第24話 仕事中毒と兎聖女
アモーリテを買っておいたのは正解だった。
サンライニに最初に渡った際は事後承認の形になったが、今回は予め申請を通してアモーリテを持ち込んでいる。
ルーさんによると、定期的に本人の公国に対する貢献度や、信用といったものが調査されているらしい。評価がよくなるほど転移扉の使用や、持ち込み、持ち出し品に対しての自由が効くようになっていくそうだ。
ハンブル商工会ノースモア支部は現在ほぼ閉店状態である。
ファリエ会長が出入りに使ってはいるものの、俺が訪れた時のように受付嬢がいるわけでもなく、技師や所属商店の募集もしていないようだ。
借りてきた鍵を使って支部に戻ると、建物の中はしんと静まり返っている。
サンライニでは比較的賑やかな毎日だったので、昔は慣れていたはずの一人にも少しだけ違和感を覚えるような気もする。
その違和感を振り払うように個人工房室に入ると、早速作業を開始することにした。
今回製作するのは、飲み物を冷やせる魔法道具だ。
狙いはレストロの「売り」をつくること。正確にはいまある売りを、もっと「強い売り」にする。
正直末端技師が狙うような話ではない。明らかに手に余るだろうが、何もやらないよりはマシじゃないかと思っている。
レストロの売りというのはやはり「果実酒」だろう。もっと言えば「冷たい果実酒」だ。
一般にはあまり浸透はしていないが、レストロがもっとも混む時間帯は早朝。まだ朝もやのでるような時間だ。そんな時間から仕事に行く人はティーラ区でもあまり多くはない。しかしながらその層が馴染みの店として選んでいるのは事実だ。もちろん他の店も一定数の常連客は付いているとは思う。
重要なのはその層がレストロの売上に大きく貢献していることである。というより他に常連として選んでくれている層は少ないのだ。
となればこの層に当てはまるお客さんだけに提供できていて、彼らが気に入っている点こそ、レストロの売りであり、一般にも通用する可能性のある長所だとは考えられないか。
合わせてスタンレイの話もある。やはり冷たい飲み物を自由に注文できるのは高級な店に限られる。もしくは冷やすための魔法道具を持っている貴族や金持ちの屋敷くらいだろう。そもそも庶民はそういった味を知る機会そのものも少ないのだ。
ノースモアより温暖なティーラ区。しかも季節の巡りでこれから更に温度は上がっていくらしい。庶民向けの宿で冷たい飲み物を用意するのは難しいはず。
しかしだからこそ確実に美味しいと思ってもらえる素地があるといってもいい。
そこへレストロは美味しくて冷たい果実酒を出す宿になったらどうだろう。
高級品であるはずの冷たい飲み物が比較的手軽な価格で飲むことができる。宿というよりは食事処としての側面が強くなってしまう可能性も高いが、選択肢としてあってもいいのではないだろうか。
ただ飲み物を冷やせる魔法道具を作るには大きな課題点もある。
兄さんのカップで起きたことと同じ、温度の調整だ。
スタンレイとの話でも出たが、何かを冷やしたり暖めたりする、といった回路はその調整に難がある。
その冷たさや暖かさをちょうど良い状態にするのが大変なのだ。基礎的な魔法回路では火が出るほど熱するか、それこそ凍ってしまうほど冷やすか。この両極端である。
簡単な制御の方法もある。これはかつてニアが持っていた腕輪でもなされていた手法だが、回路自体をある種未完成な状態にしておく方法だ。
本当なら火が発生するほどの回路を、未完成な状態で彫り込むことでぼんやり暖かい、というのは再現できる。同じようにぼんやり冷たい、も再現できる。
しかしながらあくまで「ぼんやり」程度だ。焚き火で手を暖めるほどの熱さは出ないし、冷たい風が少し吹いたかな、くらいの効果にしかならない。
ハンブル商工会で受けた試験の際、新しい腕輪に施したのはこの方法だ。少し工夫を加えることでやや暖かさを増すようにはしたが、まあ微々たるものである。火傷するほど熱くなってしまうより、やや温度が足りないくらいのほうがいい。腕輪から効果を出して、手を暖めるくらいの範囲だ。少し長めに使えばある程度なんとかなるくらいの調整にはした。
本格的に求める温度を再現するなら、実際には長い回路が必要となる。また回路が長くなれば必要な魔力も大きくなる。大きく質のよいほたる石を惜しげもなく使うか、必要な訓練を積んだ人間がいなくては満足に効果を得ることもできないのだ。
当然回路が長いのだから魔法道具そのものも大きくなる。魔力の効率を求める必要もあるので高価なアモーリテを使う必要もある。
