紗楽さんを嫌いなのはお前だけだと思うなよ?
「西君! 覚えてる? あの恐竜の大っきな滑り台のある公園で、隠れんぼしたでしょ? あの時、実は、ノーパンだったんだよねぇ。私、小さい頃、パンツ穿かなければ速く走れると思ってたらしいのよねぇ」
「おい、誰だこのクソ頭悪そうな馬鹿は」
「……いや俺が聞きたいわ」
放課後、いつものように俺と千歳は教室でリア充になるべく会議……のような雑談をしている。
それは俺と千歳が一緒にいることで、周囲に自分達はリア充であると知らしめるための、言わば演技。偽リア充なのだ。
しかし、そんな俺と千歳の会話に、俺と同じくらいの身長と、大きなメロンのような乳と、そして茶色の長い髪の、紗楽さんが混じっている。そして、何故か嬉々としていた。
自分の席に頬杖をついて、不機嫌そうに座る千歳をよそに、紗楽さんは千歳の前の席の机に座って話を続ける。
「まあ、西君ってば、幼馴染のこと忘れちゃうなんて。でも当然よね、あの時私達は義務教育を受ける前の、赤子同然の幼子だったもの」
「パンツ穿いてない奴が義務教育前でよかったよ」
「ちょっと! さっきからうるさいんだけど! 千歳千李!」
「なんで私の名前を知っている!?」
そんなマジで驚かなくても……。
巨乳の女子生徒は腕を組んで、話を続ける。
「西君てばある日突然公園に来なくなって……どうしたの? 私、すごく心配したんだから」
…………。記憶にない。
すると、千歳が俺を見る。
「さてと。このイタイ妄想子ちゃんは無視して、今日の議題に移ろうか」
「妄想じゃないわ! 真実よ! ねぇ西君!」
…………。記憶にない。
「よせよ。困ってるだろ。妄想ってのはな、自分の中にしまっておくのが正解なんだよ。妄想を語るなら夢語ろうぜ?」
いや、お前こそどこの誰だよ?
「つうか、妄想子ちゃんが来てから、彼、ずっと喋ってないけど。実は嫌われてんじゃないのか?」
ギク。気まずくなる指摘すんじゃねえよ。
「い、いや、喋ったと思うぞ……?」
俺は苦笑いで答える。
「そうよ! 何言ってんのよ! 西君が私のこと嫌いなわけないじゃない!」
ええー。
「おい、聞いたか? リア充ってのは全人類が無条件で自分のことを好きだと思ってるホント気色の悪い人種だ」
「さすが、全人類に嫌われてることはあるな。説得力が違う」
「あ?」
ギロッと、千歳に睨まれた。
「でも、よかったじゃないか。友達を作るチャンスじゃないか」
「友達じゃねえよ!」
「友達じゃないわよ!」
同時に怒鳴られた。
そういえば、紗楽さん、千歳のこと嫌いなんだっけ。
「あの、二人はどういった接点が……?」
気になったので、聞いてみた。
「は? お前の幼馴染なんだろ? 知るかこんな女」
いや、幼馴染ではないんだけど。
「ちょっとっ! 覚えてないわけ!? 一年の時同じクラスだったじゃない!」
紗楽さんは思いっきり立ち上がり、千歳に唾を飛ばす勢いでまくし立て言った。
「知らん。印象にない」
「一年の一番最初!!」
紗楽さんは必死だ。が、相変わらず千歳はシラけた顔。
すると今度は、紗楽さんは俺の方に顔を向ける。
「入学式の次の日くらいに、私、千歳千李と仲良くしたくって話しかけたのよ!」
あー、顔だけ見れば超可愛いからな、コイツ。中身や性格とか知らなければ、誰だってコイツと仲良くしたいだろう。
「そしたら千歳千李ったらなんて言ったと思う!?」
『えっ、息臭いなお前』
それは酷いな。
「そのせいで私、入学してから一ヶ月、息臭いキャラで過ごしたんだからね……!」
入学してから、スタートダッシュが肝心なその時期に息臭いキャラか。
待て。今の、スゴい注目するポイントなんじゃないだろうか。
「じゃあ、どうやって息臭いキャラを脱したんだ?」
もしかしたら、この、俺達の『ぼっちキャラ』を脱するヒントがあるかもしれない。
「そんなの、千歳千李がクズってことがクラス中にバレたのよ。だから、自然と私の息臭いキャラなんて消滅したわ。あと、一日三回の歯磨きね!」
なるほど。クソほども参考にならなかった。
