リア充になった俺と三人の女の子その1
普段通りの朝、普段通りの俺の部屋、普段通りの朝食、普段通りの通学路、普段通りの教室。でも、普段通りじゃない俺がいる。
とうとう俺は、リア充になってしまった。
初めて、彼女ができた。
可愛くて、大人しくて、清楚で、クラスメイトで、声優の『藤花咲良』だ。
丸顔で可愛い系の女の子。
この藤花咲良、クラスの中だけでなく学校でもかなり有名な存在になりつつある。
次のクールにて大人気ラノベアニメのメインヒロイン役を演じるらしく、まだ新人声優でオタク達にしか囲まれていなかった彼女にとって、それはオタクでない人にも彼女を認知させる重大なきっかけであった。
が、彼女は収録でとても苦戦しているらしく、どうしてもぼっちを好きになる心情が理解できず、リアルぼっちこと俺と一度だけ付き合ってみようと考えた。
だから、藤花咲良は俺に対して好意を持ってない。
「つまり、つまりだよ? お互いに好意を持ってない同士の交際ってさ、要するにセフレだよね?」
と、俺は目の前にいる学校一の美少女であり学校一の嫌われ者である千歳に、告げた。
「その通りね」
「つまり、つまりだよ? 俺はまだリア充ではないんじゃないだろうか? だって現に友達も恋人もいないんだから」
「なるほど。一理あるわね。でもね、西君、セフレのいる人間が非リア充なわけないでしょ?」
「……ま、まあ……」
何故だか、腑に落ちない。
「これでよかったのよ。元々、リア充になるためになった偽リア充でしょ? リア充になれたんだからもっと喜びなさい」
お前はちょっとは悲しがれよ。他人行儀かよ。…………って、俺は何を考えてんだ。これじゃまるで千歳に妬いてほしいがために藤花咲良と付き合ったみたいじゃないか。違う。俺は千歳に妬いてほしいんでも、藤花咲良が好きなんでもない。ただ、藤花咲良が声優だから。声優だから付き合ったのだ。
うん。いつもオタク達をブヒブヒ言わせてる声優を逆にブヒブヒ言わせてやるぜ。夜のベッドでな。
「ぐっあはははははははは!」
「喜び方がえげつないわね……」
若干、千歳に引かれたけど、精力さえあれば問題ないよねっ!
リア充って精力ゴリラってまじですたい。
☆☆☆
お昼休みになった。
が。
俺の彼女は一向に俺の元に現れない。いや、まあ、理由は分かる。
オタク達が数人で藤花咲良の周りを円を描くように囲んでいるからだ。
さすがはオタサーの姫、か。
まあ、本人が楽しいなら、それでいいんだ。
見てると、突然、藤花咲良は立ち上がる。
「えっと、あの、お、おトイレに行ってきます」
めちゃめちゃ顔が赤い。
「どうぞどうぞ」
オタク達は紳士的に、道を開けてあげた。
藤花咲良が歩きながら、こちらを見てきた。これは、あれか、こっちに来いの合図か?
俺は何気なく席を立って、藤花咲良の後を追った。
廊下の先を歩く藤花咲良に声をかけた。
「よう!」
藤花咲良は振り返る。
「あっ……やっぱり、来てくれると思ってました」
「え、うん、まあ……、…………」
やばい、どうしよう、何今の? 凄え可愛い。
「その、えっと……、あっ、そう、つ、付き合って……みて、どうだ? ぼっちの生態とか、分かったか? あ、と言ってもアレか、まだ俺達、全然話してないもんな」
「まあ、はい、……えへへ」
藤花咲良はヘラヘラと、うすら笑みを浮かべる。
内心ではすごく焦ってるだろうに。
「次の収録って、いつなの?」
「あー、えっと、今週末です」
「そっか……、学校内でも関われればいいんだけどな」
俺は苦笑いを浮かべる。
藤花咲良の周りのオタク達が邪魔、と言いたい雰囲気を醸し出す。
すると、それを感じ取ったのか、藤花咲良は笑って答える。
「そうですよね。でも私にとって大滝君達との時間も、大事な時間ですから」
女神かっ。神々しくて見えないよっ。
「次の現場までには、西君のこと理解できるようにしたいんですけどね」
「そうか。うん。となると、やっぱり学校でももっと関わっていかなきゃだな」
「ありがとうございます。えへへ。あの、どうしてそこまでよくしてくれるんですか?」
なんだその上目遣いはっ!? 惚れてまうっ!!
