「これはこれは、もしかして農業を始めるおつもりですかな?」

「よくわかりましたね。実はそうなんですよ」

「ほほう! という事は1から道具をすべてそろえなさるという事で。それでしたら、ぜひここで買われるといい。今なら特別に、初期農具全て買っていただいた方にお安く販売いたしております」

「おお、それは助かります!」


 やはりカモかと、店主はその言葉に内心ほくそ笑む。


「それでしたらまず鍬と鎌、鋤も必要ですね。五本ずつは必須でしょう」

「くわ、かま、すき……?全て同じ道具に見えるけど、違うものなのですか?」


 どう見ても違うだろと内心突っ込みながら、店主は道具を説明する。


「鍬は土を耕すもの、鎌は雑草を刈るもの、鋤は地面を掘ったり整えたりするものです」


 と、言われてもピンとこないドルトは適当に頷きながら尋ねる。


「ほほう、ちなみにどうやって使うんです?」

「例えば鍬なら……こんな感じで土を掘り起こしていくんですわ」


 店主が鍬で地面を掘り起こしていくのを見て、ドルトはピンと来た。


「なるほど……地竜が爪研ぎをする要領ですね!」

「は? いや、ただ普通に掘り起こすだけで……」

「わかりました!やってみます!」


 困惑する店主から鍬を奪い取ると、ドルトは地面に鍬を突き立て、ゴリゴリと引いていく。

 確かに爪研ぎに似た動作。

 しかし、それでは刃を擦り付けているだけで、土を掘り起こす目的を果たしていないのではと店主は思った。


「どうです!?」

「え、えぇ……いいのでは?」

「ありがとうございます!」


 どう見てもよくなかったが、店主はドルトの機嫌を取るためそう言った。

 後ろめたさから、店主が不審な挙動で目を逸らしたがドルトはまったく気にしない。


「このクワ、でしたか。五本でいくらですか?」

「へい、本来は銅貨10枚のところ、特別に8枚でお譲りします」

「おお! それはありがたい! ではそれで」


 本当のところ、鍬一本銅貨1枚がせいぜいである。

 それを8枚はぼったくりもいいところだが、ドルトは全く気づいていない。

 この調子で売りつけてやろうと店主は話を続ける。


「他には何か?」

「そうですね。これなどは……」


 店主が言いかけた時、ドルトの目が鋭く光った。

 ぼったくりがバレたかと肝を冷やした店主だったが、どうにも様子が違う。

 そして、理由はすぐに判明した。


「グァォォァァァァァァォォァア!!」


 暴れ陸竜である。

 そこかしこにあるものをなぎ倒しながら、こちらに向かってくるではないか。

 店主は青ざめた。暴走した竜の破壊力は尋常ではない。

 以前、騎士団の竜が暴走した時は市場がめちゃめちゃになり数日はまともに営業が出来なかったほどだ。

 それが、まっすぐに店へと突っ込んできているのだ。

 このままでは店が……狼狽える店主の前に、ドルトが鍬を手にして立つ。


「これ、使えそうだな。……少し借ります」

「あ、あんた何を!?」

「ガルルルルァァァァァ!!」


 咆哮を上げ突進してくる陸竜の前に立ち塞がったドルト。

 店主はもはやこれまでと全身を丸める。


 陸竜が激突し店は粉々、ドルトも店主も吹き飛ばされる。

 店主も、逃げ惑う人々も、この場にいる全員がそう思った。

 ――――しかし、そうはならなかった。

 陸竜は進路を変え、人のいない方へと爆走していくではないか。


「助かった……? あ、あれ? お客さん?」


 気づけばドルトの姿はなく。

 走り去る陸竜の背に、店主は彼の姿を見た。


「え……?」


 呟く店主の目には、鍬を片手に陸竜にまたがる、間抜けなドルトの姿が見えた。

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