第23話 学園生の贅沢
やや警戒しつつその魔法道具に触れる。
まあ俺自信に危険が及ぶことはないだろう。しかしながら…
「あふっ!」
変態が呻く様子を見せられるというのは、それはそれで微妙な気持ちになるので自重してほしい。
「おおリアン、久しぶりだな」
エドガー工房の変態技師は爽やかな笑顔で言う。
ここだけ見れば普通なんだけどなあ…。
「…ふむ、今回はちゃんと使ってたみたいだな」
技師グラス越しにルーヴを観察しつつ、スタンレイは言う。
「ま、無職じゃなくなったんだから当然といや、当然か。とりあえず魔素は大分減ってるから、ほたる石も変えとくぜ」
「ん、頼むわ」
サンライニ側に行ってから、魔法道具の修理や、ウーミィ関連の作業があったので、ルーヴは毎日のように使っている。
アローグ工房3年目の時点では、成形機で彫り込んだ回路の仕上げをしたり、手動成形では少し彫り込みにくい部分に手を加えたりする程度にしか使わなかった。そう考えるとこのルーヴがこんなに働くのは久しぶりのことだ。
魔素の濃いサンライニという地、ノースモアよりやや温暖な気候。大きな変化に見舞われつつも特に問題なく使用できたのは、スタンレイに調整をしてもらっていたことも大きいかもしれない。
「しっかし極端だな。この間までは3週間放っておくありさまだったのに、今度はかなり使い込んだだろ?持ち手の裏の回路、つるつるになってるぞ」
「えっ…本当に?問題なく使えてたけどなあ」
「まあ支障をきたすほどじゃないだろう。えーと、確か親父が替え作ってたような気がするな…」
スタンレイは壁一面に作られた引き出しを端から確認しはじめる。
技師工房にとってこういった引き出しは、一人前の証でもあるらしい。なんでも昔は1つの引き出しを1人の客向けに使っていたため、その数の多さが担当客の多さを示していたそうだ。
ただ最近は必ずしもそうではなく、色々な技師の注文に答えるための部品や、材料が入っていることも多い。エドガー工房もそうだ。…と思う。
俺用の引き出しがない、とかじゃないよね?親父さん、俺は信じてるよ!
「お、あったあった…。運がよかったな、少し前に補充したばっかだ。時期が悪けりゃ売り切れだったかもな」
「俺以外に買う人いないよな…」
「技師工房に専用回路を注文できるなんて出世の証だろ?」
にやにやと笑うスタンレイに釣られ、俺も笑ってしまった。
確かに技師工房に専用の回路で作ってくれ、と頼めるのは懐の暖かい技師だけだろう。
学園生の時代に使っているルーヴを工房に所属した後も使う技師は少ない。もちろん技術的な成長を求めてということもあるが、基本的に工房所属の記念に買い換えるのが習わしだからだ。技師の就職祝いといったところだろうか。
しかしこの時点で専用回路のあるルーヴを買うことは少ない。基礎工程を卒業できなければ一人前とはいえないし、お祝い品として贈るにも、自腹を切って用意するにも専用回路品は値が張る。
そういった意味では確かに専用回路だらけで出来ている俺のルーヴは最高級品だ。いぶし銅の最低品質のアモーリテであろうが、後付っぽい木製の持ち手がついていようが、専用品であることは間違いない。
「それにしても…親父さんって木工もできるんだもんなあ…ルーヴを改造してくれた時も思ったけど、手広いし器用だよね」
「それが売りみたいなとこあるからな。有名工房に負けないための営業努力みたいなもんさ」
「まあ小規模工房ではあるけど、お得意様は多いんじゃないの?」
「そのお得意様を逃さないためにも、手広くやってないとな。大抵のことに対応できれば、お客さんが離れる可能性を潰せるってわけさ」
「本当頭があがんないよ」
「いっても木工職人と比べたら間に合わせもいいとこだけどな。本職のやつは手触りからして違う」
