第4話 システィと落ちこぼれ

 「言われたことしかできないやつは必要ない。新しい技師のために席をあけてもらう」


 若手技師筆頭わかてぎしひっとうのフラドに、そう淡々と告げられたのは今から3週間ほど前のことになる。

 思わずため息がでた。宣告に対して脱力したからではない。

 大好きだった魔法道具制作ができなくなるというのに、悲しいという気持ちが起きなくなった自分に呆れたからだ。


 「わかった」


 どこか他人事のようにあっさりと返事が出来た自分に、もう一度呆れた。



 魔法道具とは、魔素を流すことで色々な効果を得られる道具のことを指す。水を生み出したり、ものを暖めたり、発光したりする。こういった道具を制作するのが魔法技師だ。

 魔法技師として仕事をするには免許が必要で、その免許を取得するためには学園で3年間学ばなくてはならない。基本的には学園卒業とともに免許を得て、そのまま工房に所属することになる。


 アローグ工房。

 

 魔法技師でなくても知らない人はいないと言われる、魔法道具を制作、販売する工房である。アローグ印の魔法道具をもつことが成功の証明とまで言われ、基本的に高価な魔法道具の中でも最高級品として好まれる。当然多くの魔法技師にとっても憧れの工房だ。


 そんなアローグ工房の一角で、俺は自分の荷物をまとめていた。夜も更け、工房にはもう誰もいないだろう。


 「基礎工程きそこうてい主任がいなくなるわね」


 と思った矢先、技師はまだ残っていたようだ。彼女、システィの声を聞いたのは久しぶりな気がする。

 俺はそうは思わないけど、システィは美人だけど怖い、とよく言われている。

 積極的に人と関わるタイプではないし、笑顔もあまり見せないからだろう。工房に入ってからは、学園にいた頃より笑わなくなったようにも思う。

 

 「せっかくの肩書だったのにね」


 俺は自嘲気味に話しつつ、振り返った。


 魔法道具を作る工程は主に3段階に別れる。基礎、回路、装飾だ。

 回路は魔素の通り道である魔法回路というものを彫り込む作業。

 装飾は、魔法道具を動かすのに必要なほたる石や宝石などを付ける「石留いしどめ」、飾りのための模様を彫り込む「細工さいく」を施す作業だ。


 一方基礎はアモーリテと呼ばれる金属を作る作業だ。この国でよく採掘されるアモーリテ鉱石を特殊なに投げ込みインゴットというかたまりにした後、道具の基本的な形に加工する。

 回路も装飾も経験を積まなければできない。基礎はまだ経験の浅い、新人技師の定番の仕事である。アローグ工房でもそれは変わらない。


 「3年間基礎工程をやり続けた技師は、貴方だけでしょうね」

 「俺もそう思う」


 そう、3年間新人技師であり続けた人間はそうはいないだろう。そんな俺を工房の技師達は面白半分に基礎工程主任、なんて呼び始めた。基礎工程を卒業した後輩達に嘲笑ちょうしょうされることも一度や二度ではなかった。


 「基礎工程担当に困っている工房、知ってる?」

 「そんな工房あるわけないでしょう?今まで主任をやっていられたのも奇跡なのに」


 システィは少し苛立たしげにこちらを見る。美人というのは不機嫌な顔も絵になる。


 「…まだ技師を続けようと思ってるの?」


 腰ほどまである美しい銀髪を指で触りながら、眉を潜めて彼女は言う。

 苛立つと頬の横で髪を触る癖は、学園の頃から変わらないようだ。


 「一応免許もあるし、少しは探してみようかなって思ってる」


 少し目をそらしつつそんなことを言う俺に、彼女はいつも以上に硬い声で告げた。


 「貴方を雇ってくれる所なんてないわ」


 彼女は無愛想だが、無感情ではない。

 システィの顔を見た時、そのことを強く思い出した。

 昔からそうだ。放っておいたら人に刺さるんじゃないかというくらい、彼女はいつでも鋭くて、まっすぐなのだ。現に今俺に突き刺さっている。


 「今の貴方を必要とする工房なんてない。炉の管理でも喜んで引き受ける新人技師だらけよ」

 「…ま、まぁそりゃそうだとは思うけど」


 彼女の真剣な表情に耐えきれず、言葉が地面に落ちていってしまうような気がした。

 確かに学園を卒業した若手は皆工房での仕事を望む。3年目の技師の席はないだろう。


 「そういうことじゃない」


 俺の考えを読んだように彼女の声が響く。そこには静かな怒りが込められていた。


 「貴方はもう技師をやめるべきだわ」


 昔から変わらない率直な言葉に心の奥をひっぱりだされる。


 「学園にいた頃、私は貴方のことを同じ技師として尊敬していた」


 少し懐かしむような表情でシスティは続ける。


 「学園にいた誰よりも熱心だったし、真摯だった」

 

 そんなことはない、と口にしようとすると彼女の視線が飛んでくる。


 「でも、貴方は変わってしまった。もう熱心でもなければ真摯でもない」

 「……」

 

 俺が言葉を探せば探すほど、まるで口を押さえつけられたかのように息苦しくなっていく。

 髪を触っていたはずの彼女の手は下げられ、握りしめられている。


 「広く、もっと皆が扱いやすい魔法道具を作るって言ってたじゃない」


 その瞬間、完全に息をすることができなくなった気がした。

 彼女の涙を初めて見た。

 

 「それなのに薄っぺらい顔して、基礎工程主任だなんて!新人に色々言われても言い返さないし、ただただ毎日同じことの繰り返し。エクセシオスが嫌いで、ローエンが好きな貴方はどこへ行ったの?新しい魔法道具の提案もしないし、技術を磨こうともしてない。フラドにだって言われたい放題じゃない!悔しくないの!?」

 

 普段あれほど冷静な彼女が、目の前で涙を流しながら声を荒げている。

 沈黙の中ゆっくり息が抜けていく。それでも言葉は胸に刺さったままで。その痛みに支配され言葉を発することができないでいた。


 「…ごめんなさい、取り乱したわ」


 彼女は涙を拭いながら続ける。


 「…いや、大丈夫」


 なんとか絞り出した言葉がそれだけだった。


 「…徹夜をしなくなった貴方に言っても仕方ないかもしれないけど…」


 俺に背を向けて、彼女は告げた。


 「身体に気をつけて」


 工房で彼女から最後にかけられた言葉だった。



 魔法道具に初めて触れたのは学園に入るかなり前のことだ。


 それは父親がうちの宝物だ、といって見せてくれた明かりを灯す魔法道具、ランタンだった。名前の由来は、原型をランタンという人が作ったからだと教えてくれた。

 大きさは大人の両手に乗るくらい。筒状になっていて、上下に円形のアモーリテ製の板が付いていた。父親が手をかざすと板以外の部分が暖かな橙色だいだいいろに光る。

 子供から見ても高級そうな宝石がいくつか付いており、見事な彫り細工も施されていたのを覚えている。

 

 ある時、もともと優秀で剣術の才能もあった兄が王都の騎士団に入団することになった。王城を守護する大変名誉な仕事だ。当然貴族や裕福な人間からも一目置かれ、付き合いをしていく必要が出てくる。そんな中、兄が家のことで恥ずかしい思いをしないように、と我が家もある程度見栄をはる必要がでてきた。


 「家の修繕をして、騎士団の家族として恥ずかしくない状態にする」



 父親がそう決めてからは、家の色々な部分に手が入り、中でも家の「格」と見られやすい魔法道具は一部を除いて一新されることになった。

 兄はそんなことしなくてもいいのに、と言ってはいたが、両親にしても一庶民の家から出世した兄へのお祝い、という意味もあったのだろう。


 かくして我が家には、上流階級の流行りに似せたランタンが掛けられることになった。


 しかししばらく暮らすうちにこのランタンは負担になった。魔法道具を維持するお金が足りないのである。

 身につけない魔法道具には大抵、ほたる石、と呼ばれる魔素を発生させる石が必要である。これはある程度使っていると、だんだんと魔素を発生させられなくなり交換しなくてはならない。