俺は頭をブンブンと振って、
「いや、単純にその作品が好きだから。どんな形であれ、好きな作品の制作の役に立てるって、この上なく嬉しいことだと思う」
「やっぱり、声優って仕事は良いですね。私も、西君みたいなファンがいてくれることが、この上なく嬉しいです」
そう言って、ニコッと、藤花咲良は笑った。
ドキッとした。胸の奥が熱くなる。
「そ、そんなことよりさ、その、えっと、で……デートとか……できれば手っ取り早いんだが。休日とか空いてないか?」
「デート……ですか」
しばらく考え、
「すみません。さっき言ったように週末はお仕事があって……」
「そっか」
こればかりは仕方ない。学校で、何とか大滝君らオタクの人達から、藤花咲良を独占しなくちゃな。
「じゃあ、放課後また」
「あっ、はい」
俺は藤花咲良に背を向け、教室へと戻った。
☆☆☆
「ねぇねぇ! 西君! 千歳千李じゃない彼女が出来たんだって!?」
放課後を知らせるチャイムが鳴った瞬間、一番に紗楽さんが飛んできた。
ちょっ! 紗楽さん声デカイよっ! ほら、クラスの全員が驚愕の眼差しでこっちを見てるよ。
「で、ででで、出来たんだよっ……! でも、彼女ってば恥ずかしがり屋さんでスマホから出てこれないんだぁっ……!」
「はぁぁぁあ?」
俺は人生で、かつてこんなに見事な『はぁ?』を聞いたことがない。
「あっ…………う、うん。そういうことか」
なんか、紗楽さんに哀れみの目で見られた。
ま、まあ、これでクラスメイトは完全に興味を失った。
「だよね。ぼっちの西君に、
ぐはっ……。
「でもよかったぁ。千歳千李以外に仲良くする子がいて。二次元だけど。絶対に嫌わられることはないだろうけど、そのデジタル彼女ちゃんと仲良くね!」
紗楽さんは笑う。そして、話が済むと、くるっと体の向きを変えて、また教室の中心へと帰っていく。
俺はその背中を呼び止めた。
「あっ……えっと……! 紗楽さん、ちょっと時間ある?」
紗楽は振り返る。
「ん?」
「えっと……と、トイレ行こう」
「女子と連れションとか。西君、し、……新鮮よ!」
俺と紗楽さんはトイレの前の廊下で、壁際に立って話を始めた。
通り過ぎる人々全員が、揃いも揃って通り過ぎるたびにこっちを二度見する。まあ、気持ちは分からなくもない。全校生徒からぼっちという共通認識を抱かれる西八尋と、全校生徒のヒエラルキーにおいて最上級クラスにいるリア充の小早川紗楽が一緒にいるのだから。
「どうしたのよ? 改まっちゃって」
「いや、まあ、うん。本当に彼女が出来たんだ」
「えっ……!?」
紗楽さんは口元を抑えて驚いた。そして、
「えっ、そ、そっか」
少し、残念そうな顔をする。
そう! 俺が欲しかったのはその反応だよっ!!
「西君と付き合うとかその女の子が可哀想だわ」
ってそっちかよ!
「うん。まあ、でも、嬉しいよ。西君に彼女が出来たことは。幼馴染として! で、誰なの?」
「あー、うん、クラスメイトの藤花さんだよ」
俺が名前を言うと、紗楽さんは首を傾げる。
「は? クラスにそんな人いないわよ」
そっか。藤花咲良は芸名か。
そして紗楽さんはオタサーの姫であり声優である藤花咲良を知らない。なるほど、陰キャなど知らぬ存ぜぬ、これがリア充の対応か。次から俺もやってみよう!
「……ん……」
じゃ、じゃあ、藤花咲良をどうやって説明すればいいんだ?
「ごめん、名前は分かんないんだけど」
「ええっ!?」
「ん? 何か?」
「い、いや、名前が分からない人と付き合ったの?」
「まあ、可愛かったし」
「さすが西君ね。株を下げることにおいては日本一ね」
お前にだけは言われたくねえよ。人の家に不法侵入したくせに。
「まあ、私は幼馴染だから。どんな醜態を晒しても、西君の好感度だけは下がらないけど」
下がりまくってますよ。分からないんですかぁ?