結果魔法道具自体も高いし、その維持費も高い。だからこそ適温を維持する魔法道具は金持ちか貴族くらいしか運用できないのである。
経営が悪化しているらしいレストロには、当然そんな投資はできないだろう。そもそもその投資が成功し、収益が増したとしても維持費がかかりすぎる。
暖める種類の魔法道具はそれでも簡単なほうなのだ。料理を作る際に火を使えるのは助かるし、お湯をつくるのだって鍋を火にかければいいのだから、魔法道具自体が適温である必要はない。
だが凍らない程度に冷やす、となるとどうしても回路の効果を制御する必要がでてくるだろう。
求められるのは、飲み物を丁度良い冷たさにできること。
初期投資は少なめであること。運用費用も抑えられること。
使用する魔力は可能な限り少ないこと。
そこで今回はカップより大きめの、水差しのような魔法道具を作れないかと考えている。
お客さんに出す前に、まずその水差しに果実酒を入れる。そして魔法道具を発動させて、適温に冷やした後お客さん用のコップに注いで提供するのだ。
この方法であればその都度冷やす必要はあるものの、代わりにほたる石は必要なくなる。維持費は安く済むだろう。
後は回路を短くする方法である。
これにはアケイトを使う。
そもそも温度を扱う回路が長くなるのは、回路に流れ込む魔素を調整するためなのだ。
魔力は人によって当然大小がある。それに一定の魔力で長時間魔素を流し続けるのは、重い石を長い間同じ高さで持ち続けるようなものだ。訓練したとしても、それなりに負担のかかる作業だ。ほたる石の品質によっても、流れ出る魔素量は変わる。
そういった魔素量の変化を直接反映してしまうのが温度を扱う回路だ。沢山の魔素が流れれば強く効果がでるし、流れる魔素が少なければ効果は非常に薄くなる。
その振れ幅をできるだけ小さくする回路というのが非常に長い。
流れる魔素が多ければ離散させ、少なければ魔素を補充するような仕組みの回路である。こういった臨機応変さ、対応力をもった回路ほどどうしても長くなってしまうのだ。
そこでアケイトである。
この鉱石を回路内に組み込んでしまうのだ。
アケイトは加工のやり方によって溜め込む魔素を調整し、回路に流れる魔素を一定化できる。かつてシスティに痛いところを突かれて必要のなさが露呈したやり方である。
このやり方だと、魔力が足りない場合はどうにもならない。この仕組みがやっていることは引き算だからである。多く流れすぎた魔素を吸収して減らし、結果的に均一化しているのだ。
ただサンライニならこの方法が障害になりにくい。ノースモアより魔素が多いからである。
腕輪を作った際に使った回路の浅さを変えるやり方で、沢山魔素を取り入れやすい構造にすれば発動しやすくなるだろう。
「よっと…」
手荷物からアケイトを取り出し、机の上に並べる。
ノースモアではアケイトは非常に手に入りやすい。ほたる石を採掘する過程で産出するし、庶民向けの道具類にお馴染みの飾りとして付けられていることも多い。貴重品ではないが、綺麗な色のものもあるからだ。
今回買ってきたのは、木工屋に出してもらった業務用のものである。要は道具にあしらう前のアケイトだ。
当然自分では加工できないので、追加料金を支払って適度な大きさに加工してもらった。大きめから小さめ、厚めから薄め、とりあえず色々な形を用意してもらい、実験に使ってみることにしたのだ。
「よし、じゃあやってみるか」
エドガー工房で成形させてもらった幾つかの基型に、早速回路を彫っていくことにした。
「おーい、仕事中毒くーん?」
ファリエ会長が不名誉なことを言いながら俺を揺らす。
「中毒ではないですよ…」
何も抗議しないのも悔しいので、いささか説得力にかけるとは思いつつも反論の弁を述べる。
貴族に対して反論しようと思った時点で、俺も随分とハンブル商工会に毒されてきたようである。
「休暇中に工房室篭って作業、挙句の果てには数日間の寝泊まり込みまで。中毒じゃないのなら、一体何なのか説明していただけますね?」
にっこりと笑顔を浮かべたルーさんも一緒のようだ。しかしその目は一切笑っていない。これは非常にまずい。聖女がお怒りになっている。邪教っぽいリアン教は聖女に浄化されようとしているのではあるまいか。
思わず顔をそむけた先には銀髪の貴族がいた。
目があったことに気づくと、ファリエ会長はふるふる…と力なく頭を振った。
ノースモア支部に彼女も来ているとは思わなかったし、いきなりこんなことになるとも思わなかった。言い訳の用意もない今の状況は、丸腰で敵地の中心地に放り込まれたも同然である。
