第17話おっさん、竜と踊る
「いよっ、おはようさん!」
朝早く、離れの竜舎にて。
ドルトが声をかけながらゆっくり近づいていくと、気づいた親竜が首を持ち上げる。
先日よりもかなり近く、触れられる程の距離まで近づくが、親竜は少し目を細めて首を下ろした。
まだ睨んではいるが、警戒よりも興味の色が強いようだ。
ドルトは親竜の警戒が順調に解けているのを確認したが、まだ撫ではしなかった。
「おはよう、早いねドルトくん」
「ケイトか。おはよう」
そんなドルトに声をかけたのはケイトだ。
ケイトは遠慮せず近づいて、親竜の頭を撫でた。
そして振り返り、ドルトを見てふふんと笑う。
「ふふふ、ちょっとだけ優越感だよ。いやー私だけ可愛がっちゃって、悪いねぇ」
「別に、すぐに懐かせてやるから問題なし」
「どうかなー? 上手くいくかなー? 子を持つ親は気が立ってるもんだよー?」
「煽るな煽るな……ま、なんとかするさ」
そうしてまた先日と同様に歩行訓練を開始する。
ケイトが幼竜を抱き歩き、親竜が並び、ドルトがそのすぐ後をついていく。
ただし今度は街の周りだ。
騎竜である以上、人にある程度慣れさせるのは必須。
それ故の訓練であるが……チラチラと視界に入る通行人の姿に、竜は少し警戒しているようだ。
先日と比べ、あからさまに気が散っている。
幼竜を抱きかかえながら、ケイトはドルトに問う。
「ねードルトくん、なんかこの子たちピリピリしてるねー」
「街の外なら、と思ったけど案外人が多いからな。しゃーない。少し離れるか」
「あいよー」
ドルトたちが街から離れようとした時である。
不意に、物陰から子供が飛び出てきた。
あまりにも突然、高い壁があったのでドルトたちが気付かなかったのだ。
「わー! りゅうだー!」
ドルトが、ケイトが止める暇もなく、子供は幼竜に近づき手を触れる。
しまった、とドルトがそう呟いた時にはもう遅かった。
『グルルルルルォォォォォォォ!!』
親竜は怒り狂ったように咆哮を上げる。
威嚇するかのように立ち上がり、手足を広げて幼竜の前に立ち塞がった。
敵意むき出しのその姿、ケイトも子供も、驚き身を竦ませている。
竜の目は子供を、完全に敵とみなしていた。
『ガァァァァァッ!!』
「危ねぇ!」
ドルトは咄嗟に、ケイトから手綱を引ったくり、それをぐるりと束ねて思い切り、引いた。
がぢん、と歯が噛み合う音が子供のすぐ耳元で鳴る。
咄嗟に引き寄せられたことで竜の牙は子供の頭をかみ砕くことはなかった。
ぎろりと睨み付けられ、がちがちと耳元で歯ぎしりをされ、子供は漏らした。
何とか無事かと安堵しながらも、ドルトは声を上げる。
「ケイト! その子を頼む!」
「で、でも……!」
「いいから早く!」
ドルトの腕は普段の倍近くにまで隆起し、額には大粒の汗が浮かんでいる。
全力を越えているのだろう。腕は震え、足は引きずられた跡がついていた。
ケイトはそれ以上何も言えず、コクコクと頷くと子供を抱えて岩陰に隠れた。
竜の視界から隠れれば、刺激することもない。
それを確認したドルトは、視線を竜へと移す。
じっと見つめる竜の目は怒りに赤く染まっていた。
ドルトは覚悟を決めた。
「さて、少し踊ろうかい?」
『グルルルルルォォォォォォォ!!』
再度、咆哮と共に竜は首を上げる。
ドルトは引き絞っていた手綱を緩め、それを許した。
と、共に竜の暴走が始まる。
『オオオオオオオオオ!!』
竜は吠えながら、全身を左右にくねらせて暴れ始めた。
長い尾が地面を叩くたび、土煙が上がった。
振り回す両腕が壁面に当たり、痛々しい爪痕を残していく。
どおん、ごおんと、辺りに轟音が鳴り響く。
「よ……っ、ほ……っ!」
嵐のような暴力を、ドルトは全て躱しながら竜の動きたいように暴れさせていた。
竜が右を向けば自分も右へ、左に行けば左へ、飛び上がるなら自分も、である。
力を受け流し、時には抑え、竜の動きをコントロールする。
ケイトはその姿が、まるでダンスでも踊っているかのように見えた。
「グアア……ウウウウ……!」
「よぉしよし、大丈夫だぞー」
徐々に、竜は大人しくなっていく。
暴れた時は冷静に、竜の行きたい方向へと誘導しながら止めるのが、理想の動きとされている。
ケイトとてそれは知っていたが、ここまで暴意剥き出しの竜を完璧に鎮めるドルトの手際には舌を巻いた。
自分には到底できないだろう。腕力だけでない。心だってそうだ。
竜相手にここまで冷静には絶対なれない。
ドルトの実力は完全に自分を越えていると、ケイトは認めざるを得なかった。
「う、うぅー……」
「おっと、大丈夫だよーボク。竜はあのおじさんが大人しくさせてくれたからねー。よしよし」
ケイトは泣きそうになっている子供を抱きしめた。
またここで大泣きされて、竜を刺激してもまずい。
自分に出来るのはこれくらい。ならば精一杯この子を隠す。
子供はケイトの胸の中で泣きじゃくっていた。
「クルルル……」
「ふぅ、落ち着いたか? どうどう」
竜はなんとか気を落ち着かせ、ドルトも手綱を持つ手を緩めた。
しかし、それでもなお警戒するようにうなり声を上げていた。
(うーむ、やっちまったなぁ。仕方ないアクシデントとはいえ、竜の信頼を損ねたかもしれん)
もう少しゆっくり慣れさせるつもりだったが、これでは仕上がりが遅くなるかもしれない。
そう考えてドルトはため息を吐いた。
疲れもあった。
暴れ竜を止める為、それに合わせて動いたのだ。
激しい運動をして、平気な年齢ではない。
ヘトヘトになったドルトが身体を休めるべく腰を下ろそうとした時である。
ぽふん、と何かの上に座った。
それは幼竜の背中だった。
もちろんドルトがそうしようとしたわけではなく、幼竜が彼を慮ってそうしたのだ。
「お前……」
「きゅーい」
幼竜だけでなく、親竜もまたドルトの顔を舐める。
親愛の証――――竜は常に冷静で、強き者を主人として認める傾向が強い。
暴れた自分を見事に収めたドルトを、主と認めたのだ。
「……そうかい、ありがとよ」
ドルトはそれを素直に受け取ることにした。
可愛らしい声で鳴く幼竜の身体を預け、その頭をよしよしと撫でるのだった。
おっさん竜師、第二の人生 謙虚なサークル @kenkyo
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