第15話 聖地
木場がカンザスに出向いたのは仕事の都合だったと言う。日本の文化を広める活動を精力的に行っている団体に、同行してほしいと頼まれたそうだ。
私「んで、これ何?」
彼の差し出したスマホには、複数の外国人たちが写っていた。アメリカンカジュアルな男女が、想い思いにポーズを決めている。
木場「これがその仕事のメンツ」
私「全員外国人じゃないか」
よく見ると、その団体の中に木場はいた。顔がそこそこに濃いので、ぱっと見ではわからなかった。
木場「そう。今回の失敗はこの時点で始まっていたんだよ」
蓋を開けてみれば、その団体というのは、「日本文化を愛する外国人の集まり」と言っていいレベルのものだったらしい。つまり、同好会だ。その中の一人に、動画エフェクトの敏腕クリエイターが在席しており、木場の勤める会社は幾度となく関わっていたようだ。いわゆる、断るに断れない案件だった、という訳だ。
世界では今、空前の日本文化ブームだ。日本食に始まり、ユニクロを始めとしたファストファッション、伝統行事や着物、夏祭り。寺など建築。今、日本といえば、世界トップクラスの人気を誇る観光地で、中でも京都は憧れの都市として認識されているのだ。
彼らのような団体がいても、全くおかしくない。
木場「そんで、これね」
木場が見せてくれたのは会場の写真だった。中々立派な建物で、何のホールだろうか。写真をめくると、ラウンジが映し出された。プロジェクトチームがテーブルや小道具を手分けして運搬している様子が映し出されている。
私「たのしそうだね」
木場「ああ、俺も楽しかったよ。この瞬間までは」
それっぽい事を言って一息ためた後に、彼は衝撃の写真たちを見せてくれた。
木場「そして、出来上がったのがこれだ」
テーブルには赤いシートが敷かれ、その上に、落ち武者の兜のようなもの(それにしては少し小さい)が置かれていた。他にも細々としたものが写り込んでいる。
木場「連中はこれを、日本の伝統的かつ普遍的な置き物と紹介したんだ」
私は吹き出しそうになったのを既で耐え、むせこんだ。その後、声を出して笑った。
よく見ると赤いシートはビニール系の樹脂で、真紅ではあるものの、そこに日本の風情は感じなかった。兜についてもいかにもプラスチック製ですと言った質感だ。その兜の横には二段の鏡餅らしきものが直接シートの上に置かれていたが、一番上に乗っているものがミカンではなくレモンだった。茄子を金箔で塗り固め竹串をさして動物に見立てたものや、豚の貯金箱もあった。桜の花として紹介されていた木の枝はどうみても梅だった。
木場「驚くのはまだ早いぞ」
赤いシートの上には、透明のプラスチック製桶が置かれている。収納タンスの蓋を取った、そんな幅60センチ程のその桶には水が貼られており、魚に見立てた色鮮やかなゴムの塊が浮かべられていた。目前の男性はそれら魚達を、右手に持った空のビールジョッキの中へ、左手で握りしめたシャモジを使ってすくい上げようとしていたのだ。
私「これは(笑)」
木場「これが日本の代表的な夏祭りでのスポーツだそうだ」
私は耐えかねて大声で笑った。
木場「連中、金魚すくいとスーパーボールすくいとヨーヨー釣りの区別がつかなかったらしい」
私「この魚の形してるやつ、ひょっとしてスーパーボール!?」
木場「おう。試しに壁に投げつけてみたら凄い跳ねたぞ。形がいびつだから、まるで陸に打ち上げられた魚のように不規則に跳ねていたな。ある意味でクオリティが高いとも言える」
私「日本にいながらこんなスーパーボール見た事ないんだけど(笑)」
木場「安心してくれ、俺もだ」
私はもう一度写真を見た。そのスケールの小さいさ、しょぼさもさることながら、しかし良くこれらを上手くミックス出来たなと感心してしまう。プレイしているイケメン男性の表情が喜々としている所がまた笑いを誘うのだ。
他にも、射的の的としてキューピー人形が置かれていて戦慄した。
木場「これだから日本の文化は勘違いされるんだよ」
彼はそう言って頭を抱えていた。
実際問題、こういう事はよくある。日本で知られている海外の像が、現地ではまるで違うというケースはいくらでもある。アジアに出向けば、日本のカレーは日本料理だと気がつくのと同じだ。良かれと思って広めた人の情報が、正しい形で伝わるとは限らないのだ。木場は日本文化のコーディネーターとして参加出来なかったことをひどく悔やんだそうだ。
他にも、彼の「まずい飯」コレクションの写真を見せて貰った。言葉では言い表せないのだが、とにかくどれも不味そうだった。むしろどうやったらそのカメラでそんなに不味そうに写せるんだと不思議に思う程だった。
木場「日本はいいところだよな。本当。俺はずっと日本にいたいよ」
私は思い出していた。
彼は学生の頃、毎日のように口にしていた、あの迷言を。
「魂が言ってるんだ、おれはいつか、移住するんだ。だってそうだろ、アメリカはロックの聖地なんだぜ」
これを書いている現在、彼はニューヨークにいる。
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