「一流とか言いながら半自動成形の工房もあるんだし…これだけできれば十分だと思うけどなあ…」
「そういやそんな工房もあったな?そこをクビになった技師もいたらしいが」
あはは!と気持ちよさそうに笑うスタンレイ。割りと馬鹿にされている気もするが、不思議と嫌な気分はしなかった。
それにしても…技師工房の競争もノースモアではなかなか厳しいようだ。
ふとレストロのことと重なる。しつこいと言っていた商工会の人間は今日もやってきているだろうか。
「久しぶりに実家に帰ったって聞いたが、まさかポートさんにこのルーヴ使わせてないだろうな?」
「いやさすがにそんなことはしないって。魔素操作が苦手なのは未だに変わってなかったみたいだし…」
先輩騎士団員にからかわれ、カップの真実を聞いてうなだれていた兄さんを思い出す。
アケイトの訓練とやらを積んだ今の彼に、このルーヴを使わせたらあっという間に回路がおかしくなりそうだ。
「うーん…よっぽど魔素流したのか?」
「ん?何かおかしいとこでもあった?」
木製の取っ手部分を交換するのは初めてではない。
頻繁ではないが学園生時代にも一度やったし、アローグ工房に入ってからも一度やってもらった記憶がある。
「いや、考えてみりゃあ商工会で仕事し始めてからそんなに立ってねえよな。それでこんだけ消耗してるっていうのはちょっと異常だと思ってな。その割にはほたる石は空にはなってないみたいだし。どんな仕事してたんだ?」
「そんなにおかしなことはやってないけどな…」
エクペルを作ったときならまだしも、魔法道具の修理はさほど強い魔力を必要としない。
あくまですでに彫り込んである回路の修正が基本となるからだ。新たに彫り込むよりは繊細な作業になるが、魔素を沢山込める種類の作業ではない。よって回路に負担はさほどかからないはずだが…。
「あっ…」
「ん?思い当たる節でもあったか…?」
そうか、サンライニは魔素が濃いんだった。
修理では問題が無かったとしても、エクペルを作った際はアモーリテにも回路を彫った。いつも通り使ったつもりだったが、おそらく普段と同じ魔力を使っても流れる魔素量は多かったのだろう。
2台目を作ることになった時は時間の余裕もなかった。ノースモアの感覚で追い込み作業をしたため、ルーヴには普段以上の負荷がかかったのだ。
しかし転移扉のことを説明するわけにもいかないし…というか言っても信じられないだろうし…。
「商工会の都合でちょっと出張したんだ。魔素の濃い地域だったからさ、普段よりも負担かかったんじゃないか…?」
「いきなり出張?…魔素の濃い地域ってお前、どんだけ遠くへ行ったんだよ?」
訝しげな顔をする赤毛の技師。
我ながら苦しい言い訳ではある。魔素の濃い地域はヴィクト王国でも確認されているとは言え、それらは大抵辺境の地である。その情報自体もさほど認知されておらず、学園生になってはじめて知る場所も多い。
「い、いやあ…まあ長旅だったっていうか…」
「…リアン、嘘が下手なのはもうわかってるんだ。無駄なあがきはよしたほうがいいぞ」
スタンレイがあっさりと見破ってきてしまったが、こちとら簡単に話すわけにもいかない。
一応機密だろうし、言いふらすのもどうか。しかも王立騎士団に監視されているような状況である。なんと説明するべきか…。
「いいから話して楽になれ。あの腕輪にもどうせ関係あるんだろ?」
彼はそう言って、にやりと笑いこちらを見やる。なかなかに鋭い男である。
「いや、うーんまあそうなんだけど…こればっかりはなあ…」
さすがにスタンレイも旧魔法時代の魔法道具が置いてあるとは思わないだろう。しかも普通の扉みたいに無造作に。
「ま、業務上の機密ってんなら仕方ないか」
「察してくれて助かるよ」
「にしてもこれからもそんなとこ行く機会があるんなら、取っ手は木工職人に頼んでみたほうがいいかもしれんな」