 上流階級のランタンは見た目にこだわるので、大きめのほたる石を使うし、その消耗も早い。これを維持するのは庶民の家庭には簡単なことではなかった。

 

 母親が階段から足を踏み外して、骨折してしまったのはそんな時だった。


 原因は単純で、灯していたはずのランタンが消えてしまったからだ。もともと目があまり良くなかったこともあり、階段を降ている最中に明かりが消え、事故が起きてしまった。


 質のいい大きめのほたる石を買えず、ごまかしながら使っていたことが故障の原因だったらしい。運の悪いことに、実際に火を灯す方式の手持ちの明かりを持っていなかったことも災いした。


 高級でなくていいから、長持ちしてきちんと明るいランタンがあれば良かったのにと。


 足が不自由になった母親を見て、俺は魔法技師になろうと決めた。


 「広く、もっと皆が扱いやすい魔法道具を作ってみせる」


 それがいつしか口癖になり、学園3年次に所属する研究室ではそんな作業に没頭していた。システィとはその時に出会い、一緒に安価で使える魔法回路まほうかいろを研究していたのだ。



 しかしそれは夢でしかなかった。


 現実問題、工房に魔法道具を発注するのはほとんどが貴族達、要するにお金持ちだ。

 お金持ちが魔法道具に求めるのは、機能より華美さ。どれだけ自分達をよく見せられるか、他の人間に見せつけられるか、が大切なのだ。

 だからこそ、大きめのほたる石が好まれ、見た目を重視した冗長じょうちょうな魔法回路が彫られ、魔法道具は高級品になっていった。

 我が家のような庶民が背伸びする事例もなくはないが、高級志向のアローグ工房はそんな注文をうける余裕はなかった。


 広く、皆が扱いやすい魔法道具は商売にならなかった。


 「今、現実の客の受注でも待たせている状態だ。そんな状況で、利益が見込めるかどうかも分からない庶民向けの道具に時間をかける必要がどこにある?技師は技師であり、思想家ではない。」


 工房に入って半年。フラドという同期技師が俺に突きつけた言葉だ。彼とは思想が合わず、回路の試作を先輩に見てもらう時期にはよく喧嘩をしていた。


 その考え方と技術を認められたフラドとは対照的に、俺の考え方は商売にならないとされ顧みられることはなかった。

 試作を提出し続けたが、基礎工程2年目という工房始まって以来の落ちこぼれになった時に、新たな試作をすることはやめた。

 フラドはあっという間に技師として大成、王城関係の魔法道具さえ任されるまでになった。


 名のある技師が揃い資金に余裕があるアローグ工房なら、試作を理解してくれる人間がいるのではないか。

 あわよくば貴族が出資者になってくれるのではないか。


 現実は甘くはなかった。


 信念を譲らなかった割に、簡単に折れてしまう自分。

 不器用なくせに、根性もない。

 憤りを感じていた頃の熱意も薄れ、ただただ漫然と消化する毎日。



 今までの自分をこうまで鮮明に思い出したのは、会長に渡された木製の腕輪が原因だ。


 簡素で、飾り気は無いしところどころ不鮮明だが、最低限の魔法回路。

 すべり止めのためだけの彫り込み。

 何より木製でどう考えても安価だろう造り。


 そこにはかつて俺が放り出した試作の、その続きが再現されているように見えた。

 同時にその腕輪の存在が、言葉はなくとも胸に刺さるような感覚を思い出させたのだ。


 その感覚はシスティとの最後の会話で感じたものと、まったく同じだった。


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