第12話 音の問題

 音楽業界に関わると、乗り越えなければならないのが、音の問題だ。


 音楽は間違いなく、音を出す文化だ。それを時間と言う軸で表現する、芸術だ。

 

 そう、音。


 そして音とは時に、他人を幸福にも不快にもする。

 騒音なんてその最たるものだ。



 こういう話がある。

 ある時、地下鉄が人身事故により停車した。深夜の車内に取り残された人達は、疲労と苛立ちを隠せていなかった。よりによって週末だったから、酒に酔ったサラリーマンも沢山いて、文字通り雰囲気は最悪だった。

 そこに、海外のアーティストが乗り合わせていた。彼らは日本公演の為に来日していた金管四重奏で、その日の公演を終えて宿泊先への帰路についていたのだった。

 彼らは人々の事を思った。すでに停車してから20分が経つ。彼らに少しでも癒やしと、エンターテイメントを提供したい。メンバーは顔を合わせると、ケースから楽器を取り出した。


 この日、その車内はコンサートホールとなった。人々がお金を払って楽しむ音楽を、彼らは車内に居合わせた人々に無償で提供したのだ。


 しかしその行為に世間は湧いた。その様子を偶然撮影してきた人がSNSにアップ、議論が巻き起こり、肯定派と否定派の対立、至るところで炎上が発生した。


「音楽に興味無い、疲れてる、うるさいだけ、迷惑」

「なんて素晴らしい好意、日本人に学んでほしい心」

「日本の文化には浸透しない」


 それぞれの持論を展開し、真っ向から衝突していた。


 そんな流れに終止符を打ったのは鉄道会社だった。彼らはアーティストの所属するプロダクションへ、クレームを入れたのだ。


 これにネット界隈が噛み付いた。あらゆる角度からの意見が書かれたが、鉄道会社はこう答えた。


「彼らの気持ちは嬉しい。だが日本にはそう言う文化が無い。受け入れられない人もいる。電車は周囲に気を使い、静かに乗ってほしい」(要約)


 これを受けて、アーティスト側は声明を発表、謝罪した。


「善意が先行してしまった。日本の文化や人々に配慮のない行動だったと反省している。」



 この話の解釈は人による所があるだろう。

 つまり言いたいのは、音を出すという行為そのものが、例えそれが大変に優れたものであっても、迷惑にあたる可能性がある、と言う話だ。


 さて、ここからが本題である。


 音楽家は音楽を生み出す人々である。制作はもちろん、打ち合わせの段階から様々な音をだす。

「今回は○○のような音づくりで」

「この楽曲にインスパイアされた」

「私の原点はこの曲で」

「さっきのフレーズはこのライブ音源の」

 色んな理由でその音源を再生して相手に聴かせるのだ。それはとても必要な事。

 家を建てようとする時、図面や壁紙サンプル、写真等を見ずに打ち合わせをするだろうか? 新メニューを考案するとき、その素材や試作品を持ち出さずに話をするだろうか?

 つまりそう言う話で、音楽家の場合はそこで音を持ち寄る、と言う話。


 しかし先程も言った通り、音は出せない。本人達が良くても、周りはそうは思わない。でも、音が無いと伝わらない。

 なので仕事人はスタジオに入る。安く済ませるならカラオケと言う手もある。


 だが学生がこれをやるのは難しい。何故なら金が無いからだ。


 それに、音楽の語り合いをするに当たって、それは仕事の話とは限らない。自主活動の話かも知れないし、お互いにブームになっているアーティストを報告しあっているかも知れない。どんな音源を参考に練習してるだとか、このフレーズをコピーしたいけど聴き取れないから代わりに聴いてくれ、今度一緒にこの楽曲をやらないか、など。どれもとても大切な事だ。


 友達同士がお互いの趣味の話をする為に、わざわざ毎回スタジオやカラオケと言うのは不自然だろう。普通に食事しながら話したいというのは、当然の心理だ。また、初めての顔合わせなどで打ち合わせ場所をカラオケに設定するのも不自然。年齢差のある男女の場合は特にそうだ。せいぜいカフェだ。


 しかし、音は伝えたい。ではどうするか。


 この問題に音楽に関わるものは極自然に向き合っている。


 そんな環境での友人の話をしたいと思う。


(つづく)

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