「やっぱり都合が良くない?」
やや渋い顔をしながらスタンレイは続ける。
「もう少し良い木材を使ったほうがいいだろう。今使ってる木材は柔らかめって言ったら良いのか。要は駆け出しの木工職人でも加工しやすいようなやつなんだ。ま、俺達が回路の試作に使う木版あるだろ?あれよりはましってくらいだ」
確かに試作用の木版は柔らかい木材を使う。試作なのだから素早く回路を彫れるほうがいいし、余計に魔素を消費する理由もないからだ。
親父さんは木工職人でないからこそ、加工しやすい柔らかめの木材を使っていたのだろう。
「この短期間でこんなもんだ。まあ同じ周期でここへ来るなら何とかなる。ただ必ずしもそうとは言えないだろうし、ある程度馴染ませたほうが正確性も増すしな。どっちにせよ、もともと魔素が染み込みやすい木製を取っ手にしている時点で無理がある設計なんだけどな」
「確かにそうだけど…この品質のアモーリテじゃあ直接触ると回路に影響がでるだろうしなあ…割りと木製の手触りも好きだし…」
「前もそんなこと言ってたしな。どうせ木製の取っ手は変える気がないんだろ?じゃあ木工職人捕まえてくるしかないわな」
木工職人の知り合いか…。魔法学園に木工職人は通わないし、工房では基礎工程ばかりで外部との接触も少なかったし…。当然そんな伝手など無いのが現実である。
ここはファリエ会長に紹介をお願いする必要がありそうだ。
「そういえば、スタンレイはカップの魔法道具って知ってる?魔素を流すと中の飲み物が冷えるってやつ」
ルーヴの調整を終えたスタンレイと話している時に、ふと兄さんのカップを思い出し話を振ってみる。
「へえ、そんなもんあるのか。っていうか誰使うんだ?」
案の定笑いが溢れる。兄さんには悪いが俺も同感ではあった。
実際には回路の問題で制御も大変難しく、より需要の無い代物になっていたが。
ちなみに兄さんの魔素制御に問題があるのかと思い、実家で改めて試してみたが案の定凍ってしまった。底辺をうろついているとはいえ、一応俺は訓練を受けた魔法技師である。それで扱えないとなると、最低でも魔法技師以外の庶民に使用は難しいだろう。失礼を承知で言えば貴族にも使えない人がでるはずだ。
「ものを冷やす回路とか、温める回路っていうのは調整が難しいからな。適温を目指そうとすると、それなりに書き込みが必要だろう。カップに書き込み切ろうと思ったら、相当大きなものになっちまってアモーリテ製なら重くて不便だろうな」
「確かに…。あ、でも高いアモーリテ使えば不可能ではないか」
「いやいやそれこそ誰が買うんだよ」
あはは、と二人で笑ってしまった。飲み物を手元で冷やすだけに払う額ではなくなるだろう。
「ま、冷たい飲み物を飲みたいってのは分かるな。同じ果実酒でも冷たいと美味く感じるし」
「学園の期末に飲めたっけ。あれは確かに美味かったなあ」
「貧乏学園生にとっては命の水だった。その辺で飲めたらそりゃあ嬉しいが、高級アモーリテ製のカップを持って店に行くのか?酒を飲む前にカップを盗まれそうだ」
確かにそれは間違いないだろう。適度に酔っ払ったところを狙われるか、こっそりつけられて巻き上げられてもおかしくない。まあ庶民が持って歩くには高すぎる代物だろう。
「そういや重いって話で思い出したが、昔アケイトの実験したの覚えてるか?」
「ああ…そういえばやったなあそんなの」
まだ学園生だったころの話だ。
システィ、スタンレイと一緒に研究室にいた頃、アケイトという石に関して実験をしていた。
兄さんの訓練の話でも分かるように、アケイトは魔素を溜め込む性質を持っている。そして魔素を溜め込むほど重くなる。ただこれがあまり役に立たないのだ。溜め込んだ魔素を吐き出させる有効なやり方がなく、しかもただただ重くなっていくので、どうにも良い用途がない。
