第14話おっさん、竜と格闘する
「ガァァァァ……! ギィィィィ……!」
「さーて、どうしたもんかね」
苦しそうに鳴く竜を遠巻きに見ながら、ドルトは頭を掻く。
手負いの竜は非常に危険で、竜師がもっとも命を落とすタイミングがここだ。
すなわち、対処を誤った時である。
あるいは傷口に薬を塗ろうとして潰され、欠けた牙を治療しようとして頭をかみ砕かれ……
ともかく、細心の注意を払う必要がある。
「とりあえず現状暴れてはいないし、竜の実でなだめてみるか」
懐から取り出した竜の実をちぎって投げ、様子を見てみる……が、興味を示す様子はない。
やはりまだ興奮状態にあるようだ。
近づくのは危険だが、手当てが遅れるのも少々まずいと思われた。
竜の出血はかなりひどく、下半身までも青い血で濡らしている。
「しゃーない。これを使うか」
ドルトがポケットから取り出したのは、注射器である。
麻酔薬だ。これを打てば竜は立ち所に大人しくなる。
ただし、どうやって打つかが最大の問題だ。
ともあれ、まずは近づいてみるかと一歩、歩み寄るが、竜は首をもたげてドルトを睨みつけた。
グルルと唸り声を上げている。
完全に警戒しているようだ。
ドルトはやはりダメかと断念した。
「そもそも近づくのすら無理そうだな」
近づけさえすれば、運が良ければいけないこともない。
ドルトは今まで多くの暴れ竜の治療をしてきた。
だが一人ではない。誰かしらの協力で竜の動きを封じていたからだ。
暴れまわる竜相手に近づくなど、愚の骨頂。
せめて竜が一頭いれば……そう思ったドルトの目端で、何かが動く。
「キュー……?」
「お前……!」
草むらから出てきたのは26号であった。
26号はドルトに近づくと、頭を撫でろとばかりにドルトの身体に首を巻きつかせた。
「なんだよ。はは、ついてきてたのかよ。もしかして、協力してくれるのか?」
そう言ってドルトは26号の頭を撫でた。
26号は心地よさそうに、喉を鳴らす。
それはドルトの問いに対する肯定だった。
「ギャウウウウ……」
「そうかそうか……よし!」
ゴリゴリと26号の頭を撫でながら、ドルトはもしやいけるかも、と考えた。
――――26号が、ゆっくり怪我をした竜へと近づいていく。
その傍を、隠れるようにドルトが潜む。
竜はやはり警戒するように唸り声を上げ始めた。
しかし26号は歩みを止めない。
竜は26号を敵とみなし、立ち上がり戦闘態勢を取った。
その両腕からぼたぼたと血が噴き出す。
「グルルル……!」
「ギャウウ……!」
完全に竜の注意は26号へ移っていた。
26号と竜は互いに睨み合い、円を描くようにぐるりと回る。
竜が戦闘を行う際の、剣士で言うところの間合いの図り合いにも似た行為。
その際、ドルトが大木の裏に隠れた事に、26号に注目していた竜は気づくはずもない。
さらにぐるりと、半回転。
じりじりと、竜は大木に隠れたドルトへと近づいていく。
もう少し……あと少し……ドルトはごくりと喉を鳴らした。
握った注射器の先端から液体が漏れる。
竜の皮膚は分厚く、硬い鱗にも覆われているため非常に狙いにくい。
狙うなら首筋。一番太い血管がある根元である。
機会は一度、失敗は許されない。
ドルトは気配を殺し、竜の後ろに歩み寄る。
竜の注意は完全に26号は移っており、ドルトの存在すら忘れているようだった。
(今――――っ!)
一瞬の呼吸の隙間を抜い、ドルトは竜の背後か狙った箇所へと注射針を打ち込んだ。
液体が押し込まれ、注射器が空になっていく。
竜の体内に入った液体は、血管を通り全身をめぐっていく。
「ガ……ッ!?」
びくん、と身体を仰け反らせ、竜は手足を数回バタつかせて土煙を上げて倒れた。
ドルトの姿は―――ない。気づいた26号が駆け寄る。
「ガウッ!?」
心配そうな26号が、土煙の中を左右を見渡す。
そして見つけた。竜の右足に挟まっていたドルトを。
逃げ遅れて潰されたようではあるが、無事のようだ。
「あててて……うーん、思ったより身体が動かなかったぜ。全く、年は取りたくないな……退けてくれるか? 26号」
「ガァウ」
仕方ないなとばかりに26号は、尻尾を起用に使ってドルトを挟んでいた竜を退かせる。
何とか脱出したドルトは、腰に手をやりとんとんと叩く。
「いやー、助かったよ」
「ギャウ!」
短く鳴いた26号を、グリグリと撫でる。
どうやら腰を痛めてはいない事に安心し、ドルトは大きく伸びをするのだった。
「ごめーん、お待たせ!」
しばらくすると、竜に乗ったケイトが帰ってきた。
「おー、やっと帰ってきたかー」
「いやほんと、お待たせです。ダッシュで来たよー」
だいぶ急がせたのか、見れば竜はぜいぜいと息を吐いている。
竜の傷はドルトが袖を破って止血しており、麻酔が効いているのか今は眠っているようだった。
ケイトは竜の手当が既に終わっている事に気づき、安堵の息を吐く。
「よかった……アン、無事で」
「まだ応急処置だ。湯を沸かしてくれ。麻酔が効いてるうちに、傷を縫っておきたい」
「わかったよー」
その後、二人は消毒、止血、縫合を行った。
朝が来る頃には竜の傷口はすっかり塞がれ、血も止まっていた。
竜の寝顔は、安らかなものだ。
それを見た二人は互いに手を取り合う。
だが体力の限界だったのか、二人とも身体をよろめかせた。
ぐったりと大木に寄りかかるように、寝そべる。
「はぁ、疲れた……」
「ほんとにごめんよ、ドルトくん。私……」
「気にするなよ。失敗は誰にでもあるさ」
はははと笑うドルトを見て、ケイトは思わず苦笑する。
勝手に嫉妬しておいて、失敗して、しかも見事な対処をされ、しかもフォローまで入れられると、もはや何も言えない。
お手上げだなとケイトは首を振った。
「ギャウー」
「あらドルトくん、そういえばこの竜は?」
「あぁ、ガルンモッサの竜なんだが、勝手について来ちゃってさ。こいつを取り押さえるのに協力して貰ったんだ。ありがとな、26号」
「ちょ、何んすかその名前ー!? 26号て、適当にも程があるでしょー!」
「いやぁ、大量に面倒見てたら名前を憶えられなくて……」
「もっと愛を持って接しよう!? 大陸一の竜師さんなんでしょう!?」
「いやぁ、ははは」
ケイトの言葉にドルトは愛想笑いを返すのみだ。
あれだけ竜の事に詳しいのに、この無頓着具合である。
一度は見直したとはいえ、やはり根本的に分かり合えそうにないと、ケイトはドルトのいい加減さにため息を吐いた。
それでも心底、と言った感じではなく、その表情は和らいでいたが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます