第6話 変態技師の爪痕
変態工房…もとい技師工房エドガーは、技師向けの魔法道具を手掛ける工房である。
学生時代からこの工房にはお世話になっている。その時はこんな風に年齢を重ねたいと思える親父さんが、技師見習いに合う道具選びから調整まで面倒を見てくれた。
スタンレイはその親父さんの息子である。学園の同期ということで、気の合う所も多くなんだかんだと付き合いが続いている。技師としてはまだ若いが、技術は確かなもので親父さんの右腕としてこの工房を支えている。
「で、今日はどうした?愚痴でも言いに来たのか?」
俺が来客用に用意された席に座ると、 スタンレイはこちらを見やる。
口調はいつもどおりだが、若干の心配りが感じられる。こういう所は本当にいい男だと思う。変態趣味に目覚めたことが悔やまれる。
「いや、それがさ…」
俺はそんな旧友の気遣いに感謝しつつ、ハンブル商工会でのことを話した。
スタンレイは俺が話の途中で渡した、2つの腕輪…もっと言えば木製の腕輪に強い興味を示した。
「スタンレイはどう思う?その腕輪」
技師グラスで熱心に観察を続けつつも、彼は考えを話し始めた。
「今、王都でこんな回路書くやつなんかいたか?」
「少なくともアローグにはいなかったし、他の工房作品でも見たことはない」
「俺もだ」
それに、と彼は続ける。
「木製ってのも引っかかる。彫り込みは綺麗だし、始めっから装飾系の回路を組み込む構造になってないよな。学園生の練習にしちゃあ完成されてる。そもそもエクセシオス式じゃないしな。学園じゃあんまり褒められない種類の試作だ。そうは出回らんだろう」
「やっぱり妙だよなぁ…」
「効果もなんだこれ、って感じだな。これ誰向けのものなんだ?さっぱりわからん」
技師仲間が同じような感想をもったことに、俺は少しホッとした。基礎工程主任と呼ばれるようになっても、技師としての見立てに間違いはなかったようだ。
スタンレイはもう一方のアモーリテ製の腕輪を指差す。
「こっちはわかりやすいな、エクセシオス大好き、って感じだ」
「確かに…」
「ま、質は悪くないしこのままでも売れそうだな、効果は意味不明だが。光る装飾品として贈り物くらいの価値はありそうだ」
「流行りの幻影もついてるからな」
「…言ってやろうか?」
ニヤリ、と意地の悪そうな笑みを浮かべられて、俺は目を逸らした。
これは見破られたな、と思った。
「この木製腕輪、ローエンかぶれだな、間違いない。昔の血が騒ぐってやつか?」
ククク、とまるで勇者の弱点を見つけた魔王のように笑う旧友。
こちらの気も知らないで、いやおそらく知っているからこその表情だろう。なかなかに性格が悪いやつだ。
「確かに試験とはよく言ったもんだ。ローエン式をエクセシオス式に作り直せって指示してるようなもんだからな。これは宣戦布告だな、頑固なリアン殿」
「頑固っていうなよ…」
「学園有数の敬虔なローエン信者さんが何を言っても無駄無駄。結局割り切れないでアローグ辞めさせられるんだから筋金入りってやつよ」
魔法技師ローエン。
彼の知名度はあまり高くない。魔法道具の歴史を学ぶ際にちらっと現れるくらいで、ほとんどの人間は学園の講義でようやく知る人物だ。そしてあっという間に忘れる。
ローエンは魔法技師という言葉ができる前から、魔法道具を研究し製作していた。歴史的に見れば魔法道具の父とも言えるはずだが、彼が重んじられないのには理由がある。
エクセシオスが現れたからだ。
エクセシオスは、自身の「華やかで美しいことは、義務である」という言葉通り、当時研究段階でしかなかった魔法道具を、その装飾の巧みさで貴族向けの商品へ昇華した。
華美さを重視したそれらは社交界の注目の的となり、一方で魔法道具を手掛ける技師達の認知度も飛躍的に向上した。この頃、「魔法技師」という肩書も登場したのだ。
これらのことから学園ではエクセシオスこそ、魔法道具の父、とされている。
