第13話おっさん、飼育法でもめる
「なに? また竜が逃げ出しただと?」
「最近妙に多いな」
「昔はそういう話は滅多に聞かなかったが」
ドルトの去った数日で、ガルンモッサ竜騎士団の竜は早くも三頭いなくなっていた。
残った竜師たちは首を捻るが、原因はわからない。
それもそのはず、彼らは竜師といえど、現場には全く出ることはない文官なのだ。
汚い仕事、力仕事は全てドルト任せ、椅子にふんぞり返り、命令を下すのが仕事なのである。
しかし実際は、逆。
結果的に全てを管理しているのはドルトで、彼らは言われるがまま資材を手配し、スケジュールを管理し、買い付けを行なっていた。
それは竜の調子を適宜見て行われていたのだが、ドルトのいなくなった今では当然まともに行われていない。
何せ彼らは未だ現場に出る事はなく、日がな一日部屋で卓上遊戯を楽しんでいた。
ぱちん、と馬を象った駒が、城を象った駒を弾く。
「おっとこれはやられました」
「ふふふ、待ちませぬぞ?」
「ならばもう一局」
もう一度駒を並べ直し、彼らはゲームを再開する。
椅子の下に転がった竜の駒に気づくものは誰もいない。
結局、竜が逃げ出す問題は疲弊が問題という事になり、兵たちには竜をよく休ませよと伝えられたのみ。
勿論それで竜が逃げるのが止むことはなかった。
「はぁ、ずいぶん懐いたもんですなぁ」
呆れたように言うケイト。
その視線の先には、何匹もの竜を引き連れたドルトの姿。
「あー? 何か言ったかー?」
「いーえ、べつにー」
ドルトが城に滞在して5日が経った。
いつのまにやらドルトはケイトよりも城の竜について詳しくなっており、その結果多くの竜を懐かせていた。
その数はケイトより多く、ケイトは軽い嫉妬を覚えていた。
「なんだよ?」
「なんでもないっすよん」
「……まぁいいけど。それより今日は走行訓練だっけ」
「せやな。色んな人を乗せる訓練もかねて。違う竜に順に乗っていく……はいよーっ!」
そう言ってケイトは竜を走らせ、ドルトもそれに続いた。
ある程度走らせては止まり、乗る竜を代える。
そうしてしばらく走り、また代える。
交互に繰り返しているうちに泉が見えてきたのでそこで止まった。
「ふぅ、そろそろ休憩にしよっかー」
「あいよ。お前ら適当に水浴びてきな」
ドルトは草原に寝転がると、竜たちにそう命じる。
竜たちはバシャバシャと湖に入ると、各々水浴びを始めた。
ケイトはというと、竜たちと共に泉へと入っていく。
「アン、ロア、エメル、デュース、あんたら汚れてるでしょう。洗ったげるからこっちきなさい」
「ギャウギャウ!」
「こ、こらきみは違うでしょ。あーもうアン! アンタは奥へ行かない!」
「……」
悪戦苦闘するケイトを一瞥し、ドルトは目を瞑る。
しばらく一緒に過ごしてみてわかったが、ドルトとケイトでは決定的に違うところがある。
ドルトは基本的に放任主義。だが逆にケイトはかなり竜にかまう主義なのだ。
基本的にケイトとは気が合うドルトだが、こればかりはどうしても受け入れがたいものがあった。
竜は元々野生でも強者……あまり構うと調子に乗るし、扱いにくくなる……とは忠告したドルトであるが、ケイトはそれを受け入れなかった。
自分は世話をしたいから、ドルトくんがやりたくないなら手伝わなくていい、と返されたのである。
「うーつかれたー。腕がいたいー」
「手伝った方がよかったかい?」
「いーえ結構です。私がやりたくてやってるので!」
「なら、いいけど」
ケイトはきっぱりと言い放つ。
意外と頑固で譲らないので、ドルトは彼女にそれ以上言わなかった。
ちなみにドルトが面倒を見ていた竜は勝手に泥浴びをして適当に引き上げさせ、ドルトと一緒に昼寝をしていた。
疲労困憊のケイトと違い、ドルトは万全である。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「そーだね……はぁ」
ため息を吐きながらケイトは竜に乗る。
正直言ってケイトはドルトにがっかりしていた。
最初は竜の事をよく理解した、素晴らしい人が来たと思った。
だが、しばらくすると彼がかなりの怠け者だと気づいたのである。
食事量は少ないし、水浴びや運動もほったらかし。
最低限の手間しかかけるつもりはないといった感じだ。
その件で一度言い争ったが、そのスタンスを変えるつもりはないようである。
それでいて竜たちの反応は悪くないのが、また腹立たしかった。
(んーやっぱりドルトくんのやり方がいいのかなぁ。っても今更それも難しいし……)
ケイトは今日何度目かのため息を吐く。
先輩という手前、素直に後輩の言う事を聞けない自分の頭の固さも、その原因の一つだった。
「ケイト、危ない!」
「ふぇ? ――――」
ぼおっとしていたケイトの目前に、大木が迫る。
避けようとしたが間に合わず、竜は大木に激突してしまった。
木々が揺れ、葉が舞い落ちる中、ドルトが竜を走らせる。
「ケイトぉ!」
地面に投げ出されようとしたケイトをドルトは何とか受け止めた。
走馬燈が見えかけたケイトだったが、無事を確かめるべくぎゅっと瞑った目を恐る恐る開けた。
目の前にはドルトの顔があった。
「……ぎゃー」
「悲鳴、おせぇよ。そして汚い」
「おおー、もしかして助けてくれた?」
「まぁな……でも」
ドルトは視線を大木の方へと移す。
大木に激突した竜は倒れ、右足からは血が出ていた。
「……ッ! アン!」
「落ち着け。怪我してるから興奮している。近づくと危ないぞ」
「で、でも……っ!」
「俺が見張ってる。ケイトは竜を連れて戻れ。で、救急箱を早急に持って戻ってきてくれるか?」
「ぅ……ごめん、本当にごめんよ……」
うっすらとケイトの目に涙が浮かんでいるのを、ドルトは気づかないふりをした。
出来るだけ爽やかっぽい笑みを浮かべ、ケイトの額を指ではじく。
「ほら、頼んだぜ? 先輩」
「……」
ケイトは涙を袖で拭うと、こくんと頷いた。
そして竜を連れ、走り出すのだった。
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