石自体は別段貴重でもなく入手自体は容易だ。キュリオさんの工房にも転がっていた気がする。
当時、安くて手に入りやすいこの石をなんとか上手く利用できないか。三人で競うように研究していたのだ。
「あれはなかなか大変だったよな。実験するたびにアケイトが重くなっていくだけだった」
「ああ…あれは面倒だった。魔素が抜けるのにも時間がかかるし…」
「システィが意外と力持ちだったってことが分かったよな」
顔が隠れるほどの大きさの、重くなったアケイトを持ち上げていた彼女を思い出す。いつも通り冷静な様子だったし、なかなか異様な光景であったことは間違いない。
「結局あれどうなったんだっけ?」
「言っちゃうと頓挫だよな。三人ともうんざりして投げ出した気がする」
「ああ…そうだったっけか…」
「リアンはなんか回路作ってたよな。たしか…魔素の流れを一定にするとかなんとか…」
「あ!やったなあそんなの。懐かしい…」
確かにアケイトにそんな回路を載せて遊んでいたこともあった。
魔素の操作に慣れていない人は、慣れないと一定の魔素を流し続けることは難しい。
アケイトを回路内に組み込むことで魔素を一定量せき止めて、結果的に回路に流れる魔素をある程度一定にする…というような物を作ったのだ。
「でもあれ、使うほどに重くなっていくんだよね…魔素は手をいれなければ一晩くらい置かないと抜けてかないし」
「回路が短くなるとか言ってたけど、結局貴族は魔素操作できるしな。ほたる石だって良質なやつ使えるし、システィに冷静に突っ込まれて落ち込んでたよな」
「容赦ないからなあ…」
「まあ、小さい石ならなんかに使える…か?」
確かに小さければ魔素が入り込む量も決まっているから、びっくりするほど重くなる…ということは無いだろう。
ということは何かしらの長い回路を縮めるのに使えないこともないか…。
と、そこまで考えた時、かかっていた鍵が外れたような、何かが腑に落ちたような、不思議な感覚に囚われた。
スタンレイが何か話しているような気もするが、その声も遠くに聞こえる。
その感覚の原因を不器用ながら丁寧に探ってみる。すると、おぼろげだった感触が少しづつ確かなものに変わっていく。
その手触りを忘れないうちに。探りあてたその瞬間を確かにしたいという気持ちに押されるがまま、俺はスタンレイに聞いていた。
「…おい?リアン、大丈夫か?」
途中から自分の感覚に翻弄されていた俺は、外から見れば急にぼんやりしたように映っただろう。
スタンレイはやや心配そうな顔をしている。
「スタンレイ、冷たい飲み物が安く飲めるって結構嬉しいよな」
「は?急にどうした?いや、確かにそんな話はしたが…」
話の流れをぶった切るように聞いた俺の言葉に頭をかしげつつも、彼はいつもの調子で答える。
「ま、その辺の食事処で気軽に飲めれば世界は変わるな。飯がまずくなけりゃ俺なら常連になる。親父は酒が好きだし、休日は絶対行くと思うぜ」
おそらく障壁は何枚もあるだろう。
しかしそれでも俺は今、一つのきっかけを見つけたような気がしたのだ。
レストロが世界を変えるかは分からない。しかしスタンレイにとっても学園生時代に飲んだ一杯が、それだけ衝撃的だったわけだ。
朝もやの中出勤する方々の密かな楽しみが、もう少し多くの人に提供できたとしたら。
少しはいい方向に転ぶのではないだろうか。
休暇中とは言え、友人も大していないのだ。色街に行くほど懐も暖かくない。たとえ懐が暖かかったとしても小心者には壁が高すぎる遊びだ。
「スタンレイ、成形機借してくれ」
俺の唐突なお願いに彼は肩をすくめる。
「学園生の頃みたいな顔してるぞ?」
溜息混じりの彼の笑顔は、それこそ研究室にいたあの頃を思い出させた。
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