第13話 曲の名は

 ラブラブイヤホンジャック。


 そんな言葉が、仲間の間で流行った。 


 チャーミングな名前をつけたのは、我が学校の教師の一人で、魅力的な女性の先生。それは、ある画期的な商品の事を指していた。


 二股イヤホンジャックである。


 これはタコ足電源タップのイヤホン版、と考えて貰うとわかりやすい。1本のオスジャックに、メスジャック2穴がついている。これをipod等にさせば、1つのipodに2つのイヤホンが接続出来るようになるので、二人が同時に、しかもステレオで聴くことが出来るのだ。


 二人で肩を寄せ合って同じ音楽を聴く。だからラブラブイヤホンジャック。二股なのに、ラブラブ。そのウィットに飛んだネーミングセンスが、いかにも先生らしくていい。


 先の回でも述べた通り、音を表立って鳴らせないので、学生達はたいてい、自分のイヤホンの片側を聴かせたい相手に貸し、一緒に聴く、と言うのが通例だった。しかしステレオ音源は左右で流れている音が違い、特にギターなどは右か左に振られている(これをパンニングと言う)ので、特に伴奏楽曲の人達には悩みの種だった。


 これをラブラブイヤホンジャックは一発で解決した。


 他にも、自分の聞きやすいイヤホンで聴ける、とか、他人の耳垢を気にしなくていいとか、いろいろメリットはあった。とにかくポータブルな環境での音源共有環境はより高いレベルになったのだ。



 私はもちろん、ドラマーの田中もすぐに使い始めて、愛用した。二人で何時間もカフェで聞かせあった事もある。コーヒー一杯で粘る我々はお店側からすればかなり迷惑だっただろう。



 そんな折だ。私達のインストバンド(ボーカル不在のバンドの事)の結成数周年記念ライブの話が持ち上がった。会場は都内でも有名な場所で、その活動歴の中でも最大の箱(ライブハウスの俗称)だった。


 では特別感を出したらいいのでは、と言う運びになり、ゲストボーカルを呼ぶことになった。


「いいボーカルいるよ!」


 そう紹介してくれたのは、鈴木だ。鈴木はバンドメンバーでは無かったが、私達の活動には積極的に関わってくれる。鈴木のipodにラブラブイヤホンジャックを指し、そのボーカリストの歌声を聴き、私と田中はその場で紹介を頼んだ。素晴らしい歌声だったのだ。私達のジャンルにもマッチする。



 初顔合わせに向かったのは田中だ(私は別件で迎えなかった)。場所は都内の駅ビル内にある、ブリティッシュ・バー。外国人も多く集うこの場所を打ち合わせに選んだのには、訳があった。


 田中「へい、ジョージ!」

 ジョージ「あ、ハジメマシテ。田中サンですか?」


 こうして本日のメインアクターが集結した。そう、ジョージ(偽名)は、ハワイ出身の黒人シンガーだったのだ。マッチョでファッティ、坊主でB系ファッションと言うアウトロー感丸出しの、しかし腰が低いイイヤツだ。


 彼は日本の音楽に傾倒し、日本語を勉強して来日した。住んで一年と言うことだが、意思疎通が問題なく出来るレベルで日本語がうまい。たまにカタコトになるのが可愛らしい一面でもあった。


 田中とジョージはすぐに意気投合した。未成年のジョージは酒が飲めず、車移動の田中も同じく飲めずで、二人はジンジャーエールと山盛りポテトを頼んだ。


 会話ははずみ、すぐに音楽の話となり、田中はラブラブイヤホンジャックを取り出した。ジョージはラブラブイヤホンジャックに感動しながら愛用のイヤホンを差し込み、お互いの音楽の好みを聞かせあった。二人は夢中だった。次第にライブで演奏したい楽曲の選定に入り、ジンジャーエールも3杯目に入る頃。


 田中は気がついた。


 店内の人の視線が、集まっている事に。目線が合うと、店員も利用者もこぞって視線を逸した。


 これはおかしい。田中はあたりを見回した。そしてその原因に気がついた。


 自分たちだった。


 そこには、肩を寄せ合って仲睦まじく語り合う男が二人いた。ジンジャーエールをストローで飲みながら、お互いを褒めあっている。耳元には1台のipodから繋がるラブラブイヤホンジャック。そしてここは外国人が多い、カフェである。


 二人は、カップルにみえていたのだ。


 確かによく見ると田中も短髪筋肉質で、ジョージの可愛らしい笑顔と所作は、そっちもいけそうな感じに見える。


 周囲は、若いホモカップルの誕生を見届けていたのだ。



「がはは!チョー受けるわ!」


 いつもの飲み屋である。バンドメンバーから爆笑で迎えられた田中とジョージ。この話題もあってか、直ぐにメンバーに受け入れられた。


 私「んで、オリジナル書いてきてくれたんだって?」

 ジョージ「そうなんですよ。キイテクダサイ」


 ラブラブイヤホンジャックを数珠つなぎにして全員が聞き入る。愛をテーマにしたダンサナブルなバラードだった。


「いいじゃん!」


 一同はそのオリジナルトラックとして作り上げることに決めたのだ。これが、ジョージと私達の長い付き合いの始まりだった。


「でも」ジョージが言う。「その曲、まだ名前が決まってなくて」


 鈴木「何言ってんだよ、もう曲名なら決まってるだろ、なぁ?」

 田中、私「ああ」


 私達はキョトンとしているジョージに、答えた。


「「「ラブラブイヤホンジャック!」」」

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