すいぎょのまじわり ~愉快な友人たち~

ゆあん

第1話 うんちをもらした話 リバイバル

 私は京葉線通勤快速でうんちをもらした事がある。


(その様子はこちらのノンフィクションで語られています

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885527701


 恥ずかしがり屋な私にとってこの事件は秘匿したい嫌な事件だった。

 しかし数年立れば笑い話として消化出来るもの。世の中には時間が解決してくれるものが沢山ある。


 久しぶりの飲み会には旧友が集い、ひとしきり話した後、自然と酒の肴を求めるようになっていた。お互いの恋愛歴など殆ど知らぬことは無いという間がら故、誰が言い出したか「今だからこそ言えることを暴露していこう」となり、じゃんけんで一番に負けた私が冒頭の事件を告白するに至った。


 同情と共に笑い飛ばしてくれた友人には感謝した。


 しかしその中のうち、一人だけ様子が違っていた。


「いやー、そういう状況辛いっすよね。わかりますわ」


 彼は田中君(偽名)。彼だけはハイボールを片手にうんうんと頷きながら同情の目線をくれている。私の後輩であり、ドラム一本で家族を養う若手プロだ。吹奏楽部出身の彼は譜面に強く、求められればほぼ全ての打楽器が演奏出来るという特技のためにミュージカル等で引っ張りだこだ。人の懐に入りやすい愛らしいキャラクターがその人気を支えている。


「自分、今ミュージカルの劇伴やってるんすけど…」


 劇伴とは、劇中歌等をミュージカルの展開に合わせて生演奏するセクションの事だ。ミュージカルの規模によって劇伴の規模も変わってくるが、迫力を出すために生演奏するという目的から、どんなに小さくてもドラム等の打楽器は生演奏される事が多い。そして彼の担当している劇伴は相当規模が大きく、オーケストラが入ってしまっている。


「最近、コンビニのカフェラテに凝ってて。なんでかその日は無性に喉が乾いていて本番前に二杯飲んだんですよ。そしたら、後半が始まったら来まして、あいつが」


 ミュージカルは大抵、前半と後半に分かれている。物語が長いために役者・演奏者の体力が持たないので、転換時間を設けるのだ。これは聴衆のトイレ休憩も兼ねている。そして物語の進行上、大抵後半の方が長い。


「それももう始まったばかりの時に来たんですよ。最初来た時、あ、やべぇなと思ってたんですけど、一度始まっちゃうと抜けられなくて。しかも後半はロックな感じの曲が多いから、増々外せなくて」


 小さい規模のバントやライブなら、出演者や会場の都合によって一時的に休憩を増やしたりする等の対応はあり得る。が、ミュージカルにそれは絶対に無い。舞台は生き物なのだ。始まったら指定の所まではノンストップだ。


「後半になって来たらもういよいよやばくなって。キックすると体が微妙に浮くからお尻のテンションが維持できなくてまじでやばいんすよ」


 ちなみにドラムセットは基本的に手足全てを使って演奏する。右足でバスドラム、左手でスネアドラム。よくあるロックのリズムでいうと「ドンタンドドタン」と聞こえれば、ドンがバスドラムでタンがスネアドラムだ。バスドラムは右足を蹴るように操作することから「キック」と呼ばれることが多い。なのでドラム奏者は演奏する時、自分の座高の高さに合わせた椅子に座って演奏する。そして大抵その形は真円なのだが……


「そうなんすよ。自分の使っているドラム椅子って、自転車のサドルのようになってるんですけど、もう本当にやばいから、そこの尖った所を肛門に押し当ててせき止めてたんですよ。そしたら椅子に体重預けられないから左足がめっちゃプルプルしてきて、上半身はもう大仏のようにピシッと背筋伸ばして。この時ほどサドルの形しててよかったなって思ったことは無かったっすね」


 一同は爆笑した。彼の再現するその動きがいかに異常だったかを物語っている。


「まじかー。え、それ結局最後まで保ったの?」


「いやそれが、最後のフィナーレ終わったあと、演奏者も立たないと行けないんですよ。超盛り上がってドラムセットを叩きまくって、その流れでばっと立つみたいな。そこで……」


「おしりの方もフィナーレしたと(笑)」


 彼はステージの暗転を確認するや否や、トイレに駆け込み、本番用衣装を脱いだそうだ。


 するともうひとりの男性が続いた。


「本番用衣装持ち込んで普段着持ってると、そういう時に便利よね」


 彼の真面目な発言に一同が突っ込む。


「いやいやいや、本番用衣装ってそういう目的じゃないでしょ。トイレが本番って」


 ところが彼は至って真面目なテンションを貫いているのだ。そして衝撃的な発言が飛び出す。


「でもあれさ、クセになるよね。脱糞。」


 一同が凍りついた。

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