第15話王女様、難題を押し付けられる

「約束の竜二頭、確かにお渡ししました」

「うむ、確かに。いや、相変わらず素晴らしき手際の良さよ。どうじゃ、今度はミレーナ王女の城にも行ってみたいのう」

「そうですね。またいつか、機会があれば」

「おお、本当か!? いつじゃ!?」

「その時はまたご連絡を、はい」

「うむうむ、楽しみにしておるぞ。ぐふふ」


 無論、これはただの断り文句。

 またいつか、の機会が永遠に訪れぬ事にガルンモッサ王は気づかない。


「それで、次はまた十日後に、四頭ほど頼みたいのじゃが」

「四頭!?」


 思わず声を上げるミレーナ。

 しまったと口元に手を当て、こほんと咳払いを一つする。


「……それは少し多くありませんか? 最近は頻度も多いですし」

「いやのう、どうも最近竜がよく逃げるらしくてな。その分の補充なのじゃよ」

「それは物騒ですね……一体理由は何なのでしょうね?」


 そう言ってミレーヌは内心でガルンモッサ王を嘲笑した。

 竜は注意深く面倒を見なければ、すぐに暴れ出し、下手をすると逃げてしまう。

 ミレーナ自身痛い目を見た事はあるが、やはり慣れてない頃はそうしてしまいがちだ。

 まともな竜師がいなければ、なおの事であろう。

 ドルトの有能さを理解せず、手放した報いがこれだ。

 おかげで優秀な竜師を手に入れたミレーナだが、それに恩を感じるよりはドルトの事を評価しない事に腹を立てている方が大きかった。


「はて、何が原因なのかのう。特に変わったことはしておらぬはずだが……何か竜が嫌がる様な訓練でもやらせておるとかだろうかの? 竜師どもは問題ないと言っておるが」


 その言葉にミレーナの細い眉がぴくんと上がる。

 ガルンモッサ王はそもそも理由にすら気付いていないようだった。

 自分が辞めさせた竜師の事すら、記憶の彼方のようだ。

 ぴくぴくと、怒りにこめかみを震わせながらもなんとかミレーナは平静を装う。


「……不思議、ですね」

「不思議じゃのう! はっはっは」


 能天気なガルンモッサ王をこれ以上見るに堪えず、ミレーナは目を伏せる。

 彼の口説き文句を「えぇ」「はい」「そのうちに」と、適当に聞き流しているうちに謁見の時間は終わった。




「……困ったことになりました」

「はぁ」


 城へ帰ったミレーナは、ケイトの前でそう呟く。

 ドルトが後ろで竜たちに餌やりをしているのにも気づいていない程だ。

 それほどまでにミレーナは余裕を失っていた。

 何度かのため息の後、ミレーナは意を決したようにケイトの両肩を掴む。


「ねぇケイト、あと十日で竜を四頭、出荷用意出来るかしら!?」

「いや無理ですねー」


 即答だった。

 遠慮などせずはっきり言えばいいと言ったのはミレーナ自身だが……やはりそうかと肩を落とす。


「流石にこう連日では……他所のファームからの納品もしばらく予定ありませんし、仮に納品を受けても竜の出荷にはある程度調教が必要なのですよ? もうすぐ親離れの幼竜はいますけど、今から調整だと流石に間に合いませんって」

「はぁ、まぁそうですよねぇ。わかりました。先方には断って……」

「いけるんじゃないですか?」


 いつの間に聞いていたのか、ドルトが二人の間に顔を出す。


「出荷、四頭なら十日で行けると思いますが」

「ドルトくん?」「ドルト殿?」


 何を馬鹿な、と言った二人に対するドルトの顔は、確信に満ちていた。

 しかし、流石にミレーナは戸惑う。

 本来の管理人であるケイトが即答で無理と判断する案件、それにドルトはまだこちらに来て日が浅い。

 流石に無茶では――――ミレーナはそう考えた。


「ほほう、それはマジかい? ドルトくん。勝算はあると?」

「まぁ多分、いけるとおもう」

「なるほどなーじゃあやってみるかい?」


 意外にもケイトは乗り気であった。

 いや、さっき言ったことは何だったんだとミレーナは思わず問いただす。


「ちょっと、どういうことです?」

「いやぁドルトくんがいけるっていうならもしかして、いけるのかも?」

「い、いい加減ですね……」

「それだけすごいんすよーなんかもう、ずるくて。やっぱり大陸一の竜師なんだなって」


 にははと笑うケイトを見て、ドルトはいつの間に大陸一に格上げされたのかと思った。

 確か大陸に名を響かせる――――とかそんなだったはずなのに。

 そもそも大陸に名を響かせた記憶もないのだが。


「……すごいの見せてもらったので! ねぇドルトくん?」

「はい?」


 何の話ですかというドルトに、ケイトはパチンとウインクをした。

 また二人して秘密の何かしらをしていたのだろうか。

 意味深な言葉にミレーナはまた倒れそうになったが、何とか踏みとどまった。


「で、ではもしかしたら出来るかも、という事ですか?」

「そう先方にお伝えください」

「わかり……ました……」


 よろめきながら竜舎を出るミレーナを、二人は首を傾げながら見送るのだった。




「さてさて、どうするつもりか聞かせてもらおうかな、ドルトくん? 今いる竜は調整ほぼ終わってるのが二頭、幼竜が二頭いるけど、この子たちは未調整もいいところよ?」

「それなら少し見た。離れにいる親子だろう? あれくらいの大きさなら十日もあれば調整は出来ると思う。もちろん、あまり時間がないから頑張らないとだけどな。細かい部分は俺が指示するよ」

「終わってる子は? 幼竜にかまけてたら微調整出来ないわよ?」

「そっちは竜騎士に乗ってもらおうと思う。さっき竜舎を見たら、丁度いいのが帰ってきてたし」

「……ふーむ、確かに付きっ切りならあと幼竜二頭、仕上げられなくはないかも……っていうか竜騎士の知り合いがいるのかい?」

「まぁね」


 ケイトの問いに、ドルトは我に策ありとばかりの笑みを返した。



「はー! つっっかれたー! 足揉んで、ローラ」

「お疲れ様、よく頑張ったわね。セーラ」


 ガルンモッサから徒歩にて帰ってきたセーラとローラ。

 二人は自室にて、休養をしていた。

 そこへコンコンと、扉を叩く音が聞こえた。


「誰か来たようだけど? セーラ」

「あームシムシ。私たちはまだ帰ってきていません。いいわねローラ」

「いいわ」

「じゃあもう少しマッサージの続きを……」


 ……しようとした時である。

 いきなり扉が開け放たれた。


「入るぞー」

「「ぎゃーっ!」」


 入ってきたのはドルト、それに続いてケイトだ。

 二人は猫のような悲鳴を上げた。


「なんだよ、雷竜の子供みたいな声上げやがって」

「乙女の部屋に勝手に入ってくるな! ばか! はげ! おっさん!」

「そもそもなぜ我々の部屋を知っているのですか」

「ケイトが教えてくれた」

「いやーははは」

「「何してくれてるんですかっ!」」

「それはひとまずおいといて」

「「おくなっ!」」


 セーラとローラ、二人の抗議は尤もだったが、ドルトは我関せずといった顔である。

 二人の話を聞き流しながら、自分勝手に話を始めるドルトを見て、ケイトは強いと思った。


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