生み出す魔法道具と同じく、華々しい活躍を見せるエクセシオス。
その陰で、ローエンは静かに生涯を終える。
「少なさは、豊かさである」
芸術品としての側面を強くし、彫り込まれる線が増え続ける魔法道具達。
社交界を盛り上げる引き立て役に抜擢された彼らを見て、晩年ローエンが残した言葉である。
多くを持つことが豊かさの象徴とされる貴族社会に追従するように、長さの増す回路、増え続ける装飾。役割が変質してしまった魔法道具への警鐘とも取れるその言葉は、結局顧みられることはなかった。
エクセシオスを否定するつもりはない。社交界に必要な魔法道具もあるだろう。
でもそれだけではない、と思うのだ。
華美さだけが、豊かさをもたらすわけではない。無駄をなくし、役割に集中する真摯さ、単純さもまた豊かさを生むことができる。
その豊かさがあれば、母の足は今も自由が効いたのではないか。そんな気がするのだ。
だからこそ、俺はローエンで在りたかったのだ。
第二の母を生み出さないためにも。
「戻ってこーい」
気付くと顔の前で手をふる変態技師がいた。
どうやら意識が遠くへいってしまっていたらしい。
「で?ローエンの後継者さん、今日の用事はこれだけか?」
そうじゃないだろ?という顔でスタンレイはこちらに手を出す。
「ルーヴ、なまってるんだろ?見せてご覧なさい」
俺は鞄から、ルーヴもしくは魔法コテと呼ばれるペン型の道具をいくつか取り出した。
回路を彫り込む際に使う、魔法技師の相棒と言える道具だ。
「あーあ、こりゃヒデェな。ルーヴと彼女は手間かけろ、ってのは常識だろ?」
「その常識スタンレイからしか聞いたことないなぁ」
作業机に並べたそれらのルーヴを手に取りつつ、スタンレイは大きくため息をつく。
「全魔法技師が戦慄するほどの名言だっていうのに、この良さが分からないとは…女に縁がないと感性も鈍くなるんだな」
「余計なお世話だ!」
女性にあまり縁がないことは認めるが、感性は豊かだと思いたい!
思わず声を出した俺を見て、作業用の椅子に座ったスタンレイは笑う。
「工房出た後、一回も魔素を通してないな。ルーヴにもフラレちまうぞ」
「長い付き合いだから俺の気持ちも理解してくれるはず」
「言わなきゃ分からないこともある…ってな」
ルーヴは魔素を通しながら使う。その通し方によって、彫りの深さや幅などを調整する魔法道具だ。
俺が学園生時代から使っているルーヴは、しばらく魔素を通していないと挙動が鈍くなってしまう。その日の気候によっても機嫌が変わるくらいだ。
そんなものを3週間も放っておけば、一介の魔法技師がご機嫌を取ることは難しい。
「ほたる石もほとんど切れてるじゃねぇか。万年基礎工程のくせにいつ使いこんだんだ?結構魔素入ってる奴つけてやっただろ?」
「いや、まぁ…工房にいる時は使うこともあったし…」
ルーヴに付けてあったほたる石を確かめつつ、スタンレイは怪訝な顔をする。
「ま、ぼんやりしてただけでも無かったってことか」
しかし、何かを察したように訳知り顔で口角をあげると、彼は本格的に作業を開始した。
「調整の間暇だろ?成形機貸してやるから、
技師グラスを付け、手はルーヴの調整用の道具をもったままスタンレイが言う。
確かにルーヴ調整中はやることがない。それに成形機に関してはどちらにせよ貸してもらえないか頼むつもりだった。
「助かるよ。手動式の成形機は時間貸し工房にもないからさ、半自動でやろうかって思ってたんだ」
「時間貸しの個室なんて息が詰まるだろ。それに半自動なんて甘えだな。手動成形できないくせに技師名乗るなんて、うちの家系じゃ無免許扱いだ」
「アローグも最近はほとんど半自動だなんて、親父さんには聞かせられない」
「嘘だろ!おいおい基礎工程主任さんは何やってんだよ、若手を育ててなんぼだろ?」
「若手は基準さえ満たせばいいから。半自動でやろうが手動でやろうが関係ないんだよ」
