第4話 おっぱい四回分の価値
管楽器であるサックス。テレビでその有志を見る機会は多いだろう。
金属で出来た吹奏楽器であるが、構造上木管楽器に分別されており、正式名称はサクソフォーン(またはサクソホン)と言う。ごく一般的な管楽器の一つだが意外にもその歴史はかなり浅い。その理由はこの管楽器が「発明された」ものだからであり、クラシックオーケーストラにその席が無い理由となっている。ちなみに発明者の名前はアドルフ・サックス。サクソフォーンとはSaxophone、直訳で「サックスさんの楽器」である。
サックスは大きく分けて三つのパーツに分かれており、本体部分、ネック部分、そして口に咥えるマウスピースだ。
奏者にとっても最も大切かつ音色に影響するのがこのマウスピースと呼ばれるパーツで、他の楽器と比べても圧倒的に種類が豊富なそれは、サックスを専攻する者にとって常に悩みのタネとなっている。自分にあったマウスピースと出会えるかどうかが上達に非常に影響するのは言うまでもない。
そんなマウスピースの値段はマチマチで、¥15,000~60,000と幅が広い。これは音楽学校に所属する学生たちにとって決して安くない金額だ。買う前は店舗で試奏出来るが、実際自分に適しているかはしばらく使ってみないと分からない。かと言って安くないのでほいほいは替えられない。困りものだ。
私が二年生の時、ある新型のマウスピースが発売され、それがプレイヤーの間で話題となった。とあるプロプレイヤーが監修し品質の安定した日本製のそれは、またたく間に流行した。
その価格は¥40,000。
それを見て彼女がつぶやいたのだ。
「おっぱい四回分か…」
と。
彼女の名前は齋藤(偽名)。サックスを学ぶために上京してきた田舎娘であるが、非常に恵まれた容姿と、少し時代から遅れたギャルメイクが印象的な女の子だった。明るく快活で友達が多く、そのくせ女子らしからぬ分析力とこだわりを持ち合わせており、男の子達とも話があう。サックス吹きにとって「マッピ(マウスピースの略)何使ってんの?」は半ば挨拶みたいなものだが、彼女はその一歩先まで突っ込んで話せるのだ。「こっちのマッピはここがあーでコントロールがこうだけど、あっちはこうで…」。となれば男子に人気が出ない方が不自然であり、彼女とよろしくやりたい学生は後を立たなかった。
そんな彼女と楽器屋にその新型マウスピースを試奏しに行ったワンシーンだ。彼女の放った言葉の意味がわからず、唖然としてしまう。彼女はそんな私のことなど気にもとめず、手に顎を乗せて考え込んでいる。その腕の隙間からは胸元がざっくり開いたTシャツから美しい胸の谷間が覗いていた。
「ねぇ、おっぱい四回分、って言った?」
「ん? ああ、こっちの話」
見事に流されたが、その時の私には追求する勇気が無く、結局マウスピースは買わずに店を出た。そのマウスピースは非常に優れたコントロール性を備えていたが、音色がいまいち面白く無い。正確なコントロールを重視する門下が多い中、私達が所属していた門下は何よりも音色を大切にする門下だった。
「ちょっと気になったんだけどな。やっぱり高いよ」
帰りにカフェに立ち寄った。都内にあるそこはシックなカフェなのだが、彼女の派手な頭髪とメイクは明らかに浮いている。しかしそのくせ美人なので悪目立ちはしていなかった。そしてコーヒーをストローで飲みながら、こう言うのだ。
「でもまぁ、あれくらいなら全然買えるっしょ」
彼女の金銭感覚は田舎娘とは思えないものだった。多くのブランド物を身に着けていたし、携帯電話は常に最新機種。年間を通して同じものを持っている所を見たことが無い。
「ねぇ、さっきさ、おっぱいがどうとか言ってなかった?」
私は聞かずにはいられなくなっていた。私の中にある予感はどんどん膨れ上がり、もはや確定させるだけの段階まで来ていた。
「やっぱり気になるよね。ごめんごめん。あたしね、おっパブでバイトしてるの」
私は予感が的中した事に喜び、同時に落胆した。
「え、それほんと?」
「うん、まじまじ」
彼女は平然と私の質問に答えてくれた。
おっぱぶで働こうと思ったのは池袋でスカウトされたから。彼女の身なりならもっと良い所で働けそうだが、気に入ったのは勤務体系がかなり気軽だったからそう。
「あとは適当に飲んで、ショーの時間が始まったらおっさんに跨っておっぱい触られるだけ。だいたい親父だけど、たまにいい感じのおっさんもいるよ。そんで一回のショータイム毎に私に一万、つまり四回分って訳」
「へぇー…」
私の眼の前には彼女の谷間があった。こう言うのも何だが、彼女のおっぱいは素晴らしく、それは生徒の間でも話題だった。身長はやや高く全身が細身なのに、胸は大きくて、それも形が抜群に良い。なんというか、内パイがしっかりと張りがあって、素敵な弾力を持ち合わせているのが目視で分かる。多くの人が憧れる胸をしていた。
「あ、もちろん他の人には秘密だよ。色々言う人もいるし、めんどうだから。あたしからしたら、あんなのお金を稼ぐ手段の一つ。せっかく上京して楽器を習いに来てるのに、その練習時間をバイトで費やすなんて愚かだと思わない? 私にはたまたま短時間で割りのいい仕事があっただけ」
と体裁を整えたあと、私に耳打ちする。
「でもね、やっぱり胸は揉まれると大きくなるよ。これゼッタイ」
度肝を抜かれて赤面している私を楽しそうに見たあと、彼女は言った。
「この店、私が出すよ。そのかわり、この後付き合ってよ。もう一個試奏してみたいマッピがあるんだよね」
彼女の綺麗なウィンクが眩しかった。
ちなみに彼女はその後芸能事務所に所属し、エキストラや再現VTRへの出演などで小銭を稼ぎ、イケメンの旦那様をゲットして、素敵なママさんになっている。
度々海外に遊びに行っているようで、SNSで投稿される彼女の水着姿は当時と同じく素晴らしいプロポーションだった。
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