「あっ、そうだ! 私がデートのレクチャーをしてあげるわ!」
えっ。
マジで?
「いや、悪いからいいよ」
休日くらい、このウザインと関わりたくない。
「西君、デートの仕方とか、知らないでしょっ?」
「そ、それくらい知ってるし!」
「じゃあ、あっちは?」
はっ……!? あっちとは……!?
俺はたじろいだ。
紗楽さんは小悪魔のような笑みを浮かべる。
紗楽さんの大きな胸が気になって仕方がない。
紗楽さんの胸に視線を向けてると、わざと俺から遠ざけるように、体の向きを少しずらした。
「触ったこと、ないでしょ?」
ど、どどど、どうしようっ……!
「そ、その、触ったり、揉んだり、舐めたり、吸ったり、挟めたり、……以外に何か使い道があるんですか……?」
「い・ろ・い・ろ、ね」
ブッフォン!!
いかん、いかん、思わず世界最強のゴールキーパーが飛び出してきてしまったが、このままでは俺がクズになってしまう。クズぼっちとか死んでもなりたくない。
「悪いけど……」
やめておくと言おうとして、寸前のところで言葉を止めた。
せっかく俺に良くしてくれてるのに、嫌いだからってぞんざいに扱っていいはずがない。
「じゃあ、デートの練習だけ、させてよ」
「うん! 任せて! うふふ! どこ行こうかなぁっ!」
笑って話す紗楽さんを見ると、なんか、やっぱり、リア充なんだなぁって。誰彼構わず笑顔を振りまける太陽のような人で、素直に、可愛いと思った。ウザいし、幼馴染じゃないけど。
「なるべく早く練習はしておきたいから、週末は?」
「日曜日は用事があるけど、土曜日なら大丈夫だよっ!」
やばい、このまま話してたらマジで惚れてまう……。早く、早く会話を終わらせよう……。
「じゃあ、土曜日で」
「うん! 楽しみだなぁっ! ばいばい!」
紗楽さんは手を振って駆け出す。教室へと。
俺は照れて、手を振り返せなかった。
☆☆☆
教室に戻ると、俺の机のすぐそばに一人の女の子が立っていた。
「あの、どうも」
藤花咲良が立っていた。
そういえば、放課後に待ち合わせしてたっけ。
「ごめん、トイレ行ってた」
「はい……」
ん? なんか、元気ない?
「……やっぱり、本当に付き合ってないにしても、他の女の子と仲良くするのは、ちょっと嫌ですね……」
藤花咲良はボソッと小声で呟いた。
「……ごめん。でも、ほら、紗楽さんは……うん、幼馴染だから」
都合が良いな、俺は。
「そ、そうだったんですかっ?」
「まあ、ええ。遠い幼馴染みたいな?」
「ふぇ?」
「いや。何でもない。でも、今度から気をつける」
「はい……」
藤花咲良は不安そうな顔で頷いた。そして、大きく頷く。
「それでっ!」
突然の大きな声に、体がビクッとした。
「あっ、ごめんなさい」
「いや、大丈夫、続けて」
「はい、えっと、今週の土曜日、マネージャーさんに言って、なんとか仕事空けてもらえました!」
「てことは、デート行ける?」
「はいっ!」
よかった。これで藤花咲良の問題は一歩前進だ。
…………え。
今週の土曜日??
「ちょ、ちょっと待って……!」
え、これ、え、これ……えっ……やばないか? やばないか俺!?
「えっと、都合悪いですか?」
冷や汗かきまくりの俺を見て、藤花咲良は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「……いやぁ……」
だって。だって、俺の為にわざわざスケジュール空けておいてくれたんでしょ?
それに、紗楽さんのは、元々藤花咲良とデートをするためのただの練習だ。優先させるべきは、今、目の前にいる藤花咲良だ。
「大丈夫かな、うん、大丈夫。土曜日、よろしく」
「はいっ。よろしくですっ!」
藤花咲良を見送り、教室を見回す。そこに紗楽さんの姿はない。が、紗楽さんの鞄は、本人の机の上に置いてあった。
ということは、紗楽さんはまだ学校にいるようだ。
「よし」
俺は紗楽さんを探すため、放課後の校舎へと身を投じるのだった。
つづく!
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