第14話 ロックな男

 東京スカパラダイスオーケストラのトロンボーン奏者、北原雅彦氏をご存知だろうか。

 鍛えられた体にドレッドやバーストヘアーと言うレゲエルックスが素敵なおじ様で、大半の楽曲でホーンアレンジを担当する等、個性豊かなスカパラの中でも顔役である彼だが、なんと言っても強烈なのは、そのステージングである。


 彼のライブパォーマンスはホーンセクションの常識を間違いなくぶち壊した。踊るのは当たり前、走る、叫ぶ、振り回された楽器は鞭のようだ。なんでも、バンド活動中の楽器破損率はぶっちぎりの一位らしい。当たり前だ。


 なぜそんなナイスなおじ様の話題を最初に持ってきたかと言うと、本日ご紹介するマイフレンドが、そんな彼のソウルを引き継いでいる、文字通りアツい男だからである。


「アメリカの飯はまずい」


 とあるブリティッシュバー。私の目の前でMacBookを広げながらバドワイザーをあおるのは、音楽学校からの友人、木場(偽名)だ。


「ファストフードなんて食えたもんじゃない。俺は真面目に、犬の飯かと思ったぞ。あの環境ならマックやスタバが神に思える。売れて当たり前だ」


 彼のエッジの聞いたトークトーンはいつもの事だ。最近仕事で赴いたカンザスシティで、ことごとく飯が不味かった事がよほどショックだったらしい。唯一美味かったのは仕事先から紹介されたレッドロブスターで、それも日本円換算で一食分が八千円程度もしたとの事だ。


「健康がブームなんじゃないの?」

「そんなのはアッパー層、ビジネスシティでクリエイティブなビジネスをしている連中だけだよ。日本を見てみろ、健康ヨガだとかジム通い、ヘルシー料理を毎日作るだなんだって、実現出来てるのは同じ様な層だろ」

「なるほど、確かに」

「サプリ文化なんだよ、所詮」


 飯が不味かったくらいでそこまで言うことも無かろう、とも思うのだが、本気でそう思っている所が彼の面白い所だ。


 今では海外に出向くことすらあるメディア関係の仕事に就く彼だが、その学生時代は全くそんな視点を持ち合わせていない、ハッピーなトロンボーン奏者だった。学内でもかなりの頻度で話題にあがる、変わり者だった。


 彼は高校吹奏楽部でユーフォニアムに出会い、それを趣味として経済系の大学へ進学。が、半年も立たずに中退する。「俺は音楽がやりたい。魂はロックだ」という迷言を親に残し、音楽学校へ進学、そこで私と同級生になった。その言葉通りロックに魂を捧げていた彼は、似合っていないのにダークなプリントTシャツとブーツカットダメージデニムと言うロックな出で立ちを四年間貫き通した。

 ちなみに所属は吹奏楽系で、ロックな要素とは無縁なジャンルであり、彼の専攻する楽器「ユーフォニアム」はロックとはおよそ対極に位置する楽器である。ばかりか、ポップスですら登場する事はない、そんな楽器だった。

 偶然にも本校にはユーフォニアムでジャズを開拓するという凄腕の講師がおり、その門下生になった彼は教え通りにジャズテクニックに傾倒、することは無く、師匠に「ユーフォにロックを感じない」と迷言を残し、トロンボーンに転向した。

 そんなもんやる前からわかっていただろうとは思うのだが、彼の切り替えの早さも中々見事で、周囲を驚かせた。まず彼は誰にも相談せずに愛用してきたユーフォニアムを売却する事から始め、新しい楽器を手にするまでは「学ぶ事は無い」と言い残し休んだ。そして突然ブラックラッカー仕上げのトロンボーン(かなり珍しい仕様)を手にして登校、担任の講師に「トロンボーンを教えてくれ」と頭を下げた。ロックだ。


 良識ある社会人の皆様なら想像出来るだろうが、普通はまず「楽器を転向したい」胸を師匠・学校に申告し、それが通るまでは待つか、トロンボーンは買い足して趣味で演奏を続け、晴れて転向が認められた後に、売却する。そんな流れが常識的な所だろう。

 だがまず彼は退路を断った。学校側は急ぎ対応せざるを得ず、結局学年担任(ラテン系のトロンボーンプレイヤーだった)が彼の師匠となり、その名コンビ振りが常に話題となった。


 その後の彼にユーフォに対する未練は微塵もなく「トロンボーンとユーフォを比較した時、ユーフォの劣っている所を百は言える」と豪語し(結局五個くらいしか聞いたことがない)、爆音で練習をし続けた。あまりにも音がでかいので、繊細な練習が求められるクラシック系の生徒からクレームが相次ぎ、ついには資材保管室を改良した彼専用の練習室が設けられた。ロックだ。


 当時の彼は「自分が愛するロックと言うジャンルに演奏で参加出来る」事が嬉しくてしょうがなかったのだ。それはプレイスタイルに現れており、体を激しく揺さぶるパフォーマンスは生徒ばかりか教師陣からも笑いで迎えられていた。本番中余りにも動くので、マイクスタンドを倒す事は良くあったし、そうじゃなくてもたいてい、彼の音はマイクに乗ってなかった。そんな度、彼の師匠である担任先生は、他の教師から「彼はハッピーだね」「彼はアテブリ奏者としては完璧だね」「音がマイクに乗ってないよ」と言われ赤面する羽目になった。後々聞いた話だが、その激しいプレイスタイルについて先生も幾度か苦言を呈したことがあるらしいのだが、「気をつける。でも俺のソウルがそうさせているんです」とまたしても迷言を残し、結局是正を諦めたそうだ。ロックだ。


「そうそう、これ見てくれよ」


 今回は、そんなロックな男、木場が話してくれた話題をお伝えしようと思う。

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