成形機というのは基礎工程で使う魔法道具のことだ。インゴット化、つまり塊にしたアモーリテなどを突っ込んで、魔素を用いてその形を変えることができる。
要するに、回路を彫り込む前の道具そのものの形をこの道具で作る、というわけだ。
板状や球体などの基本的な形から、指輪や腕輪などよく使われる形まで魔素の操作次第で成形できる。
この魔素の流し方は成形機によって、手動式と半自動式に分かれている。
半自動式は魔素の流し方が簡単で扱いやすいが、細かい成形は難しく大雑把になりやすい。
一方手動式は魔素を自力で調整するので面倒だが、あらかじめ一部の回路を彫り込むことができたり、素材の厚さを柔軟に変えることができたり、何かと自由が効く。成形後の手作業でやるより、回路が均一な仕上がりになるという利点もある。
そんなわけで手動式は初めは面倒だが、慣れると手放せない便利さがある。
しかし最近は自動式で基礎工程を簡単に済ませて、回路、装飾に時間をかけるというのが大勢を締めるようになった。
そんな中、エドガー工房に手動式成形機があることからも、親父さんの方針がわかると言うものだ。
「お利口フラド君の方針ってわけですか、さすがエクセシオス信者、アローグ工房若手筆頭なだけあるな」
「まあフラドは装飾とかすごいし、皆それに憧れてて早くやりたいって言うしね」
「自動成形に飾りを乗っけても高値で売れるんだもんなぁ、貴族向け工房は羨ましいぜ」
「技師向けは要求が細かいし、まあ自動成形じゃ仕事にならないか」
お互い手を動かしつつ、ちょっと世知辛い魔法技師業界の世間話をする。
学園生時代もこうだった。そのことに思い当たって自然と笑みが零れた。
その後も時折会話を挟みつつ作業は進み、お互いの手が止まったのはほぼ同時だった。
「で、エクセシオス製の腕輪には勝てそうか?」
調整の終わったルーヴを受け取り、鞄に入れているとすこし真剣な様子で尋ねられる。
「正直厳しいとは思う。装飾の工程は工房ではほとんどやれなかったし」
不合格だと言われた腕輪の装飾を超えられるかは、やってみなければ分からない。しかし楽観できる状況でないのは明らかだし、むしろ厳しいくらいだろう。
「これで落ちたら宿屋の手伝いか?」
「飯だけでも食べにきて、売上に貢献してくれ」
スタンレイは腕を組んだまま、わはは、と気持ちよく笑う。
「見本は木製の何やらよくわからんやつ。紹介状もないし、エクセシオス製に勝てる奇策も今はない」
「これで魔法技師も引退か…」
おそらくそんな気がする。
おおよその商工会は回ったし、ハンブル商工会のように取り合ってくれただけ異常なのだ。不合格なら後はないと思っても間違いはないだろう。
「引退作品か」
スタンレイの声に少し熱が交じる。
「本当にそうだと思うなら、好きなようにやれよ。もう失うものもないだろ?」
ファリエ会長の視線と似た、霧の奥を見通すような目。
こちらをじっと見つめる瞳の奥には、彼の技師としての確かな挟持が見える。
「ローエン信者なんてまず日は当たらん。教祖と同じようにな」
「まあ、そうかもな」
彼らしい、大胆な断言だ。しかし的外れではない。
「だが、爪痕は残したよな。だから俺達は彼を知っている」
そう、技師ローエンはその生き方をわずかでも残したのだ。世間知らずの若者が憧れるくらいには。
「やりきれよ、リアン。やりきった奴だけが爪痕を残すんだ。エクセシオスもローエンも変わらない」
スタンレイは何時になく真剣で、そしてどことなく嬉しそうに言った。
「後悔しなけりゃ、お前の勝ちだ」
爪痕なんて、勝ちなんて、どうでもいいだろうとも思ってきたけれど。
それでも赤毛の変態技師の言葉は、霧を吹き飛ばす突風のようだった。
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