そして援軍の申請は却下されてしまった。いや、敵が強大だったため既に投降済みだったと言えるだろう。
結果、末端技師の逃げ道は完全になくなり、聖女のいかづちは寸分違わず俺に直撃することになった。
あやうく浄化されそうだった自分だったがなんとか耐えたと思う。兎族は怒るとやっぱりこわかった。
「それで、どうして休暇なのに工房室使ってたんですか?確かに鍵はお貸ししましたが…」
まだ怒りが収まっていないのか、普段より刺々しい雰囲気を纏ったままのルーさんに問い詰められる。
「いや、俺あまり友人もいないですし…その、行きたいところもさほどなくて…」
あまりおおっぴらにするのも恥ずかしいお話だが、誤魔化しても仕方ないし、いづれ明らかになる事実だろう。とにかく怒れる聖女に逆らうのは得策ではない。ここは率直に真実を述べるまでである。
「あっ…、…えっと……そうですか…」
ルーさんの罪悪感と憐憫の情が混ざった視線は、兎族のいかづちより刺さったかもしれない。無性に悲しくなってくるのでやめていただけないだろうか。
「くっ……うっ…ぷふ…っ」
そちらの人は笑いが抑えられていないので、もういっそ笑っていただけないだろうか。
説教されている最中よりも浄化に近づいたと感じたのは気のせいではないだろう。次回以降は無理をしてでも遊びに行こう。目から何かが流れそうになるのを必死にこらえたことは内緒である。
「冷やした果実酒か…確かにありかも知れないね」
「トレラさんの果実酒は本当に美味しいですもんね!」
俺が発見されたのと同時に、試作を進めていた魔法道具は二人に見つかることとなった。隠す理由もないし、二人の意見を聞いてみたいところでもあったので、仕組みを説明することにした。
魔法道具そのものについての反応は上々であった。
ファリエ会長も冷えた飲み物の美味しさについては認めていたし、ルーさんからはこれからの時期には最適で良いと思う、ということだった。
しかしながら二人の表情はあまり冴えないものであった。
「確かに魅力的な魔法道具ではあるけれど…レストロの経営状態を改善して融資を受けなくてもいいようにできるか…って言われると決め手に欠けるかもしれないね」
「やっぱりそうですか…」
最初から予想していたことではある。あくまで少しでもいい方向にいけば、という発想で始めたのでこれ一つで何とかなる…とは思っていない。しかしそれでも元気の出る話ではない。
「それに、ニアちゃんが素直に受け取ってくれるかどうか…」
ルーさんは困り顔でそう零す。
「ニアちゃんとしては、やっぱり施しを受けるような形は嫌だと思うんです。私達に対してもそういう風なお願いってしませんし…」
「まあニアくんはああ見えて頑固なところがあるからね。リアンも頑固さじゃいい線いってるとは思うけど」
ふっと笑みを見せてファリエ会長は言う。
俺はそこまで頑固だろうか…器用に立ち回ることができないのは自覚しているつもりだが…
とは言え、ルーさんの言うことも分からなくはない。
ニアは今でも自分なりに行動をしているのだ。色々と思う所もあるだろう。
「少なくとも、なるべく平等にいたいって気持ちはある気がするよ。だからこそ悩んでいるとは思うけどね。やっぱりトレラさんのことは大切に思ってるだろうし。でも安易にハンブル商工会が手を出せないってことも分かってる。リアンに何か頼むにしても、魔法道具については彼女は素人だしね」
「一応、宿に泊ってもらってますし、レストロの魔法道具の修理もやってくれていますからね。ニアちゃんとしてもこれ以上リアンくんに何かしてもらうのは…と遠慮しているところもあると思います」
別に修理や調整といっても大したことをやっているつもりはないし、宿代が安くて助かっているのはむしろこちらである。
とはいえそんなことを声高に主張したところで、押し付けには違いないかも知れない。
押し付ける度胸をもつのは教義であるが、受け取ってもらえそうな押し付け方を選ぶ必要性を無視するわけにはいかないのだ。
ううむ…どうするべきか。と、考えているとファリエ会長が切り出した。
「彼女を納得させて、ハンブル商工会が関わるための策なら一つあるよ」
貴族の一言に思わず顔を向けると、そこには俺に契約を提案したときと同じ、笑顔の悪魔がいた。
「レストロに、実験台になってもらうんだ」
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