第7話おっさん、第二の人生を歩む

「セーラ!」


 しばらくして、飛竜と走竜が追い付いてきた。

 乗っていたミレーナとローラは竜から飛び降りると、セーラの元へと駆け寄る。


「セーラ! よかった!」


 セーラに抱き着くローラ。

 ミレーナは細い指で目元をぬぐった。


「全く、心配しましたよ。怪我はないようですね」

「ごめんなさい……二人とも」


 三人が抱き合うのを見て、ドルトはその場を離れる事にした。


「それじゃ俺はこの辺で……」


 そう言い残して。

 これ以上厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁だと思った。


「待ちなさいよ!」


 それに気づいて止めたのはセーラだ。

 ドルトに駆け寄り、その腕を掴む。


「それだけすごいのに、なんで竜師やめちゃうのよ」

「いやぁ竜師ってつらいし……それに俺、田舎で畑を耕そうと思ってるからさ……ってさっき言ったろだ?」

「えぇ言ったわね……はぁ」


 ため息を一つ吐くと、セーラは続ける。


「……なら、私が農業のやり方を教えてあげる。これでも農家の出なのよ私。だからドルト……さん。竜師になって」


 突然の申し出に、その場にいた全員が驚く。

 いいですよね? とアイコンタクトを送るセーラに、ミレーナはこくこくと頷いた。

 一瞬驚いたドルトだったが、それはちょっと面倒そうだと思った。

 そもそも農業なんて教えてもらう程度のものではない、と。


「いや、それはちょっと……畑くらい自分一人でできるんで」

「ほほーう。そこまで言うならやってみなさいな。見ててあげるわ」

「む……いいだろう。しかと目に焼き付けるがいいさ!」


 そこまで言われては黙ってられぬとばかりに、鍬を片手に地面を耕し始めるドルト。

 その所作はあまりにも――――畑仕事など遠目にしか見ないミレーナにとってさえ、拙く見えた。

 農家出身のセーラにとっては言わずもがなである。

 セーラはドルトの物腰からして出来ない子だと思っていたが、あまりにもその、予想をはるかに超えてダメダメだったので、苛立ちを隠せずにいた。


「ふぅ、こんな感じだろ?」


 爽やかな笑顔のドルトに、セーラの堪忍袋の緒は切れた。

 その顔は鬼と化していた。


「なぁーにしとっとばーい!」


 突如、吠えるセーラ。その口調のあまりの違いっぷりに、さしものドルトも驚く。

 セーラのこの、普段とは全く異なる言葉遣いスラングは、田舎の農家特有のものである。

 セーラは感情が高ぶると、全力でそれが出てしまうのだ。

 つかつかと歩いて、きたセーラは、ドルトの鍬を掴み取った。


「ちょおー貸してみせ! 手本みしちゃるっけえ!」

「あっはい」


 あまりの迫力に、ドルトは即座に鍬を手渡す。

 そんなドルトに目もくれず、セーラは鍬を手に地面を耕し始めた。


「鍬ってのはなぁ、こうやって使うんだぁ! 腰ぃ入れてやるんだっぺ! 腰を!」


 セーラの、腰の入った一撃が地面へと叩きつけられていく。

 まるで水車のような力強く、流れるような動作に、全員が見入っていた。

 ちなみにローラとミレーナはこの事を知っているのだが、何度見てもすごいなぁと感心している。

 ……凄まじい速度で畑が出来ていくのを、皆が見守っていた。


「どうだべさぁ!」

「……えーと、すごいっす」


 額の汗をぐいとぬぐい、満面の笑みを浮かべるセーラにドルトはそう返すしかなかった。


「だろがぁ!? はっはっは――――」


 そこでようやく我に返ったのか、セーラの顔を真っ赤になった。

 ドルトはドルトで、そこまでやってここで照れるんかい、と内心突っ込んだ。

 しばし沈黙ののち、セーラはドルトを睨み付け、ずびしと指差す。


「……そ、それでどうすんの!? 私はどちらでもいいのだけれど!?」


 若干キレ気味ではあるが、セーラは普段の口調に戻っていた。

 顔は真っ赤なままだったが。


(正直言って、気は乗らないんだが……ふむ)


 ドルトはセーラの耕した見事な畑を見て、ふと気づいた。

 これはあれだ。竜が爪研ぎを子に教えるようなものだ。


 地竜は土で爪研ぎをするが、それを教えるためにこうして地面を抉り、子に見せてやるのだ。

 例えば親を失ったりでそれを習わなかった子竜の生存率は著しく落ちる。

 ドルトは拾った地竜の子にそれをやって見せ、教えた事がある。

 それと同じことを、このセーラはしようとしてくれているのだ、と。

 だとすると、無下にするのは少々悪い気がした。


「私からもお願いします。ドルト殿。竜師の仕事は手が空いている時でも構いませんので」


 ミレーナの言葉に、ドルトはゆっくりと頷いた。


「……わかりました。不肖者ですが、世話になってもよろしいですか?」


 その言葉に、ミレーナはパッと顔を明るくする。

 何度も、こくこくと頷いてドルトの手を取った。


「はいっ! こちらこそお願いしますっ!」


 花が咲いたような笑顔のミレーナを遠巻きに眺めながら、セーラとローラは小声で話す。


「あなたが一番反対してたのに、あんな事まで言い出して……どういう風の吹き回し?セーラ」

「あいつがただのおっさんじゃなかったってことよ。ローラ」


 セーラが仲良さげな二人を見て、少し寂しそうにしているのをローラは見逃さなかった。

 にんまりと笑みを浮かべるローラを、セーラは何だか不気味に思った。


「な、なによ……」

「いいえ別に?」

「もー! 変な目で見ないでよね。ローラ」

「だってあなた、からかうと面白いんだもの。セーラ」


 静かだったドルトの日常にはない、騒がしさ。

 ドルトはそれが、別段嫌ではないことに気づいた。

 こんな生活も悪かないかも、と。


「やれやれ、竜にはもう未練はなかったんだけどな」


 それが言葉どおりなのかどうかはドルト本人にもわからぬまま、ともあれ本日これより、アルトレオでのドルトの第二の人生が始まったのである。

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