第3話 言い得て妙

 私の後輩に珍妙なあだ名を持つ男がいる。


 その男の名前は鈴木(偽名)。あだ名は「おっさん」だ。



 私が音楽学校三年生の時、「面白い入学生がいる」と新入生中で話題になった男がいた。後輩の指導に先人していた私は彼らの話を聞いてすぐさま会いに行った。


 発見した瞬間に納得した。なるほど、これは「おっさん」だと。


 無精髭をたんまりと生やして見事な腹太鼓を軽快に揺さぶりどっしりと歩くその様はまさに日本のおっさんだった。我が校では伝統的に新入生の入学式と入学演奏会および各種発表会はスーツで行う慣例があり、高校を卒業したばかりとは思えないスーツのくたびれっぷりがまたいい塩梅におっさんを演出していた。口を開けばドスが聞いたトーンで「ええ、まぁ、そうですな、はい」と年季を感じる返答が年齢詐称疑惑を生んだくらいだ。


 彼は卓越した演奏技術と、周囲がついていけない程のオタク気質と音楽的素養を持ち合わせていた。その集中力と追求力は当時から素晴らしく、今となってはそれが功を奏し、実力派アレンジャーとして主にゲーム音楽界隈で活躍している。


 さてそんな個性的な彼はまたたく間に学年を代表する顔となった。その強烈なインパクトのあだ名のせいか、むしろ本名を知らない生徒が大勢いたばかりか、学校の教師陣もおっさんと呼んでいた。自身よりも二回りは上の教師が「おい、おっさんどこいった」と聞いて回る様は中々シュールだったし、翌年の新入生が入学には「おっさん先輩素敵」と黄色い声を投げかけられる始末だ。彼が卒業試験演奏で披露した楽曲名は生徒たちの間で「おっさんの課題曲」と呼ばれていて、現在もなお生徒達の間で流行しているという。


 ちなみに後で知った話なのだが、彼におっさんとあだ名を付けたのは第一話で登場したドラマー、田中である。彼らは同期で、入学式に現れた鈴木を見るなり思わず「おっさんがいる!」と指さして叫んでしまったらしい。「今思うと悪いことをした」と全く悪びれもなく田中は語っていたが。


 彼のおっさんエピソードは枚挙にいとまがない。学校主催のイベントでショッピングモールでビッグバンドライブを行った際、彼のアドリブソロがあまりにも素晴らしかったのでステージ上の生徒や見に来ていた生徒たちが「いいぞおっさん!」「おっさんいけー!」と叫んでいたのだが、その様子がいじめなのではないかとどこかの父兄より学校にクレームが入った。飲み屋の交渉は彼に任せると大抵いいサービスが受けられたし、夜の都内を歩けば彼に群がるキャッチは後を絶たない。海沿いのイベントに参加した時には彼が時前の軽トラック(それもかなりボロい)を出してくれたことや、海を背景に軽トラの荷台でバリトンサックスを演奏するその写真は彼を知る仲間内では宝物のように扱われており、未だにラインのグループトークで頻繁に登場する。



 そんな彼と久しぶりに飲む機会があったので、数名の仲間で集う事になった。しかし数年ぶりに登場した彼は激変していた。


「あれ? え、うそ、おっさん?」

「へぇい、どーもどーも」


 彼は驚くほどスリムな体型に生まれ変わっており、無精髭がやぼったい印象からむしろセクシーな感じになっていた。パンパンだった顔の皮膚は未だにつるつるで、集まった仲間内でむしろ一番見た目が若い。


「おい、どーしたんだよおっさん」


 と、見た目がもっとおっさんな仲間が声をかける。その声に周囲の客数名が振り向いたのは言うまでもない。


「いやー、激務でなぁ。片手間で食べる食生活を送っていたら痩せてしまった。オススメだよ、片手間食生活ダイエット」


 そういって当時より衰えないビールの一気飲みを披露する。彼は今では売れっ子だった。とは言え若手であることには変わりないので、中堅以下の単価で量をこなす生活を送っていたためにそうなってしまったとの事だ。


 若い内から老けている人は、むしろ年齢を重ねた後は若くみえる、というが、それを体現してくれたのが彼だった。


 翌日、彼のSNSには二日酔いに苦しむ様子が語られていたので、「酒の後の頭痛は相変わらずみたいだね」とコメントした所、


「脳に痛覚は無い」


 と彼のお決まりのフレーズが帰ってきた。


 彼の行きつけのバーでは未だに「おっさん」の通称で通っているらしい。

 ちなみにそのマスターが作ってくれた彼専用のカクテルは「OSSAN」と言う。

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