「リア充の言ってることだぞ。その時点で信憑性に欠けるな。第一、歯磨きをサボる方が悪い」
「サボっとらんわ!」
「おい、さっきから顔に唾が飛んでる」
「誰のせいよ!」
「また飛んだ。いい加減にしろよ」
「それはアンタよ!」
ガタン。と、千歳は勢いよく椅子を引き立ち上がる。
凄い剣幕な顔で、千歳は紗楽さんに詰め寄る。
二〇センチ近く違う身長の二人だが、なぜか大きいはずの紗楽さんが後ずさりする。
気迫に圧倒されてるのだろう。
一歩、また一歩、千歳はゆっくりとしているが、確かな歩みで、紗楽さんに近づく。そして、紗楽さんは千歳の歩みに合わせるように、一歩、また一歩と、後ずさりをしていく。
そして──。
ガタッ、紗楽さんは黒板にぶつかる。これ以上下がれない紗楽さんに、躊躇なく、千歳は近づく。
そして、二人の距離、わずか数十センチ。
目の前まで来ると、千歳は紗楽さんの胸ぐらを掴む。
「っ……!」
怯える紗楽さんの、首元に千歳は口を近づける。
「──レ◯プしてやろうか?」
そう、囁いた。そして、俺を指差す。
「コイツが」
「俺がかよ!」
「西君がっ……?」
紗楽さんが不安な目で、俺を見てくる。
「しねえよ!!」
「私にはしたくせに?」
「青姦だろうが!!」
紗楽さんの顔が段々と真顔になってくる。
「いやっ、青姦ってのは芝居で……演技でっ……本当にしたわけではないからね!?」
「ごめん、ちょっと、距離置きたい……かも……」
紗楽さんは逃げるように教室を出て行った。
「……一件落着だな」
と、千歳は澄ました顔で言う。
「落着したのは俺の株だよ」
「そんなもの最初からあってないなようなものだろ」
うっ。
「株だのイメージだの言ってるが、本心はどうなんだ?」
「言っていいのか?」
「いい」
「変な奴につきまとわれなくなってせいせいしてる!」
「西君、さすがね」
あれ? クズぼっちの千歳でさえ、なんか引いているんだけど。
「いや! お前の方はどうなんだよ、リア充になるチャンスだったんだぞ?」
「あんな奴と友達になるくらいなら犬の肛門を舐めることが趣味の鈴木君と仲良くするよ」
「なんか知らない人の特殊性癖聞かされたんですが……!」
というか、紗楽さんも紗楽さんだが、千歳も千歳だな。なんだろう、一年の時に一悶着あっただけで、こうもお互いにいがみ合うものなのだろうか。いや、いがみ合ったことすらないから分からないけど。
「あ……」
と、自分の席に戻ってきた千歳は声を上げた。
「ん? あ」
紗楽さんが座っていた席に、紗楽さんの物と思われる鞄が。
「面倒な。絶対わざと置いていったぞ、これ」
と、言いながら千歳は紗楽さんの鞄を指先で小突く。
そんな千歳を見て、俺は投げやり気味に言う。
「お前、届けてやれば?」
「──断る」
即答かよ。
そして、千歳は自分の鞄を持って、
「んじゃ、ほっといて帰ろう」
「クズかお前は」
「ならお前が届けろよ。私は帰るから。それじゃ」
千歳は
マジで帰りやがったアイツ。
教室に一人取り残された俺は、真顔になって紗楽さんの鞄を見つめる。
そして、さっと、俺は鞄に背を向けた。
関係ねえや、俺。
関わると面倒くさそうだし、幼馴染じゃないし。
「帰ろう」
☆☆☆
翌日。校門の前のところで、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、紗楽さんがいた。何故か忘れたはずの鞄は持っていた。……あー、やっぱりわざと忘れていったのかぁ。じゃなきゃ、わざわざ取りに戻るなんてありえねぇし。
「おはよー! 幼馴染の西君! 幼馴染の小早川 紗楽よ!」
すごい強調してアピールしてきよるやん。
「西君がたとえレ◯プ魔だったとしても、私達が幼馴染であることには変わりないじゃない? だったら、私はいつまでも西君の幼馴染でいようと思うの。千歳と仲良くしてる限りは」
「最後の一言で全てをぶち壊したな」
結局、紗楽さんは謎の幼馴染キャラのまま、これからの人生を生きていくのだった。
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