第10話 必殺技に聞こえる
私の出身校には音楽を専攻するコースの他に、様々な専門分野に特化したコースがあった。ダンス学科、ゲームクリエイト学科、声優学科、作編曲学科、音響学科、映像制作学科など。規模こそ異なるとは言え、たいていのエンターテイメントは同一学校内で行えるようになっている。
例えばダンス学科がイベントをやるとする。そのバックミュージックの制作を作編曲学科が、音楽科がそれを生演奏で担当し、音響学科がそれを整え、映像学科がそれにコンテンツを当て、声優学科が司会進行して、収録したものをゲーム等で二次活用する――
そんな訳なので、毛色の違う他学科との絡みもそこそこにある。
あれは二年生のとき。場所は本館の最上階、館内非常階段。
萌え声で叫び続けている女学生がいた。
「これがあたしの全力だぁああっ! くらえぇええっ!」
エレベーターを待つのがだるかった私はたまたま非常階段を利用しており、上空から降り注いだその奇声にかなり驚いた。様々なセリフパターンがあったのだが、どれも男勝り系で、女のかけらは殆ど無い。尋常じゃない反響のせいもあって、魔王ボイスと化していた。
「はぁはぁ…」
階段をこっそりと登れば、かなり身長の小さいふんわり系女子が、屋上の入り口に向かって息を切らしていた。
「なに、やってんの?」
「ひゃわっうっ! びっくりしましたー、はぁーあ」
突然の変な声に驚く私。
これは私の中のあるあるなのだが、「声優を目指している人」で、「どちらかと言えばあまり社交的では無い」タイプに属する人の、「普段の会話が演技がかっている率」は相当に高い。この子もその例に漏れず、アニメっぽい声でアニメっぽいオーバーリアクションで驚くのだ。
彼女は声優学科の有田(偽名)。後に声優学科生と演奏系学科生との橋渡しになってくれる不思議ちゃんである。
「すみません。私、声優を目指しているんですけれど、
と、短い質問に対して詳しく答えてくれるのもあるあるである。
「喉を潰したいからここで叫んでいるんです。ほら、スポーツ部の女子とかが声かれているとかあるじゃないですか。あれですよあれ」
「はぁ」
「でも、やっぱり必殺技がカッコよく言えないんですよね。自分でかっこいい必殺技名とか考えてみてるんですけど、全然思いつかなくて……」
と悩み相談までされてしまった。
しかし私はゲームを始めとしたエンタテイメントが大好きで、彼女の悩みが何となくわかった。かっこいいセリフにはかっこいい技名がついていることが多い。その技名をそのまま言ってしまうと表現がそのキャラクターに寄ってしまう。自分ならではのキャラクターを追求したいなら、自分だけの必殺技名があった方が叫びやすい。
これは自分のサウンドを追求するとき、自分だけのフレーズがあった方がより掴みやすくなることに似ている。そう思ったのだ。
「そっか。そうだね、ところで音楽の用語には結構かっこいい響きのものがあるんだよ。そういうのから初めて見るというのは」
「そうなんですかぁ!? 例えば例えば?」
「例えば――――」
「―――って事があったんだよ」
飲み屋である。例によって学校の近くの行きつけに、いつものメンバーが揃っている。私は有田とのやり取りをみんなに報告していたのであった。
鈴木「なるほどねー、確かにイカした響きの用語、多いもんね」
田中「それで、何を教えたんすか?」
私「アッパー・ストラクチャー・トライアド」
鈴木・田中・おっさん「かっけぇ!」
と一同が笑う。
私「そのあとずっと、階段でアッパーストラクチャートライアドって叫んでたよ」
アッパーストラクチャートライアドとは、(主に)ピアノの伴奏テクニックである。テンション・ノートと呼ばれるカッコいい響きがする音を3つ抜き出して演奏する手法で、これを取り入れるだけで途端にジャズくてシャレオツな響きになる。
この話題をきっかけに、「必殺技っぽい響きの音楽用語」を提案する流れになり、後日それを有田に教えてあげようという事になった。やはりこれも例によって「一番かっこいいものを言った人は支払い免除」となったため、皆必死だ。
私「そもそも
鈴木「
私「それあれでしょ、相手には見切れない攻撃とかそんな設定だよね(笑)」
田中「あるある、ってどこの○○の拳っすか(笑)」
熊田「自分的には、セブンス・サスペンデッド・フォースをおすすめしたい」
おっさん「素直にサスフォーって言え」
音楽学生が集まり、酒を片手に音楽用語を叫ぶ光景は、さぞや滑稽だったに違いない。周囲のお客様にも相当な迷惑だっただろう。しかし若さとは罪、当人達はそんなことには気が付かないのだ。ごめんなさい。
そんなやり取りが繰り広げられ、首位を争ったのは二つの用語だった。
おっさん「リディアン・クロマティック・コンセプト!!」
鈴木「ハーモニックマイナー・パーフェクトフィフスビロウ!!」
確かにどちらも強そうだ。実際接戦で、他にも強そうな単語をかなり探したのだが、この二つに勝てる用語はなかなか出てこなかった。
結局メンバーではどちらを一位にするか決められなかったので、鈴木が「どっちの響きがカッコいいすか」と隣の席で飲んでいた綺麗なお姉さん二人組に声をかけたことで、優勝は「ハーモニックマイナー・パーフェクトフィフスビロウ」に決まった。
この日鈴木は綺麗なお姉さんに「ははは、君たち音楽学校生なの?」「仲いいねぇ、いいな、若いって」と可愛がられた上、タダ飲みになった。正直汚い。
その翌週のこと。「本館の非常階段で音楽専門用語を絶叫する生徒がいる」と教師の間で噂になっていることを耳にした。
今頃彼女はどこで何をしているだろうか。活動名を聞いておけばよかったと後悔する日々である。
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